第29話 レヴィン、安否を気遣われる

 エドワードたちが王都に到着したのは既に二十時を回った頃であった。

 彼は学校に寄った後、速やかに探求者ギルドへと足を運んだ。


 その頃、探求者ギルドの会議室には何人もの人が集まっていた。


 シガント魔法中学校の校長であるジェイソンの貧乏ゆすりが最高潮に達しようとしていた。

 そんな彼を見かねたランゴバルトがジェイソンに言い放った。

 ランゴバルトは王都の探求者ギルドのギルドマスターである。

 

「ノルドント卿、少し落ち着いてください。捜索隊は明朝に出します。今、できるのは捜索隊を集めて組織することと、関係者各所へ報告するくらいしかありません」


「しかしだねぇ。遭難なんて事態は初めてなんだよキミぃ! まったく引率の教師は何をしていたんだッ!」


「ですから! 引率しておられたネッツ先生の行方も不明なんです」


 教師のコンラッドが再度、校長に説明する。

 説明するのは、これで五度目である。


「今は王都に滞在していて、かつ明朝から動ける探求者を探して極秘で依頼を出している状況です。行方不明の生徒の親御さんたちには学校の方から教師を送ったんでしょう?」


 ジェイソンの貧乏ゆすりは止まらない。

 待つしかできないこの状況がもどかしいのだ。

 ランゴバルトもジェイソンの気持ちは十分に理解していた。


「遭難したのは有力貴族のご子息なんだぞ!」


 ジェイソンは既に遭難だと決めつけていた。

 使いにやった者たちは未だ戻ってこない。

 ジェイソンの叫び声に会議室の緊張感が更に高まる。


 その時、会議室の扉が勢いよく開かれた。

 室内にいた者たちの視線が集中する。

 入ってきたのはエドワードとネッツであった。

 

「ネッツ先生!? 良かった! ご無事でしたか!」


 コンラッドが驚きと安堵の混じった声を上げる。

 ネッツはそれに手を上げて応えると、エドワードがジェイソンに状況の説明を始めた。


「校長! 行方不明の生徒ですが、遭難ではなく誘拐された可能性が出てきました」

 

「何ぃ!? ゆ、誘拐だとッ!? それは確かなのか?」


「はい。行方不明の第一班はこのネッツ先生が引率していたのですが、魔物に襲われて分断された後、付与魔法の【眠神降臨ヒュプノス】をかけられたとの事です」


「ん? それでは人間による誘拐だと言うことか? 付与魔法Lv5の【眠神降臨ヒュプノス】を使ったとなるとかなりの使い手だぞ」


 ランゴバルトが率直な疑問を口にした。

 その目は鋭いものに変わっている。


「まだ魔物の可能性も捨てきれません。しかし誘拐犯が人間であった場合、より早急な対応が必要です」


「確かに両方の可能性に備える必要があるな」


 ランゴバルトはエドワードの意見に賛同の意を示した。


「どこかの街へ連れ去られた可能性を考えて検問を実施する必要があると思われます。精霊の森の捜索と並行して検問を行うために早馬を近隣都市へ派遣するべきと考えます」


 エドワード自身は誘拐の首謀者は人間であると考えていたが、魔物の線も捨てきれないため、捜索と検問を同時に行うべきだと言ったのである。


「校長、すぐに手配しましょう。近隣都市への書簡の準備を!」


「わ、分かった。メルディナ、カルマ、フェルムの都市宛の書簡を作成しよう」


 メルディナは王都の東、カルマは東端、フェルムは北東に位置する街である。


「念のため、北西のラピスにも送ってはいかがですか?」


「うむ。そうしよう」


 ジェイソンは書簡を書き上げると、それを持たせて近隣都市に早馬を走らせた。


 長い夜はまだ始まったばかりだ。

 探求者ギルドの会議室に正式に対策本部が設置された。

 学校の方は教頭に任せ、校長は対策本部に詰めることとなった。

 その補佐としてエドワードも残ることとなった。

 

 対策本部には探求者ギルドからの使者が渡りのついた探求者を連れて続々と戻ってきていた。

 エドワードがギルドに来た探求者に事件の説明を行っていく。

 説明内容は、捜索する範囲と行方不明の生徒の名前、職業クラス、性別である。

 全員分は間に合わなかったが、ベネディクトら数人の似顔絵も公開された。


「≪森の探索者≫のリーダーのブレッドです。精霊の森の捜索承りました。明朝五時に出発します」


「≪砂漠の嵐≫のリーダーのバーナードです。日の出とともに出発します。極秘任務とのこと、了解しました」


 事件の概要と方針を聞いた探求者たちは宿に戻って行く。


「これを機に精霊の森の魔物たちを一掃できたらいいですね。特に小鬼ゴブリン豚人オークは人間の敵です。狩れる時に狩っておきたいですね」


 コンラッドが平然と理想を述べる。


「簡単に言ってくれるぜ」


 ランゴバルトが誰にも聞こえないような小声でボヤく。

 エドワードも思うところがあったのか少し顔をしかめた。


 その時、ギルド職員が身なりの立派な男性を連れて入ってきた。


「ゼルト子爵が参られました」


 その言葉が終わるや否やゼルト卿が怒鳴り散らした。


「息子は……ノエルは無事なんだろうなッ! 責任問題だぞ貴様ッ!」


 そう言うとジェイソンの横に座っていたギルティに詰め寄る。


「はッ……この度は申し訳なく……」


「すまんで済んだら騎士きしはいらんッ!」


 その後もゼルト卿の口撃こうげきは続いた。

 ギルティは絶えず恐縮しきりであった。


 そこへ今度は、グレンと、リリナ、リリスがやってきた。

 その後ろには心配して着いてきたのかベネッタとアリシアの姿もある。

 アリシアは帰宅するとすぐに家族に報告して、グレンたちにも伝えたのだ。

 グレンは少し怒ったような表情をしてジェイソンに詰め寄った。


「レヴィンの父です。レヴィンは……。いや、どのような理由でこんな事態になったのか、その経緯をお聞きしたい!」


 グレンは冷静であろうとしていた。

 ジェイソンがグレンに説明していると、そこへエドワードが近づいて来る。

 説明が終わるとエドワードがすかさず謝罪の言葉を口にする。


「今回の課外授業の引率責任者をしておりました、エドワードと申します。この度はこのような事態となってしまい、大変申し訳なく存じます」


 頭を下げるエドワードに、グレンは頭を上げるように促す。


「あなたが謝ってもどうにもなりません。とにかく情報が入ったらすぐに教えて頂きたい!」


 グレンは責任の追及など、現状では何の意味もないと理解していた。

 なので、ゼルト子爵のように怒鳴り散らすような事はしない。

 グレンは椅子を用意してもらうと部屋の隅に移動して腰を下ろした。

 そしてリリナとリリス、ベネッタ、アリシアに帰宅するように告げると、腕を組んで瞑想するかのように目を閉じた。


 その後もエドワードが中心となって次々と手を打っていく。


 対策本部には、王都の警備隊の一部が近隣都市へと派遣すべく召集されていた。

 エドワードは、レヴィンたちがメルディナにいるのではないかと予想していた。

 精霊の森の東の街道から北へ向かうとメルディナ方面へ出るのだ。


 エドワードの対応は迅速であった。

 初期対応として早馬を近隣都市に送り、警備網の構築を指示したのである。

 エドワードとしてはこのように考えていた。

 荷馬車で生徒十名を移送すると考えるとそれほど遠くに逃げおおせるはずがない、と。


 また、エドワードは魔法中学校校長のジェイソンと探求者ギルドマスターのランゴバルトの連名で王都警備隊をへ協力を要請していた。

 この部隊にはメルディナに赴いて都市内の捜索にあたるように通達を出してもらった。メルディナの代官を務めるウリリコ男爵に宛てた書簡にも、市内を捜索させてもらえるような依頼の文言を入れてもらった。

 エドワードに抜かりはない。


 派遣される警備隊百名の中にはアントニーの姿もあった。

 彼はレヴィンとその家族を気遣って捜索隊に志願したのである。

 今、捜索隊の隊長がジェイソンの前で敬礼している。


「それではただ今からメルディナに赴き、行方不明の生徒捜索の任に着きます」


「警備隊の協力に感謝致します。よろしくお願い申し上げる」


 ジェイソンがそう言うと、捜索隊長は速やかに退出して捜索隊は直ちに王都を出発した。


 その後、貴族や平民出身の生徒の親がやってきてグレンのように事件の経緯の説明を受けた。皆、顔面が蒼白になっている。

 その間にも次々に探求者たちがやってきて明朝からの捜索を承諾しては帰っていく。


 夜の二十四時を過ぎた頃、ノッシュの親であるビターマイン子爵が乗り込んできた。


「現在の状況を教えてもらおうか」


 開口一番にそう言うと、ギルティが彼に説明を始める。

 彼もまたゼルト卿のように怒鳴り散らす事はしない。

 ノッシュはビターマイン家の三男であるため、まだ冷静でいられるのかも知れない。一通り情報収集を終えるとビターマイン子爵は王都の邸宅へと帰っていった。


 対策本部は何人か交代で人が常駐する事となった。

 隣の会議室を仮眠室にしてもらい、早速数人が移動して行った。

 ランゴバルトもギルドマスターの部屋へと戻った。


 そして夜は更けてゆく。


 来訪者がいなくなった頃、最後の大物がこの部屋を訪ねてきた。

 ベネディクトの父親である、クライヴ・フォン・マッカーシー侯爵である。

 彼は二人のお供を伴って部屋に入ってきた。


「ご苦労である。現在、どのような状況であるかご説明願いたい」

 

 ジェイソンとギルティ、エドワードは慌てて立ち上がり、勢い良く頭を下げた。

 グレンは誰だかよく理解できずにポカンとした顔をしている。


 ジェイソンが代表して今までの経緯を説明する。

 

「なるほど……実は午前中に、差し出し不明の書簡が届いてな。息子を誘拐したので身代金を払えと要求してきおった」


「ゆ、誘拐ですとッ!? ちなみにいかほど……」


「あちらは生徒十名を預かっていると言っておる。全員分で白金貨八十枚だ」


『はちッ!?』


 ジェイソンとギルティ、エドワード、グレン、四人の声が重なった。


「うむ。とてもじゃないが貴族一人に支払える額ではない……。誘拐された貴族全員からむしり取るつもりなのだろう。ゼルト子爵とビターマイン子爵、それから国王にもこの事はお知らせしてある。取り敢えず今は伝手つてを頼って金をかき集めている」


「支払いはどのように?」


「支払日と場所はまた後日伝えると書いてあった。しかしヤツら……内部事情に詳しい者が関与しているのかも知れんな。誘拐の手際と言い、たまたま王都の邸宅へ来ていた私に書簡を送った点と言い」


「な、内部に犯人がッ!?」


 ジェイソンとギルティが顔を青くしている。

 エドワードはその可能性を考慮していたのか比較的冷静だ。

 その時、対策本部にグレンの声が響いた。

 彼は何度もマッカーシー卿に頭を下げてお願いする。


「き、貴族様、私は誘拐された生徒の父親です。私もお金をできるだけ用意致しますッ! 何卒! 何卒! 息子をお救いくださいッ!」


「頭を上げてください。もちろん全員を救い出して見せます。自領から兵は率いてきておりませんが、王都の邸宅にいる兵は全てメルディナに送りました。メルディナにいないなら次の都市です。もちろん人質の安全を最優先に行動します」 


 グレンはそれを聞いて「こうしちゃいられない」と呟くとギルドを後にした。

 マッカーシー卿はグレンが金策のために帰ったのだと予想がついているようだ。

 金策と言っても所詮は平民である。期待はできないだろう。

 しかし、マッカーシー卿はグレンの気持ちが痛いほど理解できたのか、彼を止めるようなことはしなかった。


「それでは私も失礼する」


 マッカーシー卿はお供のうち一人をこの場に残すと何かあったら知らせるよう申し付けて帰っていった。

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