帰国

 ソラは高熱も出て一週間程苦しんだ。ドーフィネが終了してダイチが来た時も、一週間後にアラハが退院する時も、殆ど話す事も出来なかった。アラハはまだ言葉を話せない状態だったが、顔だけは見せた。

 その後、痛みや苦しみは少しずつ軽減し、二週間後には車椅子に乗せてもらっての移動が可能になったので、ソラは日本に帰る事にした。

 ダイチが石山ドクターと連絡を取り合い、マッサーの真崎が日本に帰る用事があるからという事でソラに付き添って一緒に帰る事になった。真崎はソラの荷物を準備し、ライオンも持ってスペインからフランスに行き、石山ドクターの病院までソラを送り届けた。


 飛行機の中で真崎はこんな事を言った。

「ダイチの身体もそうだったけど、ソラの身体も常識は通用しないから。絶対に諦めるなよ。

 ソラの身体は不思議なんだ。何か共鳴する物が入ってきて調和が取れると、それをスッと受け入れて身体が反応する力が凄いんだ。マッサージしててもびっくりするようないい反応が現れる事がよくある。今、オレがしてあげられる事は無いけど、もう少し回復したら協力させてな。

 石山先生とソラの相性の良さは実証済みだし、上手くいく事を信じてるよ。頑張ろうな」

 ソラにとってはとても心強い言葉だった。


 石山は受け取ったソラのMRI画像を見て、頭を抱えていた。「再起不能」という言葉が頭を駆け巡る。今、出来る処置は見つからない。選手活動の事を考えるどころではなく、日常生活をきちんと出来るようになる事に全力を注がなければならないと考えていた。


「ここに来れば何とかなる」と思っていたソラは、ここに来てもただ寝ている事しか出来なかった。

「今は何も出来ない。でも、経過を見ながら、ベストと思える事をどんどん取り入れていくから、私を信じて待っていなさい」

 石山にそう言われたソラは従うしかなかった。

 ここに来てから一ヶ月間、ほぼほぼベッド上で死んだような生活をしていた。体幹を動かせないと、こんなにも何も出来ないという事を思い知らされた。

 排泄や着替え、寝返りさえも自分で出来ない。

 リハビリの先生にベッド上で手足を少し動かしてもらったり、自分で動かす事はしていたが、大きく動かすと背中に響くので、それもほんの少しだけだ。

 何もやる気が起きず、腐りそうだった。

 ツール・ド・フランスは始まっていたが、敢えて頭から追い払っていた。中学三年の時から毎年釘付けになって見続け、昨年まであの舞台で戦っていた事が何か他人事のように感じられた。


 そんなソラを見ながら、石山は少しだけリスクをとる事にした。

 フランスからの飛行機移動がソラの身体に少なからずダメージを与えてしまった事からも、本当はまだ出来るだけソラを動かしたくなかった。それでも動かすリスクは多少あっても、ソラの場合は小さな物であっても刺激や喜びを与えてあげる事で治癒を促す事が出来るのではないかと考えた。


 出来る事はこれまでベッド上でやってきた事と変わらないが、次の日からはリハビリの先生がソラを車椅子に乗せてリハビリ室に連れていき、そこで行う事にした。

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