第22話 レヴィン、お茶会に行く

 今日は、Bクラスのクラスメイトであるアーチボルト主催のお茶会が行われる日である。


 アーチボルトはコールロイズ家の三男で大魔導士を職業クラスとする男子だ。

 彼は二年生の時はAクラスだったらしい

 そんな彼が親睦を兼ねてお茶会を催すと言うことで、何故かレヴィンも参加することとなってしまったのである。

 まず誘われたのはアリシアであった。

 女子の友人が主催するお茶会には参加したことがあったものの、男子主催のお茶会には参加したことのないアリシアがレヴィンに泣きついたのだ。

 聞けば、アーチボルトに「レヴィンが行くならあたしも行く」と言い放ったとのことである。


 レヴィンとしてはせっかくの休日に狩りができないことに不満があったが、『中学三年デビュー計画』や異世界での目標のことを考えると、参加しておいて損はないと踏んだのだ。


 貴族の邸宅は王城の城壁内に存在している。

 もちろん地方の領主であるコールロイズ伯爵家の邸宅もその貴族街にある。

 そのため、アーチボルトは普通は入ることのできない平民の生徒たちのために迎えの馬車を寄越した。アリシア宅に非常に目立つ馬車が停まった時には、多少の野次馬が発生したものだが、アリシアが馬車に乗る姿を見て彼らも納得したようだ。

 何故なら、彼女はもう何度もお茶会に参加しており、その度に馬車による迎えがあったからである。馬車はお茶会に参加する生徒を拾いながら進んでいく。

 アリシアはシーンにも泣きついたらしく、馬車に乗り込んできたシーンに思わずレヴィンは「シーン、お前もか……」と呟いたものであった。


 馬車から見る街の景色と言うのも中々良いものだ。

 普段とは違った感じを受けてレヴィンは少し胸が高鳴るのを感じていた。

 王城、そして貴族街へと通じる城門をくぐり、しばらく揺れに身を任せていると、不意に馬車が停まった。

 御者によって到着が告げられ、馬車から降りるレヴィンたち。

 レヴィンの目の前には立派な邸宅が鎮座していた。

 ところどころに彫刻が施された石造りの見事な邸宅である。


 レヴィンたちは、使用人だか従僕じゅうぼくだかに案内されて、大広間へと通される。

 そこには既に多くの生徒たちが集まっていた。

 レヴィンの見覚えのない顔もチラホラと見える。

 おそらくBクラス以外の生徒も招待されているのだろう。


 レヴィンたちが最後だったようで、挨拶もそこそこにお茶会が始まった。

 レヴィンはテラスの方を眺めていた。

 その向こうには、よく手入れされた見事な庭園が広がっている。

 流石に日本庭園とは違う造りだが、前世では名家の長男としてそれなりに審美眼しんびがんを養ってきたレヴィンである。

 良いものは良い、美しいものは美しいと判定するくらいのことはできる。

 邸宅の外観と庭園の美しさとは裏腹に、部屋に飾られている芸術品の類はとてもけばけばしくて趣味が悪い。

 レヴィンには少々、成金趣味に感じられた。

 レヴィンがアリシアとシーンと一緒にいると背後から声が掛けられた。


「やぁ、アリシア。よく来てくれたね」


「アーチボルトさん、本日はお招き頂きありがとうございます」


 呼び捨てで話しかけてくるアーチボルトにアリシアは無難な挨拶を返している。


「シーンも来てくれるなんて嬉しいよ」


 シーンは何も言わずペコリと頭を下げている。


「いやぁ、本当は外でお茶会をと考えていたのだけれど、ちょっと肌寒いからね」


「おう。アーチボルト君」


「室内で行うことにしたよ。もちろんテラスに出てくれても一向に構わない」


 あからさまにレヴィンの存在を無視するアーチボルト。

 レヴィンは彼の肩に手を置くと強引に振り向かせる。


「よう。今年はよろしくな。あまり問題を起こすんじゃねーぞ?」


 レヴィンはシーンからアーチボルトの性格を聞いていた。

 彼は、かなりの女好きで美人や可愛い子には片っ端から声を掛ける好色男らしい。

 噂ではそのせいでAクラスからBクラスに落ちたとまで言われていると言う。


「ああ、これはこれはクラス代表の『加護なし』君。君もいたのだな」


「残念だったな。俺には既にチートな加護が付いてんだよ」


「まさか本当に来るとは思わなかったから気づかなかったよ」


「ちょっとは人の話を聞け」


 まるで噛みあわない会話にレヴィンは苛立ちを通りこして呆れてしまう。

 本当にアーチボルトの目には女子しか映っていないのかも知れない。


 そこへレヴィンの耳に聞き覚えのある声が飛び込んで来た。


「やぁ、アーチボルト君。良かったのかい? 僕まで誘ってくれるなんて」


「おお、ベネディクトじゃないか! 良く来てくれたね。どうか楽しんでいってくれ」


 俺の時と態度が違い過ぎない?とレヴィンは大きなため息をついた。

 正直、頭がビキビキきている。

 レヴィンは壁に片手をついて小さな声で呟いた。


「くッ、これが格差社会と言うやつなのか……」


「それに君付けなんて水くさい……幼馴染じゃないか我々は!」


 その後もアーチボルトは、ベネディクトとアリシア、シーンにばかり話しかけている。レヴィンは、「どんだけだよダミーレヴィン!」と心の汗を流していると、またまた聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 声のした方へ顔を向けると、そこにはニヤニヤした表情を浮かべるモーガンがカップ片手に立っていた。


「レヴィン、やはり相手にされてないのな」


「モーガンか……。お前も来てたのか」


「当然さ。茶会は意外と馬鹿にならない情報が得られる良い機会だからな」


「何? お前はいつも茶会に参加してんの?」


「ああ、結構参加してるな」


「では、その情報とやらを教えてもらおうか」


「ハッ! タダでか? 情報ってのはタダじゃないんだぜ?」


「それくらい理解しとるわ! 俺に投資するなら今の内だぜ? ハイリターンを期待しとけや」


 レヴィンとモーガンが掛け合いを演じていると、横手から声が掛けられる。

 二人の注意が向いたその先では、ベネディクトが笑みを浮かべていた。


「僕も興味があるね。是非聞きたいところだよ」


「あー君は確か、始業式で挨拶してたな。Sクラスだったか?」


「覚えていてもらえて光栄だよ。レヴィン君。僕はベネディクト・フォン・マッカーシーと言う。是非仲良くしてもらいたいね」


「俺となんか仲良くしていいのかい? 君のイメージに傷がつくかも知れないぜ?」


「あははは。イメージか……。僕はそんなことは気にしないし、傷が付くこともないと思っている」


「へぇ……。そいつは嬉しいな。」


「僕はよしみを通じたいと思ったら躊躇ちゅうちょはしない主義なんだ。だから今日もこうしてお茶会に足を運んだ」


「そうか。それでお眼鏡に適ったのかい?」


「君のことは昔から知っていた。魔法の技術には目を見張るものがあったし、悪目立ちしていたからね。しかし、以前の君は無気力で覇気と言うものが全く感じられなかった。もし真面目に熱意を持って取り組んでいたらSクラスになってたんじゃないかな」


「返す言葉もねーな」


 レヴィンは苦笑いするしかない。


「だが、新学期が始まって君は変わっていた。驚いたよ。まるで中身を丸ごと取り替えたみたいだ」


 ベネディクトの言葉にレヴィンは実際入れ替わったんだよなぁとパシリ神とのやり取りを思い出す。


「で? そんな俺を見てのご感想は?」


「より興味がわいたよ。しかも真面目になっただけじゃなく、どこか野性的な印象を受けた生徒も多いらしい。僕としては是非仲良くしてもらいたいね」


「そうか。じゃあ、これからよろしく頼むよ」


 レヴィンがそう言って右手を差し出すと、ベネディクトはその手をしっかりと握り返した。隣ではモーガンが何故か興奮した様子で悶絶している。


「何やってんだよ、モーガン」


「いやーまさかあのレヴィンがシガント魔法中学校の顔とも言えるベネディクトと並び立つ日が来ようとは……」


 レヴィンはそんなモーガンを見て苦笑いしつつ、≪無職ニートの団≫の前衛問題について思い出していた。恐らく学校随一の人脈を持つと思われるベネディクトである。騎士中学校にも顔は利くだろう。


「ところでベネディクト、俺は春休みから探求者のパーティを組んでいるんだが、今、前衛を探していてな。誰か適任な人はいないか?」


「へぇ……。パーティまで組んでいるのか。それは興味深いね。それなら僕が立候補しようかな」


「え? ベネディクトも入りたい感じ? でも職業クラスは、あーッと……」


「賢者だよ。前衛が必要なら転職士を手配して前衛の職業クラス職業変更クラスチェンジしようと思うが、どうだい?」


「ありがたい申し出だが、いいのか? わざわざお金を払って転職士を手配してもらうのも悪い気がする」


「いや、全然構わないさ。僕はいずれ聖騎士や他の上級職業クラスにならなきゃいけないからね」


 レヴィンは貴族も大変だと思いつつ、ベネディクトの申し出を受けることに決めた。聞けば、転職士の費用など全く問題ないらしい。


 レヴィンはこの後、取り巻きたちに連れ去られたベネディクトを放置して、初対面の生徒たちとの交流を深めた。

 男子はレヴィンを露骨に避ける者が多かった。いきなり生意気になったように感じたのかも知れない。

 女子には意外とすんなり受け入れられた。それ程、ダミーレヴィンと今のレヴィンの差が激しかったのだろうか。

 これがいわゆるギャップ萌えか?とレヴィンは思ったが、全く違う気がしたので気にしないことにした。よく理解していない言葉は使うものではない。


 こうしてアーチボルト主催のお茶会は無事終了した。

 ここのところ記憶が明確になってきたのを実感していたレヴィンとしては、半ば無理やりであったがお茶会に参加して良かったと思った。

 レヴィンは昔の出来事についても思い出せるようになってきたのである。


 ちなみにレヴィンに放置され、ずっとアーチボルトに付きまとわれていたアリシアの怒りが帰宅後のレヴィンを襲ったのは言うまでもない。

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