エースの為に(プロニ年目)

初めてのツール・ド・フランス

 ソラがやらなければならない事は沢山あった。

 プロの世界は想像以上に厳しい。

 十八歳のソラはまだ身体も未熟で、上りはいけても全体的なパワー不足は否めない。

 上りで勝負が決まるレースでも、そこ迄の平坦区間で疲弊してしまっては上れない。得意分野を活かす為にも、もっと平坦を走れるようにならなければいけない。一年目はレースに出場しながらも、そこで成績を求めるよりも身体作りに時間をかけた。ダイチが様々な面でサポートしてくれる事が本当に心強かった。


 レース、自転車トレーニング、身体作り、レースを観て学ぶ事、英語とフランス語ももっと学ぶ必要だ。きちんとした食事と休養を取る事も重要だ。ソラは総てを自転車レースにかける事が全く苦にならず、何かを犠牲にしているという感覚はまるで無い。そこに総てを懸けられる事が幸せだった。


 ソラは適応力、吸収力に長けている。若さという武器もある。このチームに入って一年間で驚く程の成長を遂げた。今どきの高校生みたいだった可愛らしい顔にも少し精悍さが出てきた。


 二年目、ソラはツール・ド・フランスの選手に選ばれた。まだ無理はさせたくないというチームの意向から、最初の休養日を迎えるまでの九日間だけを走るという約束が成されていた。一チーム八人しか走れない。初めから九日間しか走らないと決めている選手を選ぶという事はどういう事か? ソラはそれだけ将来を期待されている。来年以降の為に経験させたいという事と、九日間の中での働きにも期待されての抜擢だった。


 中学三年生の時から観てきたダイチの経験がソラの経験になっている。一昨年総合ニ位になったプティをどうアシストすればよいかも分かっている。


 世界最大の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」

 毎年七月に行われ、一チーム八人編成で二十〜二十二チームが競い合う。三週間で総走行距離は三千三百キロ前後。

 最高の栄誉は黄色に輝く「マイヨ・ジョーヌ (maillot jaune)」を着用してパリでの表彰台のてっぺんに上がる事。

 各ステージの所要時間を加算し、合計所要時間が最も少なかった選手がマイヨ・ジョーヌ着用の権利を得る。最終ステージの終了時点でマイヨ・ジョーヌ着用の権利をもっている選手がツールの総合優勝者だ。

 チーム戦でありながら、このジャージを着用出来るのは一人だけだ。一人のエースを勝たせる為にチーム員は身を粉にして働く。


 ただ、ツール・ド・フランスにおける栄誉はこれ一つだけではない。この大会の知名度や露出度は世界中で突出していて、総合優勝以外の各賞のステータスも非常に高い。有名なのは赤い水玉模様のウェアを着用出来る山岳賞、緑のポイント賞、真っ白な新人賞で、各ステージの一回の優勝でも生涯の勲章になる。


 個人の順位を競うのではなく、エースを勝たせる為に走る。また、ターゲットが一つではない為にレースは複雑な物が絡み合う。

 エースになれる力を持ちながらもアシストとして走らなければならない選手が何人もいる。

 総合を狙う人もいれば、ポイントや山、ステージを狙う人もいる。

 チームの思惑も様々で、複雑で理不尽な事も多く、一般の人に分かりづらい事も多い。

 でもだからこそ、様々な大きな感動が生まれるし、魅力があるとも言える。

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