番外編 そのたった一年で 5

 騎士団員たちは大柄な者が多い。囲まれると威圧感を覚えて、息が詰まりそうになる。

 もといた村で、セイにはほとんど誰も近づかなかったが、クールは時折囲まれて憂さ晴らしの対象にされた。意味もなくいたぶられるのは、恐怖だった。

 明らかに怯えた顔をするクールと、表情のなくなるセイの様子に、騎士団員たちは何かを察したようだった。ロイドにひとことふたこと声をかけて、さりげなく離れていく。

 ほっとした様子のクールに、ロイドが話しかけた。


「きみたちは、ファリースのところに預けられた子供だよね。そろそろ食事もすんだ様子だし、戻ろうか」


 クールは瞬きをした。


「……え…」


 ロイドの肩にとまったモアが首を傾ける。


『私たちも、ファリースのところに用があるのです』

「そう。相棒を迎えにね」


 そう言って、ロイドは穏やかに笑った。






     ◇     ◇     ◇ 






 久々の休暇だった。

 よく晴れて風も乾いている。

 大きく伸びをしたクールは、クローゼットの中に乱雑に入れてある物を整理しようと思い立った。

 使えるもの、いるもの、そうではないものを仕分けして、一番奥にしまいこんであった箱を出す。

 箱を開けたクールは、瞬きをして手を止めた。


「うわー、ここに入れといたのか…懐かしー……」





 

「クール、そろそろ終わった?」


 扉を開けて顔を出したセイは、床に座り込む相棒の姿を見て眉根を寄せた。


「クール…?」


 彼の手にあるものを見て、セイは軽く目を瞠る。

 小さくて不恰好な古いチュニック。

 セイを顧みて、クールは淡く笑った。


「…………こんなに小さかったんだなぁと、思ってさ」


 空の砦で初めて迎えたあの朝。

 食事を終えて部屋に戻ったクールとセイが見たものは、鬼気迫る顔で縫い針を動かしている若い女性と、異様に緊迫した空気の中で息を殺しているファリースの姿だった。

 恐れをなして後退った子供たちの頭越しにロイドが呑気に声をかけて、女性とファリースが視線を向けてきた。

 あの女性が、いまではふたりの上司だ。

 尊敬し憧れているファリースの前では失敗できないという極限の緊張状態の中、ジェインはこのチュニックをなんとか縫い上げた。

 深い息をついたジェインが無意識にすべらせた視線の先にクールがいた。セイもいたのだが、先に視界に入ったのはクールだった。

 子供相手になんと言えばいいのかわからず、彼女は黙ってチュニックを前に突き出した。その様子に、緊張しすぎて可哀そうなくらいだなとロイドは思った。

 クールは反射的にチュニックを受け取った。

 一着縫って精も根も尽き果てたジェインを見かねたロイドは、彼女に代わってセイのチュニックの肩と裾をあげた。実はロイドは兄弟が多く、自分のことは自分でやるようにと母親から簡単な裁縫を仕込まれていたのだ。


「まだ、持ってたんだ」


 セイの言葉にクールは苦笑する。


「お前だってそうだろ」

「……まぁね」


 わざわざ縫い目をほどいて仕立て直されたチュニック。

 それはお前のだというファリースの言葉が、はじめは信じられなかった。

 誰かが自分のために手をかけてくれた服。クールにとって初めての代物だった。

 真新しい布の肌触りが心地よくて、それ以上に、いささか不恰好な縫い目が無性に嬉しかった。

 あんまり大切でなかなか袖を通さなかったので、不恰好すぎて嫌がられたと思い違いをしたジェインが陰で大層落ち込んでいたとロイドから聞いたのは、随分あとになってからだ。

 最初の晩に、寝巻き代わりにファリースが貸してくれたチュニックは、そのままふたりのものになった。

 それも、もう随分ぼろぼろになってしまったけれど、いまでも大事にしまってある。口には出さないが、セイも同様だ。

 この城で、この部屋で、ファリースとともに過ごした一年間。

 そのたった一年で、それまで生きてきた中で得られなかったものをすべてもらった。

 あの忘れえぬ日々の象徴のようなチュニックをクローゼットの奥に戻すと、クールは立ち上がった。


「クール? まだ途中なんじゃないの」

「また今度にする」


 クローゼットの扉を閉めて、クールは剣を取る。


「ちょっと、振ってくる」

「行ってらっしゃい」


 軽く手を振って、セイは出て行く相棒の背を見送る。

 先ほどまで彼が手にしていたチュニックは、もう小さすぎて着られない。

 瞬きをして、セイは自室に戻った。そうして、クールと同じようにクローゼットの奥にしまっておいた古いチュニックを取り出す。

 ロイドが肩と裾を上げてくれたチュニックは、それでも当時のセイには大きすぎた。

 あのときセイは思った。

 祭司様よりも、上手だな。


「…………」


 あんなにあたたかい服はもう着られないと思っていた。

 けれどもセイは、ここに来てそれをもう一度得ることができた。

 育った村に後足で砂をかけるようにして、ふたりの子供はこの城にやってきた。

 二度と戻ることはない、戻ることはできないと、覚悟して。

 いまではこの城が、彼らの帰る場所になっている。

 ばさばさと羽ばたきの音がする。開いた窓から一羽の鷹が入ってきた。


「ただいまー。あれ、どうしたの、それ。なんだかすごく小さい服だね」


 振り返って、セイはかすかに、本当にかすかに、笑った。


「うん。でもね。もらったときは、すごく大きいと思ったんだ」


 セイのこんな表情はとても珍しい。とても懐かしそうで、とても幸せそうで。


「そうなんだ」


 応じるアードの胸も、ほんのりあたたかくなった。






                         そのたった一年で 了

 

 

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