伊豆ステージ(そのニ)

 集団は逃げとのタイム差を三分前後に押さえながら、逃げを泳がし、レースの半分を消化した。思っていたよりも逃げ集団のペースが良い。気温も上がり、メイン集団は遅れる選手も多くなり、その時点で二十名程になっていた。


 レースは後半に入り、逃げ集団の一人が脱落し四人になった辺りからタイム差が縮まり始めた。ダイチは一分差になる迄、少しずつ逃げ集団のペースを落とさせていた。一分差になった所でペースを少し上げ、それ以上縮まらないようにした。

 ラスト二周でタイム差一分。まだ二十四キロある。前を行くのは三人になった。後続集団は十二名。その中にはまだまだ足を残している選手もいる。アラハのアシストはあと一人しかいないが、アラハもまだまだ足を残している。ただ、自分が動くとダイチとソラの逃げ切りが無くなってしまう事は明らかだ。アラハは二人の決意と、それに向けて二人がどれだけの事をやってきたかを知っている。自分の総合順位を上げるよりも、出来る事ならダイチの優勝に向けて手助けをしたいと考えていた。


 残り一周を残し、タイム差が三十秒になった。このままでは逃げ切りは厳しい、と思ったアラハは様子見のアタックをしてみた。意外にもグリーンジャージのジャンが苦しそうで付いてこない。反応してきたのはジャンのアシストが一人だけだ。予想以上に皆、足にきているようだ。ジャンのアシストは前に出ない事は分かっていたが、アラハは構わずペースを上げ一気にジャンプアップした。

「オレが引けば、このグループは逃げ切れるかもしれない」

アラハはそう考えていた。


 アラハは前の三人に追いつくと、そのまま前に出て集団を引き始めた。

「下がれ!」

 ダイチの声がした。

「ジャンの様子は?」と聞かれて

「ちょっとしんどいのかも」とアラハが答えた。

「足をためろ。お前は一秒でも早くゴールする事を考えろ。十秒も必ずとれ」

 ダイチが指示を出した。一位でゴールすると十秒のボーナスポイントが貰える。

「え? でも」

 アラハがマゴマゴしていると、ダイチがソラに向かって言った。

「引ける所まで全力で引け。その後はオレとアラハに任せろ」

 作戦は変更させざるを得ない。ソラはダイチに顔を向け、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ラジャ」

 ソラの口から使った事のない言葉が出た。


 ソラは全開で先頭を引いた。

「何なんだ? この人達は?」

 ソラとダイチの後ろに付いて走りながらアラハは思った。

「オレは騙されていたのか?」

 ソラもダイチもまだ足を残している。あそこでわざと後続に三十秒差まで詰められて、集団に油断させて、そこからまた行こうとしていたのか? もしもオレがジャンプアップしてこなかったら、そのまま逃げ切り、ダイチさんは優勝出来たのではないか?


 しかし今、後悔しても何も始まらない。アラハはダイチに言われたように、一秒でも早く一番でゴールを駆け抜ける事に集中した。


 ソラが残り五キロ程を残して仕事を終えると、ダイチが先頭になってガンガン引いた。集団との差は少しずつ開いている。残り二キロを残しダイチが仕事を終えた。アラハの後ろに付いているのはジャンのアシスト一人だ。ダイチの引きが終了したタイミングでアラハは全開のアタックをした。ジャンのアシストが懸命に付いてきているが、アラハは構わず踏み続けると少し間隔が開いた。一秒でも速く‥‥‥。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る