妖精の取替子 11
暮れかけた空を、巨鳥がまっすぐ北に飛ぶ。
契約鳥モアは、ドルイドのロイドとジェイン、そしてクールを乗せていた。
アードの軌跡を探ったロイドのロッドが示す方角めがけ、モアはさらに速度を上げる。
「ごめんな、モア。俺まで乗せてもらって」
詫びるクールにモアは軽く応じた。
「気にしないでください。あなたひとりくらい増えても、たいした重さではありません」
片目をつぶって見せるモアに、クールは遠慮がちに笑い返す。
ジェインが身を乗り出した。
「セイが向かったのはこっちで間違いないのか?」
すると、応じるようにロイドのロッドが光った。
「間違いない。モア、もう少し急いでくれ」
ロイドの言葉に、モアの翼がひときわ強く風を打つ。
「了解」
一気に加速したモアの背から振り落とされないように、クールは体を低くしてバランスをとった。
唇を引き結んだクールの目に焦燥がある。
どうしてもっと早くにちゃんと聞いておかなかったんだろうと、後悔が募る。
思い出されるのは、セイと出会ったばかりの頃だ。
――クール、ひとつ約束しておくれ
腰をかがめたミルディンが切り出すのを、クールは不思議な気持ちで聞いていた。
手には剣を持っていた。練習用の木剣だ。少し離れたところでファリースがセイに構えを指導している。
クールはふたりをちらりと見た。手招きされて稽古を中断してきたのだ。早くあっちにもどって混ざりたい。
クールの視線を追ったミルディンは、周りに誰もいないのになぜか声をひそめた。
――いつかわかってしまうだろうからいま言っておこうと思ってな。セイは、元いた村で、チェンジリングだと言われていた
それまでファリースたちに気を取られていたクールだったが、さすがに驚いた。
――えっ…
ミルディンが口の前で人差し指を立てているのを見て、慌てて口を手で押さえる。
――お前と同じように、身寄りがなくて、神殿にいたんだよ
――おれと、おなじ……
呟いたクールがセイを一瞥する。ミルディンもファリースとセイを見やった。
真剣に稽古をしているセイ。だが、ミルディンが見る限り、残念ながらあまり筋は良くない。
ふと、ミルディンは瞼を震わせた。
あのときセイは言ったのだ。
騎士になれば、自分の居場所ができると思ったのだと。
たまたま立ち寄った村を出る際に、村人たちがほぼ全員集まって見送りをしてくれた。
そこに、銀色の髪と紫の瞳の子供が現れた。
村人たちが子供に向ける冷たい眼差しとひそめた声で交わされる刺々しい会話が、彼がここでどのような存在であるのかをミルディンに教えた。
――おじいさんは、えらいドルイドなんでしょう? ぼくは、騎士になりたいんです。騎士になって……
拳を握るセイは、覚悟を決めた強い目をしていた。
――ぼくがいていいといってもらえるばしょを、つくるんです
クールとは対照的に、セイは泣かずにそう言った。
願いは同じなのに、面白いほど正反対なふたりの子供。
――もちろんセイはチェンジリングなんかじゃあない。瞳の色だって、たまたまああ生まれついてしまっただけだろうと思う
だが、もしかしたらセイの産みの親は、あの髪と瞳を嫌って彼を置き去りにしたのかもしれない。これは自分の子ではない、チェンジリングに違いないと。
ミルディンとクールの視線がセイに向けられる。
――だから、クール。お前はセイと友達でいてやっておくれ。もし誰かがセイにひどいことを言っても、お前は変わらないでいてやっておくれ
ミルディンの頼みは、まだ五歳のクールには少し難しすぎた。
だが、クールはクールなりに考えて、頷いた。
――わかった。ともだちかぁ。おれはいいけど、セイはどうかなぁ
――おれはいいんだけど。おれ、ともだちなんていままでいなかったから。……おれは、うれしいんだけど
そのときの、戸惑いなのか気恥しさなのかよくわからない感情が甦ってきて、クールはうつむいて肩を震わせる。
「……ひとりで突っ走るなよ、相棒」
チェンジリングという言葉は、セイにとって一番深いところに刺さっている杭のようなものなのだろう。
だが、いくら気が逸っていても、後先考えず単独行動をとるのはいただけない。
チェンジリングの影には必ずそれを行った妖精や魔物がいる。ひとりで対峙するのは危険だ。
どんなに力のある騎士でも、ドルイドでも、隙をつかれれば危機に陥る。
あの蒼楯のエルクとてそうだったのだ。
アードが向かったはずの北の空を見つめるクールの瞳に影が差す。
「……エルク…」
低く呟く。
チェンジリングで弟を失ったエルク。どうしてこんなに気にかかるのか。
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