第9話 血術使いが柄にもなく人助けをしようとする件について



「くそがくそがくそが! 一体どうなってんだよ、チクショウがっ!!」




 パーティーの一人がやり場のない感情を吐き出すように吠えた。

 まぁ冒険者に失敗はつきものだ。どんな一流の冒険者であれ失敗しないことなどない。だからあぁは言っているが命さえあればどうとでもなるし、次に繋げることの方が大事なんだけどね。



「お主どんだけ上から目線なんじゃよ」

「思考を読まないで欲しいなぁ」

 ほらこちとら思春期まっさかりなわけであってさ。そんな硝子のように儚い心に土足で踏み込むのは如何なものかと思うね。


「で、なんなんじゃこいつら。見たところかなり深い傷を負ってそうじゃが」


 


 メアリーの視線はパーティーの中でも一際冷静な人へと向けられている。恐らくこの人がパーティーリーダーだろう。

 


「今回の事は仕方がなかったんだ。だからこの事を忘れないで次の糧にしよう……そうすることしか俺達には出来ないっ!」


「虫の良いこといいやがって!! そんな薄っぺらい言い訳であの優しい聖女さんを見捨てるなんて……!」


「仕方ないんだよ!! まさか七層で大量のゴブリンやあんな魔物まで出るなんて想像できるわけがないだろう!!? あれが最善だったんだ!! あの時あれ以外の何が出来たっていうんだ!?」



 どうやら予想だにしない魔物に遭遇し、パーティメンバーの一人を囮に逃げ帰ってきたらしい。にしても七層か。意外と浅いところだったんだね。


 

 パーティーリーダーは少しでも仲間が生き残れる選択をしなければならない。リーダーとして全滅よりもたった一人の犠牲を選択するのは至極全うな事だ。

 

 と言っても犠牲にされる側からしたらたまったものではないが。


「……」

「どうしたのじゃヒトラ?」


 正直僕みたいな部外者が口を挟むことではないと思う。そもそも冒険者として他パーティーの事情に口出しするなんて御法度だ。

 


 それでも何故か胃の中に泥々した塊がずっしりと溜まるような感覚を覚えた。



 きっと、状況の差異はあれど似たような境遇だからだ。僕はパーティーメンバーに追放され、彼女は見捨てられた。  


 誰かに裏切られる事は本当に辛いものだ。それが苦楽を共にしたとなれば尚更。割りきったつもりでも、ふとした拍子に勇者パーティー達の姿が頭や心を過る。その度に心が張り裂けそうな感覚に陥るのだ。


 彼女だってきっとそう。

 彼女が迷宮に何を求め、どんな想いで冒険者になったかは知る由もない。


 それでも迷宮の中、仲間に見捨てられるような最期なんて想像していなかったはずだ。

 彼女は今どうしているだろう。全てを諦め祈るように震えているか、はたまたこの世の全てを呪うかの如く怨嗟を吐き出しているか。


 ーー見捨てたくないよな。

 


「それでもやっぱり俺達が――」


「ピーピーうるさいなぁ。発情期ですかそうですか」



 厄介クレーマーの如くリーダーに吠え続ける冒険者に我慢できず、ついには口を挟んでしまった。見捨てた癖になお厚顔無恥に叫ぶその姿に耐えきれなかった。



「……なんなんだよ。お前には関係ねーだろ」



「うわ出たよ。あれですか後悔した雰囲気だして自分は納得してない風を装ってれば罪悪感皆無的な感じですかそうですか」


「なんだてめぇ!! 馬鹿にしてんのかぁ!?」


「いやいや、そうは言うけどそもそも見捨てたことに何らかわりないからね。なに聖人ぶって悦に浸って他人に責任擦りつけてんのさ。文句を言うだけなら三才の赤ちゃんでも出来るわ」


「こんのぉ……!! 好き放題言いやがって!!!」


 遂には堪えきれなくなったのか、顔を真っ赤にして殴りかかってきた。

 殴られる前に素早く血術で剣を精製。そしてそのまま喉元に突きつける。

 それだけで殴りかかってきた冒険者は捨てられた子犬のようにしおらしくなってしまった。



「まぁいいや。このままじゃ夢見が悪そうだし場所教えてよ場所」


「「「は?」」」


「いいから。文句垂れて何にもするつもりないならせめてそれぐらいしなよ」



「こ、ここを真っ直ぐに進み突き当たりを左に進めば……少し離れているが全力で走れば間に合うはずだ」 

 状況が飲み込めない中、リーダーだけは何とか言葉を絞り出した。流石にリーダーだけあってそこそこ骨はあるらしい。



 ふむ。



「というわけでメアリー。悪いけど少し寄り道するわ」

「構わぬ構わぬ。それが其方の道であるなら突き進むが良い」


 あれだけ疲れていたと叫んでいたのに彼女は文句一つ言わなかった。むしろ、今の僕を見て喜んでいるようにすら見えた。

 さてと許可も得れたことだし、慣れない人助けに洒落込みますかね。



「ま、待ってくれ!」

 去り際にリーダーに呼び止められた。彼は僕の目をしっかりと見据えると、膝を崩し勢い良く額を地面に叩きつけた。恥も外聞もない、勢いのある土下座。


「す、すまない。俺達にこんな事言えた義理はないが……頼んだ」


「あいよ。ま、あんまり期待しないで待っててよ」



 ◆



 見捨てられた聖女とやらを救出しようと迷宮を駆け抜ける最中、メアリーがボソッと不穏なことを呟いた。


「今さらじゃが突如に大量発生したゴブリンって……もしかしてワシらのせいだったりして」

「あっ」


 まぁうん。気にしないことにしよう、そうしよう。ほらどの道助けにいくわけだし。何の問題もないな!




 ないよね?

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