第14話

「そういえば、ノル様」


「……なんだろうか」


 ノル様が吸血鬼だと聞いたとき、ふと頭によぎった疑問。

 屋敷へと帰る片時に、軽くぶつけておこうと思う。


「血をお吸われになられたりはしないのですか?」


「……」


 私としては至極当然な疑問だと思っていたのだが、問われた側はそうでもなかったらしく。


「そんな好物について尋ねられるように聞かれるとはな」


 明らかに困ったような仕草と返答を返されてしまった。

 そういえば以前、好物を聞こうとして聞きそびれたこともあったような。


「答えにくい事でしたら、無理には……」


「いや、そういうわけではないんだがな」


 歯切れの悪い言葉を漏らしながら、ノル様が指をくるくると回す。

 筆談をしていた時の癖がそのまま出ているのだろう。かわいらしい。


「普通の人で言うところのワインみたいなものだから、飲まないと死ぬというわけではないんだ」


 ノル様にしては珍しい、返答になっているようで微妙になっていない煮え切らない回答。


「私だったら、夕食後のデザートをずっと抜いたままなんて我慢できません」


 夜一限定特濃プリン。

 出会ってからずっとわがままを言って買ってもらっているが、あれのない生活はもはや考えられない。


「ううむ、まぁ、その、なんだ……」


 手のひらにとんとんと指を当てながら、ノル様が再び思案に戻る。


(ノル様を困らせるの……少し楽しいかもしれない)


 表情に出にくい分、所作の隅々から感情が伝わってきて。

 それがかわいらしいものだから、申し訳なさの次に楽しさが来てしまった。

 ダメ、これ以上いけない。


「あの、ノルさ……っ」


 訂正の言葉を伝えようとノル様の方へ向けた顔が、二本の指で固定される。


「吸血鬼に血を吸われるというのが、どういうことかは分かっているのか?」


 少し語気の強まった言葉。

 しかしそれは怒りや脅しといったものではなくて、どちらかといえば確認のような雰囲気を感じ取れた。


「噛まれたものも吸血鬼になってしまう、のでしょうか」


「……それも分かったうえで、言っているわけか」


 伝承やおとぎ話の話では、だいたいそのように相場が決まっているが。

 あれはやはり事実であったらしい。


「キミはただ夜が好きなだけの女の子だ。私のような化け物になる必要はない」


 またもっともらしいことを言って引き留めようとするノル様は置いておいて、


「それよりも、私の血がちゃんとおいしいのかの方が心配です」


 こちらはこちらで話を進めさせていただく。


「日頃の不摂生のせいで、味が悪くなっていないとよいのですが……」


「……その点は、問題ない」


 力強く引き寄せられた先で、観念したような声がした。


「もうすでに味見はすませてあるから」


「味見……」


 まだ少しヒリヒリする唇の端。

 確かにあの時、血の味がした。


「ここまで言われてなおも遠慮するのは、吸血鬼の名折れというものだろう」


 私を抱き寄せた体勢のまま、ノル様が私の首筋へ狙いを定める。


「あの、ノル様」


「今さらもう、やめることはできないぞ」」


「はい、その……初めてですので、優しくしてください」


「……善処しよう」


 鋭い何かの突き刺さる感覚。

 思っていたような痛みは無くて、それがノル様の手心によるものなのかは分からなかったが。

 全身を不思議な高揚感が包み込む。



(……あぁ。今日はこんなに、月が綺麗な夜だったんだ)

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