第9話 アリシア、勧誘する

 アリシアは、レヴィンの隣の家に住む幼馴染である。

 彼女はレヴィンから頼まれた依頼を達成すべく、朝食の場で声高らかに宣言した。


「あたし、探求者ハンターになるからッ!」


 それを聞いた父親のアントニーが口からお茶を噴き出す。


「ちょッ汚いなぁ、お父さん。なぁに? 急に……」


 口と濡れたテーブルを拭きながらアントニーが怒鳴る。


「お前が急に変な事を言うからだッ!」


「変な事じゃないもん! レヴィンと一緒にパーティだって組むんだからッ」


「もん!とか可愛らしく言っても無駄だぞ!」


「お父さんも昔、探求者だったんでしょ!? レヴィンの家のグレンさんたちとパーティを組んでたんでしょ!?」


「いいなー! 僕も探求者になりたいッ!」


 二人のやり取りを横で聞いていた弟のフィルが口を挟む。

 フィルは現在十歳で王都の小学校に通っている。

 間もなく十一歳になるので、彼は探求者登録するのを心待ちにしているようだ。

 とは言っても後一年もあるのだが。

 探求者登録は十二歳から可能なのである。


「二人共、探求者なんてまだ早ーい!」


「じゃあ、いつならいいの? 春から新学期も始まっちゃうし、強くなるには春休みに頑張るしかないんだよ!?」


 そうなのだ。弱い探求者など探求者にあらず。

 武力なき正義は無力なのである。

 そこに母親のベネッタが助け舟を出した。


「まぁまぁ、私たちも十二歳になって登録して学校に行きながら精霊の森に通ってたじゃない?」


「アリシアはまだ精神的に未熟なんだ。だから今は時期尚早だッ!」


「分かった……なら、あたし大人になるッ!」


「なッ!? お父さんは許さんぞッ!」


 アリシアの宣言にアントニーはテーブルに拳を叩きつける。


「ど、どっち!?」


 困惑するアリシアを衝撃が襲う。


「お前は将来、王国の魔法兵団の一員になるんだ。名誉な事だぞ?」


「初耳だよ!? それにどっちにしろ強くならないといけないよね?」


「ぐぬぬ……」


 理屈で娘に負けそうになるアントニーは思わず唇を噛む。

 そこにベネッタのフォローが追い打ちをかける。


「とにかくレヴィンが一緒なんだよ? 最近のレヴィンには何か違うものを感じるんだよ。今もギルドの依頼でカルマに行ってるんだろ?」


「そうなの! レヴィンは中身が入れ替わったみたいに人が変わったんだよッ!」


「それにパーティは、二人だけじゃないんだろ?」


 完全にベネッタはアリシアの味方のようだ。

 母親の援護を受けて、アリシアは俄然勢いづいた。


「うん。友達のシーンも一緒だよ。しっかり回復役もいるんだよ!」


「ぜ、前衛がいないじゃないか」


 アントニーは必死に声を絞り出す。

 とにかく粗探しをするのに一生懸命である。


「それは当てがあるってレヴィンが言ってた。ダラ何とか君……だったかな?」


「お、男かそいつは!?」


「ほらほら、とにかくケチつけようって魂胆が気に入らないね」


 ベネッタが少しキレ気味になる。

 段々と般若はんにゃのような顔付きになっていく様を見て、アントニーが情けない声を上げた。


「お父さんが嫌なら、私が許可を出すよ!」


「やったぁ! ありがとう! お母さん!」


 アリシアが今までの人生で一番の笑顔を見せる。

 彼女の明るい栗色の髪がさらりと揺れた。


「いいなー僕も行パーティに入りたいッ!」


「お、俺もパーティに入るぞッ!」


 最早、収拾がつかなくなってしまったアントニー一家である。


 十分後、アントニー家のリビングには嬉しそうにしているアリシアと、ベネッタに怒られて肩を落とすアントニーの姿があった。


※※※


「お次はシーンだよッ!」


 そう意気込むとアリシアは自宅を飛び出した。

 ここからシーンの家まで二十分。

 彼女はもう気がいていて仕様がなかった。

 

「今ならスピードの向こう側に行けそうな気がするよッ!」


 意味不明な事をつぶやきつつ彼女は走る。

 明日に向かって。

 彼女は走る。

 探求者の未来へ向かって。


 シーンの家に到着すると、アリシアは強めに扉をノックした。

 すると、間もなく中から「はーい」という声が返ってくる。


「はいはい。どちら様?ってアリシアちゃんじゃない? シーンに用事かい?」


「はい! ダーラおばさん。シーンはいますか?」


 ダーラは「ちょっと待っといで」と言うと家の奥へと姿を消した。

 彼女が戻ってくるのにさほど時間はかからなかった。

 アリシアはシーンの姿を認めるや彼女に呼びかける。


「シーン!」


「……アリシア、どうしたの?」


「それはもちろん勧誘だよッ!」


「ああ、この前の話ね……」


 シーンは気だるそうに返事をすると、耳に掛けられていた薄いピンク色の長い髪がさらりと垂れた。

 彼女の母親が中に入るようにとアリシアを促した。

 部屋の床ではシーンの弟が一人遊びをしている。父親は留守のようだ。

 三人は揃ってリビングのテーブル席に着いた。

 アリシアは座るや否や、件の話題を切り出した。


「それでね。おばさんも聞いて。シーンと探求者をやりたいと思って勧誘に来たの」


「あらあらまぁまぁ、いいじゃない? もう探求者登録も済ませてあるんだし。でも二人でやるつもりじゃないわよね?」


「はい! あたしの幼馴染ともう一人の四人でパーティを組むつもりなんです!」


「私は良い。前にも言った……」


 シーンは短く言い切った。

 言葉は控えめのタイプのようだ。


「よかった!じゃあ、おばさんも賛成なんだね!? おじさんはどうかな~」


「そうね。あの人はどうかしら。反対はしないと思うんだけど……」


「おじさんは今、仕事中?」


「うん。今、工房に居るはず……」


「今行ったらお邪魔かな?」


「そうね。お昼に顔を出したらどうかしら? 差し入れを作るから持って行ってちょうだい」


 ダーラが口実を作ってくれる。

 三人はお昼前までお茶を飲みながら雑談をして時間を潰した。


 そしてお昼前。時間は十一時半を指し示していた。

 アリシアとシーンは二人で工房へ向かう。

 所要時間は四十分。結構遠いのだ。


 二人は到着すると、シーンの父親――ネイサンと言う――の差し入れを持ってきたと伝え、工房に入れてもらった。

 二人を見るなり彼は尋ねる。


「おう。どうした? 二人揃いも揃って」


「おじさん、こんにちは。差し入れ持って来たよ!」


「ん……」


 シーンが差し出すと、ネイサンは豪快に笑って頭を掻きながら感謝の言葉を述べる。


「いやーありがとな! 差し入れなんて粋な事しやがって」


 彼が包みを開けるのを待ってアリシアが切り出した。


「それでね、おじさん。今日はお願いがあって来たの」


「お願い? なんだ言ってみろ」


 それを聞いたアリシアは頭を勢いよく下げると大きな声で頼み込んだ。


「シーンと一緒に探求者になりたいの。お願いします!」


「私が皆を護る……」


 アリシアのお願いとシーンのよく分からない宣言にネイサンはしばらく口をポカンと開けた後、慌てて我に返る。


「急に訪ねてくるから何かと思えばそんなことか! 母さんはなんて言ってた?」


「おばさんは良いって言ってたよッ!」


「そうか……シーンはもう探求者登録を済ませてある。別に俺ぁ反対はしない。でも危険な稼業だぞ?」


 彼はシーンの覚悟を試すかのように確認した。

 シーンの端整な顔が、真剣みを帯びる。


「理解している……」


「お前は白魔導士だ。選択の幅は大きいんだぞ? それでも探求者で喰っていきたいのか?」


「頑張る……」


「あたしも頑張るよッ!」


 ネイサンはシーンとアリシアの瞳をじっと強く見つめる。

 彼女達の覚悟をもう一度試すかのように。


「そうか……。分かった! 頑張れよ! ただ無茶だけは止めてくれ。約束だぞ?」


「約束……」


「あい!」


 ようやく気の緩んだシーンが微笑みを浮かべて誓いを立てた。

 そしてアリシアも元気の良い返事で喜びを表現した。


 こうしてアリシアの勧誘活動は終了した。

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