第5話


 加々村の屋敷の奥座敷は暗かった。

 日も随分傾いたというのに明かりをつけていないからだ。

 正蔵は、座卓の引き出しの中の書類をじっと、ずっと長い間見つめていた。


「馬鹿者が」


 絞り出すように呟いた正蔵の背後で、パチリと音がした。部屋の明かりが点くのと同時、正蔵はさっと引き出しを閉じると背後に振り返った。


「失礼いたします」


 慇懃な態度の老執事の宮内と、表情の乏しい派手な服装の少女――古門戸こもんどまりあが並んで立っていた。

 怪訝な表情の正蔵に宮内は口を笑みの形に歪めて見せた。

「忙しく炊き出しをされているご婦人に声をかけましたら、奥にいらっしゃる、と」

「……ご用件は」

「息子さんが帰ってきた用件がお祭りでないとしたら、一体なんなのか気になりましてな」


 隠しても仕方ない、と正蔵は判断した。村の者から宮内この男があちこちで聞き込みをしていることは伝えられており、承知していた。


「正直に申し上げますと、息子は、この村に企業を誘致するために帰って来ておったのです」

「ほう」


 宮内はわざとらしく片方の眉を跳ね上げさせた。


「昨日はそのことで口論になりまして」

「喧嘩になった、と」

「ええ。恥ずかしながら」


 宮内はなるほどなるほど、と繰り返し頷き、


「ありがとうございます。大変参考になるお話でしたな。それでは私どもはこれで」

「はあ」


 正蔵は拍子抜けした気分だった。この話題から、一郎太を殺したのはお前だろう、と詰め寄られると考えていたのに。

 宮内たちは立ち去ろうとしている。

 正蔵はほっと息を吐いた。


 その時だった。

 宮内がくるりときびすを返した。


 宮内はわざとらしい口調で、


「あー、そうでした。あとひとつ。村長さん、あなたの昨夜のアリバイについて、お伝えしなければならないのでした。村の男性陣が、昨夜に一緒に酒を飲んで、そのあと正蔵さんは屋敷に帰ってお休みになった、と証言しています。昨夜あなたを見たのはそれが最後だ、と。加えて、夜通しで料理をしていたご婦人たちもあなたが朝まで屋敷の外に出ていないと言っていました」

「……そう……ですか」

「おや? ご自身のアリバイが証明されたのに浮かない顔ですね」

「息子が死んでいる。笑顔にはなれませんよ」

「ごもっとも。失礼しました」


 一息。


「ああ、そういえば」

「まだ、なにか?」

「そこの三和土に、良く手入れされた革靴がおいてありました。これです」


 宮内は手品のようにどこからから靴を一足取り出した。


「若者向けのデザインの革靴です。これは、息子さんのですな」

「……」


 正蔵は無言を貫いた。

 宮内はその無言を肯定と受け取ったようだった。


「昨日、酒を飲んで帰宅したあなたは一郎太さんと口論になった。一郎太さんは靴も履かずに屋敷を飛び出して、そして、神社の階段の上から足を滑らせて亡くなった、と。そういうことになりそうですな」

があり得ますか?」

「皆さんの証言を総合すると、になりますな。――では、これで」


 宮内とまりあは今度こそ去っていった。

 一人残された正蔵の顔は苦渋に満ちていた。






 ――数時間後。

 日もとっぷりと暮れた頃。

 祭りの準備もあらかた終わり、人気のなくなった神社の階段下。


 そこへ、正蔵はふたりを呼び出した。

 宮内と古門戸まりあのふたりを、だ。


 宮内は挨拶もそこそこに、ふたりに告げた。



「息子を、加々村一郎太を殺したのは……、私です」

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