第11話 レヴィン、父親と出かける

 小鬼ゴブリンとの衝撃の出会いの翌日。

 今日は父親のグレンと一緒に精霊の森へ行くことになっている。

 生憎、朝から雨模様で空はどんよりとした黒雲がかかっている。


 昨日はアリシアに用事があり、今日はレヴィンの都合が悪い。

 早く強くなるための第一歩を踏み出したいレヴィンではあったが、同時にこの世界のことを少しでも知っておく必要があるとも考えていた。


 グレンはアイテム士で、家ではいつも薬草の栽培や交配の実験、調合などを行っている。腕は確かなようで、四人家族である家がお金に苦労しているようには見えない。


 早朝、眠たい目をこすりながらレヴィンはグレンに連れられて家を出発した。

 レヴィンはグレンと共に精霊の森に行くのが楽しみ過ぎて、遠足前日の子供のように寝付けなかったのだ。もしかしたらレヴィンの自我が覚醒する前にも今日のように、一緒になって出かけることがあったかも知れない。


 だが、今のレヴィンにとっては間違いなく初めての経験である。

 レヴィンは前世の父親のことを思い出していた。

 アウトロー系ニートになる前は、と言うより小さな頃は良く色々な場所に連れて行ってもらった記憶がある。

 レヴィンがそんなことを考えていると不意に声が掛けられた。


「グレンさん、薬草を採りに行くのかい? 気を付けてな!」


 ここアウステリア王国の王都ヴィエナは街を城壁で囲まれている。

 その南門の衛兵がグレンに気づいたのだ。


 それに応えて手を挙げるグレン。

 どうやらグレンは結構顔が広いようである。

 レヴィンは何だか自分のことのように嬉しく思った。


「今日は、ゴレナス草を取りに行く。知っているとは思うが、これは餓鬼病がきびょうの薬である『鬼殺し』の材料になる」


「うん。家で栽培できないんだっけ?」


 もちろんレヴィンには詳しいことは分からなかったが、適当に話を合わせておく。

 事前に、自宅にある薬草栽培を見せてもらい、いくつか質問していたのでレヴィンにもグレンが使う用語程度なら分かる。


「そうだ。だから自生しているものを採取するしかない。医者から聞いたんだが、現在、ラピスと言う都市で餓鬼病の流行の兆しが見られるそうだ」


 ラピスは王都の北西に位置する街である。

 王立図書館で王都周辺の地図は確認済みだ。

 レヴィンは、『鬼殺し』が抗ウィルス薬のようなものだと納得する。

 グレンの後に着いて歩いて行くが、暇なので昔のことを聞いてみる。

 グレンは周囲へ警戒をしながらも、それに答えてくれた。


「しかし、お前は春休みに入ってから何だか変わったな」


 やはりレヴィンは昔から大人しい子供だったようだ。

 確かにカルマまで探求者ギルドの依頼を受けるとレヴィンが宣言した時には大いに驚かれたものだ。


「そ、そう? どんな風に?」


「何かやる気のようなものを感じる。それによく話すようになったしな」


 親なのだから子供の変化にはすぐ気が付くようである。

 しかし、レヴィンは思わずにはいられなかった。

 どんだけやる気ないんだ昔の俺!と。


「中学校も黒魔導士だから何となく行っておこうかと言うような感じだったが、まさか最後の一年になってやる気を出すとはなぁ」


 レヴィンは、グレンの声にどことなく温かみのようなものを感じた。

 親としても嬉しいのだろう。

 何だかとても申し訳なくて心の中で何度も謝り倒すレヴィン。

 前世では親から愛情が感じられなくなって久しい。と言っても高志はもう死んでレヴィンとして転生した訳だが。

 哀しい過去を思い出し、レヴィンは少しセンチな気分になってしまった。


「レヴィン、お前は探求者として一つ任務を終えた訳だが、これからどうしていくつもりなんだ?」


「一応、探求者として活動していきたいと思ってるよ」


「やはり続けるのか。危険だぞ? 自信はあるのか?」


「うーん。多分、大丈夫だと思うんだけど……」


「おいおい。そこは安心させてくれよ……。まぁ俺も昔は探求者で喰ってたし、反対はせんが……」


 グレンは少し呆れたような素振りを見せると、苦笑いしながら言った。


「取り敢えず、パーティを組んで春休み中に依頼をこなそうと思ってる」


「依頼か。前にも言ったと思うが、魔の森だけには入るなよ?」


「やっぱり魔の森ってそんなに危険なの?」


「ああ、そうだ。カルマの北に広がる大森林……魔の森はとにかく凶暴な魔物が多い。気を抜けば熟練者でも死ぬようなところだ」


「まぁ、当分は学校だから遠出はできないしね」


「とにかく、もっと強くなれ」


「うん……。そのつもりだよ」


「それとパーティ組むなら回復役は必須だからな? アイテム士か白魔導士がいなければ許可できんぞ?」


「了解了解。もう何度も聞いたよ。多分、白魔導士が仲間になってくれると思う」


 王都から南に一時間ばかり歩いただろうか。

 そこに鬱蒼とした森林地帯が存在した。

 レヴィンは周囲を窺った。

 昨日も来た場所であったし、特に何か変わった感じを受けると言うこともない。


「ここから、一時間程だな。一応、魔物には注意するんだぞ?」


 グレンはそう言ったが、特に魔物と遭遇することはなかった。

 カルマへの護衛任務では、小鬼ゴブリン豚人オークオーガらの魔物と何度も戦っていたので少し拍子抜けするレヴィン。

 精霊の森にはレヴィンが思う程、魔物はいないのかも知れない。


「薬屋としてやっていくには、原料となる薬草なんかの自生する場所はなるべく知られないように注意する必要がある。尾行なんかにも要注意だな」


 レヴィンは王都に薬屋がどれ程存在しているのかは知らないが、ライバル業者を警戒するのも自営業としては当然の話だろうと思った。


「そうだね。自衛しないとね。自営業だけに」


「……」


 静かな森に鳥の鳴き声だけが響いている。

 心が痛い。心が叫びたがっているんだ!

 レヴィンは自らの軽率な発言を振り返ってそう思った。

 そんなことを考えつつもどんどんと森の奥へ入って行くと、前を歩いていたグレンが不意に足を止めた。


「着いたぞ。ここら辺がゴレナス草の群生地だな」


 彼が採取している間、レヴィンは辺りを警戒しつつも薬草の形状からグレンの採取の仕方までをつぶさに観察した。

 こう言う何気ないことの中にも何かヒントになり得るものが隠れているものだ。

 そして、特に何者の接近もないまま、無事に採取を終えたグレンがレヴィンに近づきながら言った。


「こんなもんか、栽培研究のために種も多少取ってきた。さぁ帰ろう」


 「うい」とレヴィンは返事をすると二人揃って来た道を帰ってゆく。

 帰り道でもレヴィンはさり気なくこの世界のことについて質問した。


 そんな時、周囲に複数の気配が現れる。

 姿を見せたのはエアウルフの群れであった。

 エアウルフはDランクの魔物であり、群れで行動して巧みな連携攻撃を仕掛けてくる。

 少人数で会うと少々やっかいな相手である。

 グレンは少し大振りのナイフを抜き放ち、エアウルフを牽制し始めた。

 レヴィンもダガーを構えつつ、魔法を放つ。

 早速、レヴィンが一匹を仕留めると、グレンも余裕の身のこなしで確実に魔物の息の根を止めていく。


「面倒だな。こんなことなら魔導銃を持ってくるべきだった……」


 レヴィンの背後でグレンのボヤきが聞こえる。

 確かに数が多いだけあって倒すのに時間がかかりそうだ。

 そう思いつつ、レヴィンも魔法でエアウルフを葬っていく。

 しかし、このままだとジリ貧になることを理解したのか、群れの中でも一際大きな個体が吠える。

 するとエアウルフたちは一斉にレヴィンに飛びかかった。

 レヴィンとしても護衛任務で死線をかいくぐってきた探求者の端くれである。

 その攻撃の悉くをかわしながら、ダガーと魔法で反撃していった。

 しかし、巧みな連携を凌ぎ続けていたレヴィンが、ズルリと足を滑らせて転んでしまう。


「やべ」


 それを見たエアウルフたちがレヴィンへ殺到した。

 グレンは慌ててナイフでレヴィンに圧し掛かる魔物の群れに斬り掛かり、その内の数匹を何とか引っぺがすことに成功するが流石に全てを追い払うことはできない。

 そこへ群れのボスと思しき個体が襲い掛かってきた。

 それによって二人は分断される形になってしまった。

 レヴィンはダガーで牽制しながら何とか立ち上がろうとするが、襲い来るエアウルフの数の暴力に苦戦をしいられる。

 そこへ、一匹のエアウルフの鋭い爪がレヴィンの太腿を捉えた。

 凄まじいまでの激痛がレヴィンを襲い、思わずレヴィンは呻き声を上げる。


「ぐぅッ!」


 大きな血管でも傷つけたのか出血の量が多い。

 空色のローブが鮮血に染まり、それがどんどん広がっていく。


「レヴィンッ! 大丈夫かッ!?」


 グレンの声には、焦りと心配、そして不安の色が混じっていた。


「大丈夫! ポーション使うからッ!」


 レヴィンは片腕で一匹のエアウルフの首を締め上げると、懐から器用にポーションを取り出した。痛みに耐えながらポーションを飲もうとするレヴィン。


 しかし、

 体が硬直して動かないのだ。


「何でッ!?」


 レヴィンが混乱している中、グレンが飛びかかってくる三匹を巧みなナイフさばきで追い払うと、レヴィンの元へと駆け寄った。

 そして、レヴィンが締め上げていた個体にトドメを刺した後、周囲のエアウルフを威圧しながらホルスターからポーションを抜き出した。


「ポーションなんて持ってたのか? ほれ、こっちのポーションを飲め」


 グレンが傷を確認し、それをレヴィンに飲ませると、見る見る内に太腿の傷がふさがっていく。痛みも引き、集中力が戻ってきたレヴィンがゆっくりと立ち上がる。

 その時、レヴィンはようやく自身に起こった現象の理由を理解した。


 その後、レヴィンとグレンがエアウルフの群れを蹴散らすのにそれ程時間は掛からなかった。


「大丈夫そうだな」


 グレンがもう一度、レヴィンの太腿辺りの傷の具合を確認すると、しっかり傷はふさがっていた。それを見て安堵の表情を作るグレン。


「馬鹿だな。アイテム士でもないのにマジックアイテムなんて使える訳ないだろ?」


 全てを理解したレヴィンが項垂うなだれながら呟いた。


「アイテムはアイテム士じゃないと使えないんだね……?」


「その通りだ。言ってなかったか?」


 もしかしたら過去に聞いていたのかも知れないが、レヴィンには覚えはない。

 レヴィンは一刻も早く、この世界の規則ルールを把握する必要をひしひしと感じていた。そもそもアイテム士と言う職業クラスが存在すると言う事実にもっと注目すべきであった。アイテムなど誰でも使えるだろうにと考えていた自分を殴ってやりたいレヴィンである。


 その他にも、例えランクの低い魔物であっても決して気は抜けないと痛感させられた。その後、二人は倒したエアウルフから魔石だけを回収すると、帰路についた。


 帰り道では他愛のない話をした。

 最近子供の行方不明事件が増えていることや、西方での動乱のこと、そしてグレンが見て回ってきた世界のことなどである。

 グレンはいずれ薬師に職業変更クラスチェンジしたいようだ。

 アイテム士と薬師ではできることに雲泥の差があるという。


「父さんの能力ってどんななの?」


「なんだ。急に。そういう事はあまり人にベラベラ話すものではないぞ」


「分かってるよ。父さんだから聞くんだよ」


「そうだな。【アイテム使用】、【アイテム投擲】、【アイテム効果UP】、【アイテム探査】、【メンテナンス】、【銃装備】だな、一応、職業熟練クラスマスターだ」


「すごいね! 職業変更クラスチェンジできればいいのにね」


「まぁ近隣の国は職業変更クラスチェンジの自由はないが……。別の国に行くしかないな。後は専門家試験スペシャリストテストに合格して公務員としてやっていくかだ」


 帰り道も特に変わったこともなく、数匹の魔物に遭遇した程度であった。

 往復で約四時間、家路につく二人であった。

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