大地と翼

結城翼視点

第4話

 すべてが思い通りになる世界。

 それが僕を支配する現実。

 やりたいことや行きたい場所、何もかもが口にすればあっけなく叶う。

 日本一の金持ちと呼ばれる父親、結城聖也ゆうきせいやのひと声で。


「ニャァ〜」


 目が覚めて、天井を見ていた僕のそばで黒猫ショコラが鳴いた。僕を見る深緑の目がキラリと光る。


「おはようショコラ。シフォンはまだ寝てるのか?」


『何を言ってるの?』と言うようにショコラは首をかしげる。ショコラの頭を撫でベッドから出ると、ドアの前に座るシフォンが見えた。フサフサの真っ白な毛並み。

 ショコラもシフォンも『猫を飼いたい』という僕のひと言で屋敷にやって来た。

 品種はわからないけど、高い値段が付けられてたことは艶やかな毛並みでわかる。付けられ語られる価値なんて、ショコラもシフォンも知りはしないだろうに。


「おいで、シフォン」


 ピクリと動いたシフォンの耳。

 尻尾を揺らしながら近づいてくるシフォンとベッドから跳ね降りたショコラ。

 じゃれだした2匹から離れ、クローゼットを開け取り出した新しい制服。


 今日から通う学校は僕が選んだ。

 父さんが決め通った幼稚園と小学校。昨日まで行っていた中学校も父さんが決めた場所だった。

 高校も大学も、父さんが選び将来も決められたものになったと思う。地位と栄光が約束された、エリートと呼ばれる未来への道。

 だけど僕は、ひとつだけのわがままと嘘でその道を壊すことが出来た。


 自分で選んだ学校に行きたいというわがまま。

 父さんの力になれる何かを、自分で探してみたいという嘘。


 思い通りになる世界は退屈だ。

 決められた日々を過ごすことも味気ない。


 思い通りになることを逆手に取り手に入れた自由。

 ひとりでの通学は叶わなかったけど、運転手を勤める悠太ゆうたさんは信用出来る人だ。

 屋敷と学校での特別扱いへの不満。強い息子を演じ続ける日々の疲れ。ショコラとシフォンと話せたらって願い。それは車の中、悠太さんにだけ話せること。


「ニャァ〜」


 ショコラが僕の足元で鳴いた。

 シフォンはベッドのそばで僕を見てる。


「シフォン。今日から違う学校に行くんだ。すぐ着替えるから、ショコラと一緒に新しい制服を見て」


 ピクリと耳を動かし、シフォンが近づいてくる。

 パジャマを脱ぎ、シャツを着始めた僕を見上げるショコラ。

 話せたら聞いてみたいのは、ショコラとシフォンにとって僕はどんな存在なのかってこと。食べるものに不満はないか気になるし、猫の世界のルールや流行はやりも聞いてみたい。

 だけど……


「現実は、現実でしかない」


 言い聞かせるように呟いた。

 夢のような願いは夢のままで、叶えられるのは日々の中で生まれる願いだけ。

 思い通りになることの裏に隠れた叶わないこと。神様や天使にでも出会わない限り僕の願いは叶いっこない。


「シフォン、ショコラ。お前達にとって僕は友達か? それともただのご主人様か?」

「ニャァ〜」


 ショコラの鳴き声と鏡に映る紺色の制服姿。前の制服より地味だけど着心地はいい。僕の足に尻尾を絡ませ喉を鳴らしたシフォン。


「ごめんシフォン、帰ってきたら遊んであげる」


 シフォンの頭を撫で、鞄を手に部屋を出た。


「翼様、おはようございます」


 頭を下げる召使い達。彼女達の前を通りすぎ食堂に向かう。朝の食事を終えたら悠太さんに制服姿を見てもらうんだ。









 ***


 扉を開くなり見えた黒い車と僕に笑いかける悠太さん。銀縁眼鏡と黒いスーツ姿。白い手袋に覆われた手が僕を車へといざなう。


「翼君、おはよう。制服よく似合ってるよ」


 車に乗ってすぐに閉められたドア。

 悠太さんが運転席に座りエンジンの音が僕を包む。


「褒めてくれてありがとう。悠太さんに見てほしくて支度急いだんだ」

「急ぐのはいいけど怪我しないようにね。待たされるのも僕の仕事だよ」

「待たせすぎたら悠太さんが困るでしょ?」

「大丈夫だよ。出来なかった仕事は終わったふりでとうすから」

「それ、父さんの前でも言える?」

「言えないな。翼君にだけ言えること」


 悠太さんは執事として屋敷に支えている。

 僕を学校に送ったら、燕尾服えんびふくに着替え仕事をこなしてるけど、召使い達によると何をしても手際がいいらしい。僕にとって悠太さんはお兄さんみたいな人。だから仕事が出来る出来ないはどうでもいいことなんだけど。


「翼君、楽しみにしてるからね。新しい学校でのお土産話」

「悠太さんの期待に答えられるかな」

「期待はしてないよ。翼君のそのままを聞ければいい」


 窓の外に見え始めた同じ制服の生徒達。

 もうすぐ新しい学校に着く。


「あのさ、悠太さん」

「わかってるよ。生徒達に見られない場所で降ろせだろ?」


 車が細い路地に入り見えだした住宅地。


「金持ちだと知られ特別扱いされないため。翼君が考えてることはお見通しだよ」


 悠太さん、父さんより僕のことをわかってくれてるのかな。いつも優しくて悩みも困ったこともすぐに解決してくれる。

 本当にお兄さんだったらなって思うけど、悠太さんに言ったら笑われるかな。


「翼君、ここからはどう?」


 止まった車の中悠太さんが振り向いた。

 身を乗り出して見えた公園。

 まわりに人の姿はなく静かな雰囲気だ。


「いいよ。ありがとう、悠太さん」


 車から出ると、冷たい風がやけに心地いい。

 隣に立った悠太さんと見る公園の入り口。

ふれあい公園って名前はいつ、誰がつけたんだろう。


「僕が子供の頃、この公園は特別な場所だったんだ。秘密基地って言えばいいのかな」


 眼鏡を外し悠太さんは微笑む。


「僕の1番の親友は三島健吾みしまけんご。健吾と出会ったのがこの公園なんだ。健吾は違う学校の生徒で、日曜日にしか会えなかったけどいい奴でね。僕が話すことを楽しそうに聞いてくれた。いつも優しくて、だから気づいてやれなかったんだ。健吾が仲間はずれにされ悩んでいたことに」


 公園を見たままの悠太さん。

 切れ長な目が寂しげに輝いた。



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