トゥー・ザ・フューチャー~抑止力の戦士~

「ずいぶん急な話だったのに、やけにすんなり養子になったね」


 国王と話したあと、俺は再びグラスの部屋のベッドに寝かされた。


「それ以外に今選べる選択肢はなかったからな。それに養子なんて形だけのものだろ」


「……エクスにとってはそうかもね。村のみんなが亡くなったって分かったのに泣かないの?」


「なぜかは知らないが生まれてから悲しいという感情が俺にはないんだ。というかそれがどんな感情かも分からない。だから涙は流れない。もちろん、村のみんなも親父もお袋も殺されて何も思わないわけじゃない。湧き上がってくるのは怒りだ。必ず俺はエトワールに報復する。あいつに俺の村を襲ったことを後悔させてやる」


「報復か……。いつか、悲しさが分かるようになればいいね」


「悲しさの感情なんて必要ない」


 グラスがベッドの上に座ってくる。


「椅子があるだろ。わざわざこっちに座るなよ」


「ここは私のベッドなんだからいいじゃん。あとこれから私とエクスは姉弟なんだからよろしく。お姉ちゃんって呼んで!」


「なんでお前の方が上なんだよ。……まあどうでもいいか。グラス、俺に色々教えてくれ。国王やブリッツの会話には俺が分からない言葉がたくさん出てきた」


「うん! お姉ちゃんに任せなさい! 何から聞きたい?」


 グラスは完全にベッドの上に乗っかって、張り切りだした。


「じゃあ抑止力の戦士について教えてくれ」


「それならまずは潜在能力について説明しないとね。人間は誰でも自分では気付いていない強大な力をその身に宿している。潜在能力は普通の人が普通に生活しているだけじゃ使えないんだけど、鍛錬を積んだり、何か特別な経験をすると力に目覚めることがあるの。私の潜在能力はこれ」


 グラスが腕を振ると部屋中が急に凍り付いた。


「⁉ なんだこれ⁉」


「こんなことができるのが潜在能力。私の場合は氷の力を自由に使うことができる。潜在能力は人それぞれで、自分がどんな能力を宿しているのかは力に目覚めてみないと分からないけどね」


 再びグラスが腕を振ると凍り付いた部屋はもとに戻った。


「優秀な兵士はみんなある程度潜在能力に目覚めているんだよ」


「ブリッツはどんな力なんだ?」


「ブリッツの潜在能力は雷。けどブリッツは潜在能力のその先、抑止の力に目覚めているの。抑止の力とは天災にたとえられるほどの強大な力。その強さゆえに振るうことを許されない力……」


「なぜ抑止の力と呼ばれているんだ? 何か意味があるのか?」


「その説明には抑止の力の特徴を説明しなきゃ。まず抑止の力はさっきも言った通り、天災級の力なの。エトワールという男はグラスの村を一人で滅ぼしたんだろうけど、その時に力の十分の一も使ってないはずだよ。精一杯手加減して村を滅ぼすほどの力。抑止の力を最大まで使えばこの都市さえ滅ぶと言われているの」


「まさか⁉ 小さいとは言え、一つの村が消滅してたんだぞ⁉ あれで本気じゃなかったって言うのかよ⁉」


「そうよ。それほどの力なの。そして抑止の力が使われた場所は汚染されてしまうの」


「どういう意味だ?」


「人が住めなくなるってことだよ。いや、人どころかあらゆる生命が住めなくなる。ブリッツがあと十分も村に残っていればエクスの命はなかったって言ってたでしょ? それはエトワールの抑止の力によって、その土地が汚染されたから。汚染された地域は少なくとも数十年はそのまま。だからエクスの村も今は絶対立ち入り禁止」


「だからブリッツは村に近づく前に馬から降りたのか」


「ブリッツはどんな命も大切にする人だから。人間以外の生物は汚染の影響をより強く受けるの。そんなブリッツが一般人のエクスと一緒に汚染された場所に入ったなんて、ブリッツはどうしてもその場でエクスを止められないって判断したんだね。……それで、強大過ぎる破壊力と汚染という特徴、これが戦争においてどういう働きをするか分かる?」


「……分からない。戦争とは相手の領土を手に入れようとする行為だ。そのためには何の役にも立たないだろう?」


「そう、それが抑止の力の本質だよ。もし相手が攻めてきたらこちらは相手に向かって抑止の力を行使する。ありとあらゆるものを滅ぼしかねない力をね。そんな危険があると分かっていたら、なかなか侵攻しようなんて思わないでしょ?」


「ただ相手も抑止の力を持っていたらどうする?」


「その場合も同じよ。もしこちらから攻撃を始めれば、報復として相手も抑止の力を行使する。するとお互いに強大な力に滅ぼされて終わり。あとには文字通り何も残らない。そんなことしても無意味だよね? もし滅ぶまでいかなかったとしても、その土地には住めなくなり、両国共にぼろぼろ。そんな状態を見た他の国が何も行動を起こさないわけがない。だからこそ抑止の力と呼ばれているの。行使しないことに意味がある力。相手に侵攻を思いとどまらせる力。それこそ抑止の力。


この大陸の五大国がずっと戦争状態にある中でも決定的な衝突が起こらなかったのはその抑止の力をどの国も保有しているから。だからこそ抑止力の戦士は登録制で五大国の中で情報を共有しなければならないっていう条約があるんだけど、まさか未登録の戦士が襲撃してくるなんて……」


「なるほどな。エトワールがとんでもない強さということは分かった。どうすれば抑止の力を手に入れられる? あいつを殺すには同じくらいの力がなければ無理だ」


「……抑止の力の覚醒条件は分かっていないの。その覚醒条件が記された書物がアンファ村にあるという情報があったからブリッツが向かったけど、村はエトワールに滅ぼされた。だから謎はそのまま。それに抑止力の戦士はあらゆるものを失うんだよ」


「例えば?」


「一つは生殖能力。だからブリッツは国王の娘、つまり姫、つまり私達のお義母さんと結婚しているんだけど、二人は子どもを産めないの。だから私、そしてエクスがブリッツの養子になったの。二つ目は寿命。抑止力の戦士はその力を手に入れてから十年以上生きたという記録がないの。あとの特徴は……そうだ、抑止力の戦士は汚染の影響を受けない。それと自分の命と引き換えに融解という現象を起こすことができるらしいの」


「融解? どういうものだ?」


「……抑止力の戦士自身による自爆。本当に都市を一瞬で滅ぼすほどのね……」



*************************



 それからグラスに大国の情勢を聞いた後、エクスは一人になった部屋で考える。


 抑止力の戦士か。力を持っていてもその力は使うことを許されない。これまで全面戦争はなかったものの、国境ではそれなりの武力衝突があったとは風のうわさで聞いている。兵士達がどれほど目の前で傷付こうが、死んでいこうが、決して動くことができない。村で気を失う直前に聞こえたと思っていたブリッツのあの嘆きはこれまでどれほど積み重ねられたものだったのだろう。強大過ぎる力も考えものだな。



*************************



 その日の夜。


「おい! なんでお前が同じベッドに入ってくるんだ⁉」


「仕方ないじゃん! 他に寝る所がないんだから! それにここは私のベッドだもん! 今日だけだから一緒に寝ようよー! 怪我人をベッド以外で寝かせるわけにはいかないし、私はふかふかのお布団で寝たいのー!」


「ああ、もう分かったよ! ほら」


「やったー!」


 グラスがエクスと横並びに寝る。


「……エクス、これからよろしく。エクスはずっと私の傍にいてね……」


「……俺はってどういうことだ?」


 グラスからは返事がない。


「もう寝たのか……。……こちらこそ世話になる……」


 エクスは目を閉じた。



*************************


 

 それからというもの、エクスの怪我が治った後は、ブリッツ直々の修行が始まった。グラスと共に毎日朝から晩までひたすらに自分を鍛え、城に来て一か月が経つ頃にはエクスは弱いながらも潜在能力に目覚め始めた。爆発の力を扱えるようになったエクスは次第に国からの任務もこなすようになり、周辺の村を襲うモンスター退治や、潜在能力を悪用する人間と戦い、確実に力を付けていった。


 

 エクスが城に来て一年後、エクスはグラスと共に王国の騎士団の小隊長にまでなっていた。

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