6 いずれあの国は自滅します

 ある昼下がりのことだった。いつものように身支度をして宿屋の受付のところに二人揃っていくと、何やら騒がしい様子によく見ると騎士達らしき様相をした人達が何人も宿屋に押し寄せてきていた。


「何事かしら」

「さぁ?」


 彼らは最初女将に詰め寄っている様子だったが、一人が不意に階上を見上げてベルーナの姿を確認すると「いたぞ!」と声を上げた。その声を皮切りに一斉に騎士達がベルーナのほうを向き、あっという間にベルーナを取り囲む。ウィクトルはその前に立ち、「一体貴様ら何の用だ」と牽制した。


「その赤毛とオパールのような青みがかった瞳。貴様がベルーナ・ディボラ侯爵令嬢だな?」

「何でその名前を……」

「来い。王がお呼びだ」

「え、ちょっと、何……!?」

「やめろ、彼女に触れるんじゃない!」

「暴れるな、お前も一緒に来い!」


 さすがのウィクトルも屈強な騎士達には敵わず、動けぬように腕を縛られるとベルーナ共々王宮へと連れて行かれてしまうのだった。



 ◇



「陛下! お連れしました!」

「あぁ、ご苦労。……ご機嫌よう、ベルーナ・ディボラ侯爵令嬢。あの結婚前パーティー以来だが、覚えているかな?」

「はい。承知しております、アーロン陛下。ですが今は元、侯爵令嬢です」


 ベルーナとウィクトルが連れてこられたのは王宮の謁見の間ではなく談話室だった。そこには恰幅のよいアーロン国王が既にいて、ベルーナが来るなり人の良さそうな笑みを浮かべる。

 というのも、ベルーナとアーロン国王は顔見知りであった。なぜなら、ベルーナは王子の婚約者であり、他国の外遊の際に失礼があってはいけないと各国の重鎮の名前と顔の一致はもちろん、挨拶状なども含めて様々なことを婚前に仕込まれていたためだ。

 今となっては全てふいになってしまったが。


「ほう、何でまた」

「聡い陛下のこと。もう既にご存知なのでは?」

「あっはっは、さすがだな、ベルーナ嬢。あの場で突然の婚約破棄にも驚いたが、さらにキミが国外追放までされるとはな」

「私も驚きました」

「そうだろう、そうだろう。あのバカ息子にヤツらは甘いからなぁ。ベルーナ嬢が嫁げば少しはマシになるかと思えば、何を考えてるんだろうなぁ、やつらは」

「さぁ? 私は追放された身ですので。ところで、私と世間話がしたくて呼んだわけではありませんよね? 一体どのようなご用件でしょうか」


 ベルーナが強気で尋ねると、アーロン国王の口元がにぃっと大きく歪む。こうして人が良さそうに装っているが、腹に一物ある人物だということはベルーナも承知していた。


「さすがベルーナ嬢、察しがいい。どうだ? ワシの息子と結婚せぬか?」

「お断りします」


 即答するベルーナ。ウィクトルは先程から命がいくつあっても足りないくらいの二人の応酬に、心臓が痛くて仕方なかった。


「そうか、それは残念だ。とまぁ、冗談は程々にして、ディデリクス王子の結婚は知っているか?」

「はい、存じ上げております」

「さすが、国を離れていても耳が早い。それで、その相手方の令嬢について知っておきたくてな」

「なるほど。……陛下の意図することは承知致しましたが、ご心配には及ばぬかと」

「ほう、なにゆえ?」

「いずれあの国は自滅します」


 ベルーナが言い切ったことにさすがのウィクトルがギョッとした表情を出してしまう。だが、ベルーナは落ち着いた様子でアーロン国王と対峙していた。


「なぜそこまで言い切れる?」

「陛下もお気づきなのでは? 思い立ったらすぐ行動、後先考えずに邁進する行動力。いずれも国家運営には不要なものです。まさに無能な働き者、違いますか?」

「あっはっはっは、さすが元婚約者に対して手厳しい。だが、そうだな。国を動かす上で思いつきで行動するのはよからぬことだな」

「それに比べ、アーロン国王はとても国家運営に長けているとお見受けします。現在他国からの移民を増やしているのも、アブラーンの働き手を増やすだけではなく、各国の情報集めをしているのではありませんか?」

「ほうほう、そこまで把握しておったか。こわいこわい。キミが女性でなく男だったらよかったのになぁ。あのバカもベルーナ嬢を手放したことでどれほど国家に損失を与えたことか理解してないだろうな」

「恐れ入ります」


 ベルーナが先程から遠慮なくズバズバ言うのをウィクトルは胃を縮めながらも見守る。だが、アーロン国王は気分を害した様子はなく、むしろ上機嫌なようだった。


「ベルーナ嬢、我が国に永住するつもりは?」

「条件が合えば」

「条件?」

「はい。きちんとした収入源を確保でき、ウィクトルと結婚できれば」

「ウィクトル?」

「彼のことです」

「ほう、もう愛を誓った相手がいるのか」

「はい。なので、その条件が叶うのでしたらこの地に永住しようかと」


 ベルーナが言い切ると、アーロンは黙りこくる。ウィクトルは顔に出さずとも緊張で今にも吐きそうであったが、ベルーナは涼しい顔でアーロン国王を見つめた。


「あっはっはっはっは!! ゆかいゆかい! 豪胆だな、ベルーナ嬢! 気に入った! その条件を飲もうじゃないか。ワシがキミに給金を出そう。こちらの条件としてはそうだな……情報をもらおうか。今も宿屋で飲み比べと称して旅人達から情報を得ていると聞いているが、その情報をこちらに流してくれ。どうだ、悪い話ではないだろう?」

「承知致しました。では、そのように」

「本当に恐ろしく強かな女だな。ウィクトルとやら、せいぜいベルーナ嬢の機嫌を損ねぬように気をつけるんだな」

「はい」


 交渉が成立し、ベルーナには王宮の外れにある宿屋が与えられた。今後、そこが拠点となり生活せよとのお達しがあり、二人は王宮を出るとそこまで馬車で送られるのだった。


「随分と強気にばかり出るからヒヤヒヤしたぞ。おかげで寿命が縮んだ」

「アーロン国王は物事をはっきりと言う人が好きらしいって事前に知ってたからね。とはいえ、ちょっとした賭けでもあったから成功してよかったわ」

「そうだったのか。というか、さっきの話って……」

「女には秘密がたくさんあったほうが素敵でしょう? 使えるものは使わないと。それにこれでこの国での永住権を確保できたわ! ウィクトルとも結婚できる」

「そうだな」


 ウィクトルはベルーナに話を合わせながら「もしかして全て最初からこうなるように仕組んでいたのか?」と考える。全てがとんとん拍子に上手くいく彼女を見て、元々優秀だとは知っていたが、あまりにも予想を上回る凄さにベルーナには敵わないと改めて思うウィクトルだった。

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