第20話 レヴィン、友人ができる

「おはよう」


 校舎の玄関で声を掛けられてビクッとするレヴィン。

 挨拶してきた人は、薄い緑の髪色をしている。印象の薄そうな顔の男子だ。

 レヴィンには見覚えのない顔であった。

 少なくとも同じクラスではない。昨日の自己紹介に彼の記憶はなかった。

 もしかしたら誰にでも挨拶するタイプの人なのかと考え、レヴィンは元気良く挨拶を返しておいた。

 そして内履きに履き替えると、Bクラスへと向かう。

 ちなみに内履きは借り物だと言うことである。昨日、中学入学時の書類などを読んで知ったことだ。書類はきちんと整理されて本棚にしまってあった。母であるリリナの几帳面な性格が窺える。また内履きだけでなく、教科書類もそうであるらしい。

 恐らく平民の金銭的負担を軽くするための措置だろう。


 ガララッと教室の引き戸を開けて中に入ると、皆の視線がレヴィンに集中する。

 やはり、目立たない存在がいきなり張り切り出した上、クラス代表に名乗りを上げたのが原因なのだろう。

 レヴィンは、そんな視線が刺さる中、堂々とした態度で自分の席へ向かった。

 

 後ろの席のロイドは今日は早く登校したらしく、既に席に着いていた。

 レヴィンは、手を挙げて彼と挨拶を交わすと席に着く。

 そしてリュックを掛けると窓側に背を向けてロイドの方へ顔を向けた。


「なーんか、視線を感じるんだよね」


「きっと皆、キミに注目しているんだよ。その内、収まるよきっと。気にしない気にしない」


 ロイドも教室の雰囲気に気付いているようだ。


「ありがとう。ロイド。ところで、ロイドに話しておきたいことがあるんだけど……」


 レヴィンは数少ない友人であろうロイドに記憶のことを話しておこうと考えていた。昨晩、クラスメイトの記憶をたどっていたのだが、彼とは中学1年生からの付き合いのようなのだ。

 それに穏やかで誠実な性格をしているのが感覚的に分かったのである。

 やはり記憶は戻ってきているのだ。


「え? 何だい? 改まって」


「いやさ。春休みにちょっと頭を打ってから記憶が曖昧なんだよ。だから言動がおかしいかもだけど気にしないで欲しいんだ」


「頭を打った? 大丈夫だったの?」


 ロイドは、少し驚いた口調でレヴィンに心配そうな目を向けてくる。


「ああ、問題ないよ。多分ね」


「多分って……」


 平然と言ってのけるレヴィンにロイドが呆れたような表情を見せる。

 そこへ、二人の会話に割り込んでくる男子がいた。


「ハハッ! 頭を打った? 昨日の態度はそれが原因なのか?」


 レヴィンの隣に座る男子である。

 会話を聞いていたのか、愉快そうに笑うその男子に対してレヴィンは少し不愉快な気持ちになる。


「あーどちらさんだっけ?」


 我ながら大人げないと思いつつ、こいつは後でシバく候補に入れておこうとレヴィンが考えていると、その男子は何やら納得したようにウンウンと頷きながら言った。


「そうだよな。記憶が曖昧なら俺を覚えていなくても仕方がないな」


 人を喰ったように笑う男子の言葉は止まらない。


「いや、頭を打たなくても俺のことなんて興味がなかったかな?」


「だから誰だよ。テメーは」


「ああ、済まないな。俺はモーガン。男爵家の次男で、レヴィンと同じ黒魔導士さ」


 レヴィンは脳内で「モーガン」を検索するが、該当件数はゼロであった。

 ただ、彼の顔は何となく記憶に残っているような気がする。

 ロイドは口調の変わったレヴィンと、モーガンを見てオロオロしている。


「で、その貴族様が俺に何か用でもあんのか?」


「いや、昨日の君の言動に驚いているヤツは多いと思うぜ?」


「そうなのか? 一体、今までの俺はどんなヤツだったんだよ……」


 レヴィンはそう自嘲気味に呟くと、モーガンはそれを自分への問い掛けだと思ったのか、丁寧にも過去のレヴィンの印象を語り出す。


「君はいつもやる気がなさそうで、まるで魂が抜けているかのようだったよ」


「マジ? ずっとそんな感じだったのか? 俺は」


「ああ、俺は君とはずっと同じクラスだったから、よーく知ってるよ。君は『無気力男』とか『加護なし』とか呼ばれていたんだぜ? これは覚えてるか?」


「いや、覚えてねーな。なんだよその不名誉なあだ名は……」


 ダミーレヴィンの一端を垣間見て思わず脱力感に襲われるレヴィン。


「中学生にして異名を持つ男、レヴィン……。君は悪い意味で目立ってたぜ?」


「そうなのか。で、『無気力男』ってーのはともかく『加護なし』ってどういう意味なんだ?」


 聞いておいてなんだが、レヴィンには予想がついていた。恐らくそのままの意味だろう。レヴィンは家で見つけた過去の鑑定結果の写しのことを思い出していた。


「それは鑑定の時間がくれば分かると思うよ。どこからともなく君に加護がないって噂が広まったんだよ」


 それを聞いてレヴィンは露骨に嫌そうな顔をした。

 学校に通う生徒は毎年、鑑定を受けている。

 だが、個人の情報が漏れるのは頂けない。

 固有職業こゆうクラスの『無職ニート』の実装が終了したので、加護も付与されている。それにレヴィンが施した偽装も恐らく大丈夫だろう。

 今年の鑑定に問題はないはずだ。


 レヴィンは思わずため息をつく。

 が、今まで接点がなかったモーガンが自ら話しかけてきたと言うことは、レヴィンが良い方向に変わって注目が集まった証拠だとも考えられる。

 単に悪目立ちしただけと言う可能性も否定できないが。

 世界最強に至るにはまだまだ道は長いだろうし、神の願いを叶えるためには色々な人間との繋がりも重要になってくるはずである。


「まぁ、うん。過去のことは忘れてくれ。とにかく俺は今までの俺とは違うんでな。よろしく頼むわ」


「分かった。笑って済まなかったよ。これから君が何をしでかすか楽しみだな」


 お互いに握手して手打ちと言うことになった。

 レヴィンは、いつまでも根に持つような性格ではない。


 そこへ、担任のクライドが教室に入ってきた。

 レヴィンは自分がクラス代表だったことを思いだし、起立礼の号令をかける。

 少しバラけておはようございますの声が教室に響いた。


「おー。おはようさん。ではこれから、新しい教科書を取りに行く。購入した者は待機。借りる者だけ移動だ。空き教室に並べてあるから一冊ずつ取るように」


 レヴィンが廊下の方を見ると、開け放たれている教室の入り口から、移動する生徒たちの様子が見える。Sクラスから順番にクラスごとに取りに行くのだろう。他のクラスからは誰も出てこない。


 やがてAクラスの生徒たちが教室へと戻っていく。

 それを確認したクライドが、移動の指示を出した。

 ガラガラと椅子が引きずられる音がしてクラスの半数ほどが立ち上がる。

 教科書を借りるのだから全員平民なのだろう。

 クライドを先頭に、生徒たちが並んで空き教室に向かう。


 Bクラスの生徒たちは各教科の教科書を集めるとさっさと教室に戻っていく。

 全員が教室に戻ると、隣のCクラスの教室からガラガラと椅子の音が聞こえてきた。するとクライドが紙を一枚取り出すと、教室の壁にその紙を貼る。


「あー時間割な。各自確認しておけ。授業は五十分で休憩が十分なのは変わらない。鐘がなるからそれが合図だ」


 ちなみに、登校は八時半までで八時五十分までホームルーム、一限目は九時からだそうである。

 レヴィンが何も聞いていないのにも関わらず、親切にもロイドが教えてくれた。


 今日は良い日になりそうである。登校二日目からロイドの他にモーガンと言う友人もできた。レヴィンが思い出していないだけで、また別に友人が存在するかも知れない。レヴィンは、そんなことを考えながら、これからの学生生活に期待で胸を膨らませた。

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