―38― ヴァラクちゃん、詠唱する
「くごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
眼前にいる
「ヴァラク、あなた強力な攻撃手段は持ち合わせていないの?」
ネルが話しかける。
自分の力ではこれ以上、
「一個だけあるけど!」
「あれにダメージを与えられそう?」
「ええ、その点に関しては大丈夫なんだけどね……」
「なに?」
「発動するのに、1分時間がかかるんだけど、その間ヴァラクちゃんを守れる?」
スキルによっては発動に時間を要するタイプのものもある。
その代わり、時間がかかればかかるほどスキルは強力なものとなる。
一分。
随分と長いな、とネルは感じる。
けど――
「やるしかないわ」
他に手段がない以上、それにかけるしかない。
「それじゃヴァラクちゃん、詠唱に入るから」
「今すぐやって」
ヴァラクが目を閉じると同時に、周囲にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣がなにを意味するのか、ネルには理解できない。
それからヴァラクは聞き慣れない言語を用いて呟き始めた。
詠唱とやらを始めているのだろう。
さて。
それまで、なんとしてでもヴァラクを守る必要がある。
「くごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ヴァラクめがけて襲いかかってきた。
「加速」
ネルは双剣を握って
◆
「それじぁ行ってくるな、ヴァラク」
6歳のときの話だ。
父親がそう言ってヴァラクの頭に手を乗せた。
随分と固い手だ、と幼いながらもそう思ったことを覚えている。
「パパがんばってね!!」
その日、父親は帰ってこなかった。
死んだと聞かされたのは次の日になってからだ。
父親が死んだ次の日。
すごく忙しかったのを覚えている。
「お前の親父にはいくら感謝してもしきれねぇよ!」
村の人たちが大勢家に駆けつけては、皆が口々に感謝の言葉を述べていた。
恐らく村の人たち全員が来たんじゃないだろうか。
その全員を母親と手分けして対応したため、本当に忙しかった。
父親の死を偲ぶ暇すらないほどに。
「ヴァラクのパパはね、村の英雄なのよ」
母親が嬉しそうにそう言ったのが印象的だった。
聞くと、村を襲った強力な魔物から父親は命を懸けて守ったんだとか。
それから働き手の父親がいなくなり、さらには幼い弟がいたがヴァラクは特に不自由することなく生活ができた。
というのも村の人たちが英雄の娘ということで様々な支援をしてくれたからだ。
そんな生活を送っていたせいか、父親が死んだというのに悲しい感情があまり沸かなかったのを覚えている。
パパはどうなんだろう?
パパは死ぬとき後悔はなかったのだろうか?
ふと、そんなことをヴァラクはよく考えていた。
それから、偶然村にいた高齢の占星術師から占星術を学ぶ機会があった。
そして、自分は占星術の天才だと知れた。
だからか、どうやら自分は父親と同じ英雄になるために生まれたらしい、と確信するのは自然の成り行きだった。
ゆえにヴァラクは冒険者となった。
英雄として死ぬために。
そんなヴァラクにとって、目の前で死にそうな人に自分の命を投げ出すのは当然の行為。
(詠唱完了っと)
ヴァラクは目を開ける。
「――――ッ!」
目の前の光景にヴァラクは思わず目を見開いた。
「ちゃんと一分あなたを守ったわ」
そう呟いたのは今にも死にそうなネルの姿だった。
左腕を失い、立っているのが不思議なぐらい全身血まみれ。満身創痍でありながらも、彼女はヴァラクを守るために立ち塞がっていた。
彼女の壮絶な姿に思わず、なにか声をかけたい衝動に駆られるが、今はそれよりやらなくてはいけないことがある。
ヴァラクはスキルを唱えた。
「グランドクロスッッッ!!!」
刹那。
閃光は
「やった……っ」
これなら
「ネル! わたしたち、無事生き残れたみたいね!」
ヴァラクがネルの元へと駆け寄る。
自然と笑みがこぼれた。
「そうみたいね……」
ネルがうなずくとフラリと倒れそうになる。
それをヴァラクは慌てて抱きとめる。
「今すぐ治すわ」
欠けた左腕の先はないだろうか? もしなかったら、左腕を元には戻せない。
それよりも止血のほうが優先か。
「
治癒スキルを発動させる。
じっくりとネルの体が回復に向かっていた。
あとはどうやってこの穴から抜け出すのか? とか色々考えなくてはいけないけど、今はひとまず休息だ。
生きている、その感触を噛みしめる。
「くぎぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
甲高いうめき声が聞こえた。
「うそ……?」
魔物ならさっき倒したはず。
その証拠に
一瞬の出来事だった。
目の前からネルの姿が消えた。
ドゴンッ! と音が鳴り、見る。
ネルの体が壁に激突していた。ネルは口から吐き、ぐったりと地面に倒れる。
それから衝撃で発生した瓦礫に巻き込まれて姿が見えなくなった。
(……は?)
今、ネルは死んだのか?
あの攻撃を受けて、生き残れるはずがない。
その事実を頭の処理するのに、数秒を要する。
体を纏う岩のような肌が全てとれ、その中身が姿を現した。
鋼のような鱗を持つ、巨大な蛇の姿をした魔物が目の前に顕現する。
「うそ、でしょ……」
絶体絶命のピンチが今、ヴァラクに襲いかかる。
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