第6話 早朝、先輩からの滋養強壮

 さて、話を戻そう。

 合宿二日目の早朝。密先輩に誘惑をされている最中だということを、思い出してほしい。

 静かに目を開ける。陽が昇り始めて、まだ間もない頃だろう。

 四月頭の早朝はかなり冷える。電気のついていないこの部屋は、カーテンが開いているにもかかわらず薄暗い。

 ロッジの床には、昨日の飲み会の名残り、ビールやチューハイの空き缶に、パーティ開けしたポテトチップス、密先輩の提案で包んだ餃子などが散乱している。

 その間を縫い、毛玉の目立つ深緑色のサークルのジャージ姿の鞘師とトラビスが器用に寝がえり?をうつ。二人仲良く、リビングから寝室へと寝がえりを装い行軍し、退出。不自然極まりない。

「二人っきりだね」密先輩は、僕の顔を覗きこむ。静まり返った部屋、「二人っきり」という言葉がいやらしく響く。

 密室。男と女。展開はおのずと一つ。

 飛んで火にいる夏の虫、あまりに作戦通り。心の中でガッツポーズを繰りかえす。

 さようなら、童貞。君を忘れない。そしてこんにちは、爛れたセックスライフ。

 先輩の手が、背中越しにすうっと伸びてくる。僕の股の方へ……いくかと思われたその手は、股に手を挟んで寝ていた僕の手をそっととるだけだった。

「え、いや、その、先輩?」

「どーして顔、背けるの?」

 密先輩は一瞬考えたが、すぐに「はーん、餃子かなり食べてたもんね」と納得顔。先輩はワイルドに、ニンニクたっぷりの餃子を素手で掴んだ。

「はー」

 彼女はそれを口の中に押し込み、丸い頬をさらに膨らませて咀嚼する。餃子の具が、さらにぐちゃぐちゃに。

「赤信号、みんなで渡れば……でしょ?」

 それはニンニクのにおいのことだけではなく、童貞をこんな形で捨てるプロセスを、皮肉っているようでもあった。

 彼女が囁くと、そのたびニンニクの芳ばしい香り。滋養強壮は、鼻の粘膜からでも効果抜群。

 先輩、作戦通り……どころか、ガッツリ予想を上回るインラン女だ! あざっす!

「私の異名、知ってるよね?」

 童貞喰い童貞喰い童貞喰い!

 さぁどうぞ、「10秒チャージ」でもなんでもいいですから!

「は、はひ」

「いただきまーす」

 僕は寝室へと導かれ、大人の階段を上るのだろう。

 と思いきや、先輩は手を引きロッジの階段を下っていく。

「へ?」

「なーんてね。さ、いこ?」

「行くって?」

 寝ていたはずの、いや寝ていないのはわかっているが、鞘師、トラビスがどたばたと出てくる。

「おい、待て、作戦が……」

 何が作戦だよ、バーカ!

 というのを呑みこみ、僕はさも先輩に誘拐されたかのように、後ろ髪ひかれるような顔を作って退室する。

 くだらないプライドや理屈なんかどうでもいい、僕は今日、童貞を捨てる。

 そうだ、人生を変える一日にするんだ!

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