妖精の取替子 4

 遠くにダーナ神殿が望める。今日はその近くにオグマ城もそびえている。街がひときわ活気づいているように見えるのは、普段いない騎士団の者たちが多数、街に降りているからだろう。

 にぎやかな通りを抜けた広間の噴水の縁に座ったふたりは、パン屋の女将からもらった袋を開いた。細かく裂いて乾燥させたあしに補強の魔力をかけてざっくり編んだ袋は、土に埋めれば自然に帰る。


「セイ、ほら」

「うん」


 まだほかほかと湯気の立つミートパイをかじると、旨味が口中に広がった。

 栄養のバランスがきっちり計算された食堂の料理とはまた違う、庶民の味だ。地上に降りたときにしか味わえない贅沢。

 中の具は熱々で、口の中をやけどしないよう冷ましながら慎重に食べる。

 黙々と食べるセイの肩にとまっていたアードは、不審げにくちばしを開いた。


「それ、おいしいの?」

「うん」

「中身はなに?」


 答えたのはクールだ。


「肉」


 瞬間、アードがびくっと全身を震わせた。


「え、ええっ!? まさか、まさか…!」


 アードが何を言わんとしているのかを正確に読み取ったセイが口を開く。


「大丈夫。鳥じゃないから」


 この味は羊だ。細かく刻んで潰した野菜のうま味と羊肉の味が絶妙に交じり合い、塩で調えたところにハーブの辛味が効いて実にうまい。

 ピリッとした刺激が舌に残る。水が欲しいなとセイは思った。

 ミートパイを凝視するアードは涙目だ。


「それだけは、それだけは~~~!」


 街には鶏料理や山鳥料理の専門店もあるが、オグマ城の食堂で鳥肉を使った料理が出されることはない。入団とともに鳥を食することをやめる者も多い。

 ドルイドたちは契約鳥を連れているのだ。決して禁忌というわけではないのだが、契約鳥に対する当然の配慮である。ドルイドと行動を共にする騎士も同様だ。

 ちなみにクールは豚と羊、セイは羊と白身魚が好物だ。


「あはははは」


 笑ってアードの頭をなだめるように撫でていたクールは、隣のセイがいやに沈んだ面持ちであることに気づいた。


「セイ…何かあったのか?」


 セイははっとしたように瞬きをして、視線をさまよわせる。


「あ、いや…」


 言葉を探しているようなセイの様子に、ふとクールは思い出した。


「そういや、この間ミルディンに呼ばれてたけど、何の用だったんだ?」

「………」


 セイは押し黙る。思いつめたような瞳が気にかかり、アードは心配そうな面持ちで契約相手のドルイドを見つめる。

 やがてセイは嘆息し、諦めたように口を開いた。


「……新たな精霊王と契約するように、言われたんだ」


 ため息交じりの言葉に虚を突かれ、クールは目を丸くする。


「え? だって、俺たちまだ……」


 入団してからほんの三ヶ月。それに、新人のドルイドは最初に契約した精霊との信頼関係を築くことに重きを置かれる。

 セイの表情が曇る。


「僕の場合は、ちょっと特殊だから……」

「ああ…」


 合点のいったクールは、なんとも言いようのない複雑な思いで頷く。

 ドルイドの審査の際、契約のために精霊を召喚する魔方陣を描き、呪文を詠唱しようとした瞬間、セイの前に炎熱の魔力が噴き上がった。

 審査のために集まっていた騎士とドルイドたちは騒然となった。

 召喚術が発動する前に精霊が降り立つのは、すでに契約がなされている場合に限られる。

 驚愕するセイに、精霊王ジンは厳かに告げた。


 ――そのロッドに残る契約により、これよりお前に力を貸す


 セイは手にしたロッドを凝視した。これは、ファリースが最期に彼に与えてくれたもの。英雄ファリースの、対のドルイドの形見。

 ファリースは、セイの養い親だった。たった一年間だけ。

 セイは精霊王ジンに促されるままにその言葉を受け入れた。

 召喚術を駆使してジンを召喚したわけではない。だが、魔力は十分に持っている。魔術の知識も豊富だ。だから正式にドルイドとして入団が許された。

 それでもほかのドルイドたちとは事情が大きく異なる。


「ジンは、ずっと僕らの陰にいてくれたみたいで…たぶん、あのときから、ずっと」


 セイが言わんとしているのは十年前の暁だろう。


「だからミルディンは、もうひとり、別の精霊王と契約を交わせば、僕の魔力を疑われることもなくなるだろうから、…て」

「あー…あー、ああ、そういう…」


 ようやく合点がいったクールが渋い顔になる。

 心無いことをいう者が、疑いのまなざしを向ける者が、いるのだろう。

 実力ではなく、英雄に庇護された子供だからオグマ騎士団に入団できたのではないか、と。

 それに。

 セイの目がひときわ翳る。


「僕は……まぁ、言われるのもしょうがないかなと思う」


 近くに人影はない。

 前髪を掻き上げたのは無意識か。普段隠されているセイの双眸が垣間見える。


「いや、でも……それは……ええと……」


 言葉を探していたクールはふと瞬きをした。徐々に近づいてくる駆け足の音を捉えたのだ。


「クール…!」


 切羽詰まったものを感じさせる声音に振り返ったクールは、足音の主が顔なじみの少年であることに気づいた。


「アル?」


 

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