第31話 レヴィン、地下から脱出する

「ど、どうする?」


 ノエルが聞いてくる。

 俺に聞くなよと思いつつ、レヴィンは少し考えてから思ったことを口にした。


「もしかしたら中から何かの合図をすると外から鍵を開ける……みたいな流れなのかも知れないな」


「とりあえずノックしてみるかい?」


 ベネディクトがノックする振りをする。

 その時、今まで黙っていた生徒たちが意を決したかのように声を上げ始めた。


「なぁ、やっぱり殺さなきゃ駄目なのかな?」


「そうだよ……。俺は人殺しにはなりたくない……」


「何とか交渉できないのか?」


「気持ちは分からんでもないが、このままだと俺たちは奴隷として売られるぞ? 恐らくな」


 レヴィンとしてもできることなら殺したくはない。

 しかし、ここで脱出を図らねば戦闘奴隷か労働奴隷として売り飛ばされるのは目に見えている。そして待っているのは苦痛とその末の死である。


「で、でも身代金を請求するって言ってたじゃないか!」


「そりゃするだろうな。でも身代金が支払われたとして、俺たちをただで帰す必要があると思うか?」


「そんなッ! 約束とは誓いだッ! それを破ると言うのかッ!?」


 まるで騎士きしのお手本のようなセリフを吐く生徒の一人に、レヴィンは冷たく言い放つ。


「お前は、誘拐して身代金を要求するようなヤツが約束を守ると思うのか?」


 レヴィンの言葉に反論する者はいない。

 しかし、その表情から納得しきれていないのは明らかだ。


「ベネディクトはどう思う?」


「僕は悪意を持って立ちふさがる敵は倒さざるを得ないと思うよ? このまま助けを待っていて事態が好転するとは思えないし、せっかくレヴィンが作ってくれた好機を逃す手はない」


 反論した生徒たちは、ベネディクトの言葉にもまだ納得ができないようだ。

 四人程の生徒がうつむいて何か言いたげな表情をしている。

 その手は強く握りしめられており、微かに震えているのが分かる。


「うーん。じゃあ、こうしよう。ここで寝ている二人を起こして人質とする。それで交渉して脱出する」


「交渉? 悪党がそれに応じるか?」


 ヴァイスは懐疑的なようだ。


「レヴィン、本気で言っているのか? 僕は反対だね。人質なんて通じるとは思えないし、犯罪組織とは交渉の余地などない」


 レヴィンの言葉に、ベネディクトが普段からは考えられないような強い言動を見せる。それに対して殺人に反対していた生徒たちの表情が明るくなる。

 その内の一人が勢い込んで多数決を提案してきた。


「いや、多数決なんざ無用だ。話が通じない場合は、俺が全員ぶっ飛ばす。お前らは見ているだけでいい」


 いつまでもグダグダやっている暇などない。

 レヴィンは全てを自分が背負おうと覚悟を決めた。

 世の中、話し合いのみで解決できる方が少ないのだ。

 大抵はゴネ続けた側が権益を確保し、利益を享受する。

 これが現実なのである。


 レヴィンは寝ている二人の男を叩き起こした。

 その首元にはヴァイスたちが剣を突きつけている。

 見張りの男たちは驚きで声が出せないようだ。


「取り敢えず、ここの鍵を開けさせろ。そして俺たちの無事を保障しろ」


「馬鹿か……。そんな戯言たわごとが通じる訳ねぇだろ」


「そんなことしたら、俺たちが殺されちまうわ」


「だよなぁ……」


 レヴィンは、予想通りの反応に思わず笑ってしまう。


「まぁ、とにかくお前ら。隣の部屋に向かって助けを乞え。必死でな」


 一転して冷酷な口調で言い放ったレヴィンは、同時にベネディクトに【探知ディテクション】を掛けるよう指示を出した。

 始めはゴネていた見張りたちであったが、レヴィンが男の指を一本一本折っていくと、観念したのか大声で喚き始めた。


「動いたよ。上からも人が下りてきた。三人程こっちに近づいてくる」


 それを聞いたレヴィンは見張り二人のあごに一発喰らわせると大声で警告した。


「扉の前の野郎共ッ! 動くなッ! 動けば殺す! 交渉がしたいッ! お前らのボスを出せッ!」


 レヴィンの言葉に反応があった。

 返事は大爆笑である。


「止まる気配はないね。かなりの人数が扉を囲むように展開しているよ」


 レヴィンは不思議でならなかった。

 中学生とは言え、騎士中学校と魔法中学校で訓練を受けた生徒相手に少しナメ過ぎだろう。


「警告はしたッ! 今からお前らをこの世から消滅させるッ!」


「ヒャァァッ! やれるもんならやってみろやッ! 甘っちょろいガキ共がッ!」


「もう扉の前に来るぞッ!」


「全員、魔法を撃つから扉の両側に身を隠せ」


 レヴィンはそっと扉に手を触れると魔法陣を展開した。

 と同時に冷気の膜を張り火炎が遮断されるようにする。


轟火撃ファラ


 その声にこたえて【火炎球ファイヤーボール】などとは比べものにならない程の火炎の塊が出現する。


 


 するとレヴィンは扉から手を放すと扉の右手に移動する。


 ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


 ド派手な爆音と共に扉の向こう側で【轟火撃ファラ】が炸裂した。

 と同時に扉が内側に吹っ飛ぶ。

 密室で火炎が撒き散らされたのだ。逃れる術はない。

 そしてチラリと部屋を覗き込むが、煙で視界が利かない。

 何も分からないのでもう一発お見舞いする。


轟火撃ファラ


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


 再び炸裂音が聞こえる。


轟炎爆裂ブレイズ


 レヴィンの最後の魔法によって、部屋の中でいくつもの火炎が渦を巻き荒れ狂う。

 【轟火撃ファラ】より上位の魔法である。

 これでレヴィンの宣告通り、隣の部屋には何も残っていないだろう。


探知ディテクション


 すかさずベネディクトがもう一度、【探知ディテクション】を発動する。

 流石はベネディクトである。

 使いどころが分かっている。


「反応の消失を確認した。後はおそらく上の階にいる四人くらいだな」


 ほどなくして煙が晴れてくる。

 しかし凄まじいまでの熱気が伝わってくる。

 とても隣の部屋には移動できそうもない。


「向こうもこっちも部屋に入れないみたいだな。氷の魔法でもぶち込んだら冷えるんじゃないか?」


 ノエルが提案する。

 レヴィンが苦笑いを返す。

 分かった事はノエルが脳筋だと言うことである。


「今度はきりで視界が利かなくなるよ」


 ベネディクトが突っ込んだ。


「さっきみたいに隣の部屋の天井に魔法を撃って天井を壊したらどうだ?」


「天井が崩壊して生き埋めになるだろ……」 


 今度はヴァイスが突っ込んだ。

 突っ込みが多いと楽でよい。レヴィンは良いパーティだと自分たちに太鼓判を押した。未だ熱気で部屋に入ることもできず時間ばかりが過ぎてゆく。


「まぁ残りは四人だ。状況が悪い方へ推移する前にノエルの言う通り隣部屋を冷やそう。半端ない程にな」


凍結球弾フリーズショット


 レヴィンが隣部屋の中央付近に氷の球を着弾させる。

 それを何度も繰り返した結果、先程の熱気は完全に消え失せていた。

 今は逆に凍える程に寒い上、視界も悪い。


「行くか」


 レヴィンがまるで散歩にでも誘うような口調で呟いた。

 見張りたちは縛り上げたまま放置していく。

 念のためヴァイスを先頭に全員がその後に続く。

 部屋の中には、ほぼ何も存在しない。

 ところどころ炭化して小さくなった何かがある程度だ。

 塵すら残さず燃え尽きたのか、初めから何もなかったのかは誰にも分からない。

 先程、殺しに反対した生徒たちは、炭化したものを見て小さく悲鳴を上げている。

 やがて向こうの壁に突き当たると上への階段がある。


「やっぱり、この上の階に四人いるようだね」


「よし。ヴァイスとノエルは先に昇ってくれ。扉があったら教えて欲しい」


「声を出してもいいのか?」


「ああ、残りは四人だし問題ないだろ。その後、魔法で扉を吹っ飛ばすから二人は腹這いになっていてくれ」


「扉が破壊されたら俺たちは突撃すればいいんだな?」


「ああ、頼む。上にいるヤツらの実力が分からない。油断するなよ?」


 コクリと首肯するノエル。

 二人は、レヴィンの指示通りに階段をゆっくりと上って行く。

 手すりなどない無骨な石造りの階段である。

 二人にはああ言ったが、だいたいの扉の位置は階段の造りと天井の位置から予想できる。レヴィンはここが何に使われていた部屋なのかとふと思ったが、どうせロクでもないことだろうと思い、考えるのを止める。


 少ししてヴァイスの声がレヴィンの耳に届いた。

 後は、レヴィンが魔法で扉を吹き飛ばすだけだ。

 使うなら風魔法だろうが、レヴィンはおそらく手持ちの魔法の中で最も威力のあるものを選択した。できるだけ落ちてくる瓦礫の量を減らしたいところだ。


光弓レイボウ


 幾筋もの光の束がやじりのようになって扉に直撃すると、すさまじい破砕音がレヴィンたちの耳をつんざいた。

 それを合図にヴァイスとノエルが突撃したようだ。

 威勢の良い喊声が上がる。


「うおおおおお!」


 階段上に散らばった瓦礫に邪魔されながらもレヴィンは、急いでヴァイスたちの後を追う。ベネディクトやその他の生徒たちも先を争うように階段を上り始めた。


 レヴィンが階段を上りきると、そこはバーのような感じの造りの大きな部屋になっていた。ヴァイスは男と斬り合いを演じており、ノエルは燃えるような赤髪と髭を生やした大柄な男と睨み合っている。そして、もう一人の男がオロオロしている。彼はレヴィンの見覚えのある男であった。更に無表情で事態の成り行きを見守っている男が一人いる。


 レヴィンたちがいる場所とは反対側の方にも何人か敵がいるようだが、彼らは扉の前で何やら押し問答のようなことをしている。時折、怒鳴り声や罵声が聞こえてくるので、もしかしたら警備隊が来ているのかも知れない。


 レヴィンは階段を上りきって次々と部屋に入って来る生徒たちにも注意を向ける。

 そして、目の前の男たちをどうしてくれようかと考えつつ、職業変更クラスチェンジをした。

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