4 王家なんかとっとと潰れろ!

 翌日、荷造りを終えたベルーナは両親にウィクトルと共に国を出ることを伝えた。

 最初は優秀なウィクトルを手放すことに難色を示していたベルーナの両親だが、ウィクトルの両親からもこのままウィクトルがこの国にいたら冤罪の一件の余波が来るかもしれないとの説得を受けて、渋々ながらも認めるのだった。


「ベルーナ、達者でな」

「元気で暮らしてね」


(いや、国外追放される娘に言う言葉じゃないでしょ)


 まさか自分の両親がここまでアホだったのかと気づいてベルーナは頭を抱えたくなる。今更ながら、王子の婚約者という貧乏くじを引いたのも両親が国からの甘い汁を吸いたくて決めたことだし、元々ベルーナのことよりも自分達のことを優先する人だったな、と思い返して改めて自分の両親のクソっぷりに悲しくなった。

 ベルーナを育てたのもほとんどウィクトルの両親であったし、普段からいいとこ取りばかりで実際の労力はウィクトルの両親が負担していた。そのおかげか、ベルーナも両親のようにボンクラにならずに済んだのだが、気持ちとしてはなんとも複雑である。


「ベルーナ様、うちの倅をどうぞよろしくお願いします」

「ウィクトル、ベルーナ様をきちんとお守りするのよ」

「もちろん、わかっています」


 ウィクトルの両親は目頭を押さえながら、必死に泣くまいとしている姿を見て、あまりの両親との温度差に泣きそうになりながらもベルーナは気丈に振る舞った。これ以上、この場で惨めな想いをしたくなかったからだ。


「じゃあ、行きましょう。ウィクトル」

「はい、ベルーナ様」


 ちなみに見送りは城門前ではなく、家の前。なぜなら両親がベルーナの国外追放の場面を領民達はもちろん他の国民に見せたくなかったからだ。けれど情報は回るのは早いわけで、領地を出るギリギリのところでベルーナは領民達に声をかけられ、ぐるっと周りを囲まれた。


「ベルーナ様! 今日でお外に行っちゃうんですか?」

「ベルーナ様がいなくなっちゃうなんて寂しい!!」

「ベルーナ様がいなくなったらこの領地ももう……」


 ベルーナはここの領民達にとても愛されている存在だった。侯爵令嬢ではあるものの誰にでも分け隔てなく接し、領地運営でも様々な意見を取り入れて父親である侯爵に口利きする橋渡しのような役目もしていた。

 そのため、領民達にとってベルーナは大切な存在であり、彼女との別れをそれはそれは悲しんだ。


「ごめんなさい、みんな。私が不甲斐ないばかりに」

「いいえ!! ベルーナ様のせいではありません!」

「そうですよ、悪いのは全部王家です!」

「あぁ、ベルーナ様がいなくなったらこの土地は……国はどうなってしまうのか……」


 ベルーナの父は領主とは名ばかりで、最近では専らベルーナの意見に従ってるだけのお飾り領主であった。最近では領主の仕事をサボってベルーナに押し付け、両親揃ってしょっちゅう旅行に行ってしまう始末だった。王家との婚約も、ベルーナの領地管理の手腕を買われて王家からぜひうちに来てくれと請われたものであり、ベルーナがいなくなった今後のことを考えると領民達の顔色が悪くなるのも無理はない。


「あまりそういうことを言ってはダメよ。不敬罪で捕まってしまうわ。……とはいえ、実際のところこのままいったらこの領地も国も泥舟状態だわ。いずれ沈んでしまう。だからもしそうなってしまいそうになったら、貴方達は自分達が生きるために逃げ出したり何か行動を起こしたりしてちょうだいね」

「我々にそんなことができるのでしょうか」

「できるわよ、大丈夫! みんなが凄いことは私がとっても知ってるわ! いつも貴方達のおかげでこの領地は成り立っていたのだもの」

「ベルーナ様……っ! 我々もできる限り頑張ってみます!」

「えぇ、お願いね。最後まで見届けられないことはつらいけど、私は貴方達の幸せをずっと祈っているわ」

「我々もベルーナ様が国外へ行かれてもずっと平穏に暮らせることを心より願っています!!」


 領民達と熱い抱擁をして別れる。ベルーナは我慢してた感情が迫り上がってくるのを感じながら歩いていると、「泣くなら泣いていいぞ」とウィクトルに頭を撫でられた。


「泣かない! もう昨日めいいっぱい泣いたから泣かない!」

「頑固だな」

「知ってるくせに」


 領地を抜け、いよいよ国外へ。国境前の門まで行き説明すると、既に通達があったのかなんなく通された。そして挨拶も何もなく、すぐさまバタンと大きな音と共に国境の門が閉ざされる。


「……国外追放ってもっと仰々しいものかと思ったけど、案外呆気ないのね」

「外に出すだけだからな。戻れなくすればいいだけだから手間がかからないのだろう」

「確かに。はぁ、感慨も何もないわ。とにかく、あのブサイクで考えなしで傲慢な王子とも、そのアホに追従して冤罪ふっかけて私を追放した王家とも、さらにさらにその王家の腰巾着になって私を切った両親とも、全部全部縁が切れてよかったわ! こんなしょうもないことばかりする王家なんかとっとと潰れろ、ばーーーーーーか!!」


 ベルーナが扉が閉まったのをいいことに、最後に大声で悪態をつけば、なぜか再び開けられる門。


「ヤバい、今の聞かれた!?」

「何やってるんだ、バカ! さっさと逃げるぞ!」


 ウィクトルに手を引かれて一緒に駆け出すベルーナ。兵達が門を開けて国境外に出てきた頃には既に二人は遠く離れていたので、さすがに兵達は追ってこなかった。


「領民達の前では殊勝なこと言ってたくせに酷い悪態のつきかただったな」

「いいじゃない、最後くらい。それに、領民達には私のイメージをキープしたまま思い出に残ったほうが綺麗でしょ?」

「今更じゃないか?」

「すぐそういうこと言う!」


 まさか兵に聞かれていたのは想定外だったが、今更不敬罪だどうだこうだと言われることはないだろう。


「で、これからどうするんだ?」

「隣国のアブラーンに行くわ」

「アブラーン? 何でまた。あまり治安がよくないのでは?」

「わかってる。でもウィクトルが守ってくれるでしょ?」

「そりゃ、守るが」

「ちゃんと考えてるから安心して。あ、ここからはウィクトル髪を下ろしてもらえる?」

「は? 何でだ」

「いいからいいから。私にいい考えがあるの」


 ベルーナがにっこりと微笑む。ウィクトルは経験上、彼女の言う「いい考え」というのがろくでもないことだとはわかっていたが、それでも大人しく従い、結っていた髪を下ろすのだった。

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