―20― ニーニャちゃん、ゴブリン退治をする

 馬車を子鬼ゴブリンの発生しない安全地帯で停止させる。


「それではここで2時間ほど、待っていてくださいませ」

「あいよ、お嬢ちゃんたち」


 ネネリが行商人に指示を出す。

 ここからは歩いて移動だ。


子鬼ゴブリンたちがいますわね」


 ある程度歩いた先。

 茂みに身を隠しながらネネリがそう告げた。

 確かに、視線の先には何十体と子鬼ゴブリンが生息していた。


「ニーニャ、まずはわたくし1人でやりますわ。新しい魔法を実践してみたいですし」

「わかりましたっ!」


 と、ニーニャはうなずく。

 ネネリは杖に力を込め、詠唱した。


氷ノ槍ランザフィエロ!」


 そう詠唱すると、一本の氷の槍が発生し、子鬼ゴブリンを襲う。

 そして氷の槍は子鬼ゴブリンの体を貫く。貫かれた子鬼ゴブリンはその場で絶命した。


 すると、他の子鬼ゴブリンたちが一斉にこっちを向いた。どうやら気がつかれたようだ。


 とはいえ、気がつかれるのは想定済み。

 ネネリは杖を掲げ、もう一度詠唱した。


トルエーノ!」


 一定の範囲内にダメージを与えられる雷を発生する。

 子鬼ゴブリンたちがこっちに近づこうと一箇所に集まったところを狙って雷で攻撃した。

 読みどおり成功した。


「キシャアアアアアアアアアッッッ!!」


 ふと、一体の子鬼ゴブリンが眼前へと迫っていた。


(まだ残っていた!?)


 恐らく運良く雷の攻撃を避けられた個体がいたのだろう。

 油断していた。

 ネネリはとっさに目を閉じる。


「物理攻撃力【バフ・改】」


 子鬼ゴブリンの顔をニーニャがパンチで殴っていた。

 子鬼ゴブリンはうめき声をあげて盛大に吹き飛ぶ。


「助かりましたわニーニャ」

「やっとわたしも役に立てられました―!」


 ニーニャは両手をあげて喜ぶ。

 それを見てネネリは微妙な表情していた。

 ニーニャは常に役に立っているのに、なぜその自覚がないんだろうか、と。

 喜んでいるニーニャがかわいいので気にしないことにした。


「ひとまず子鬼ゴブリンたちの遺体を集めましょうか」


 手分けして子鬼ゴブリンの遺体をアイテムボックスに入れていく。


「終わりましたわね」


 数分後、ゴブリンの遺体をすべてアイテムボックスにいれて、一息ついたネネリがそう口にする。


「まだ、時間はありますし、もう少し奥へ行きましょうか」


 そうネネリが提案したときだった。


「ヒヒィイイイイイイイイインンンン!!」


 馬の叫び声だった。


「え?」


 振り向くと、そこには一匹の馬がこちらに走ってきていた。

 その馬はさっきニーニャたちを途中までのせてくれた馬だ。


 けれどおかしい。

 その馬に繋がれていた荷台の部分がなぜかなかった。


 荷台を外して逃げてきたのだろうか?

 そんな考えがネネリの頭をうずまく。


「ヒィイイイイイン!!」


 もう一度馬は鳴いた。


 次の瞬間。

 馬の胴体にスッと切り傷のようなものができた。

 ズドンッ! と馬が地面へと倒れる。

 そのときには、馬の胴体が切り裂かれ血が滲んでいた。

 すでに、馬には息がなかった。


 まるで馬が最期の力振り絞ってここまで走ってきたような……そんな光景。

 この切り傷は明らか魔物によるものだ。

 もしかして、自分の主人の助けを求めてここまで走ってきたんじゃないか、とそんな考えが頭によぎる。


「ニーニャ!」


 気がついたときには叫んでいた。


「うんっ!」


 ニーニャも察したようで即頷いた。


「助けに行きますわよ!」


 ネネリはそう行って走り出す。


「俊敏さ【バフ・改】!」


 ニーニャも同じく走り出す。


「え?」


 瞬きしたときには、ニーニャは遥か遠くにいた。


「に、ニーニャ! 少し待ってくださいまし!」


 自分が足が遅いのが悪いのかもしれないが、いくらなでもニーニャが速すぎる。ついて行けるわけがない。


「あ、そっか」


 気がついたニーニャは一瞬でネネリの元までたどり着く。

 その際、発生した風でネネリの髪が逆立った。


「腕力【バフ・改】」

「えっ? ニーニャ、なにをするつもりですの!?」


 気がついたときにはニーニャに持ち上げられていた。それもお姫様抱っこで。


「俊敏さ【バフ・改】!」


 そう言ってニーニャは足に力を込める。

 一瞬でニーニャはトップスピードまで加速した。


「は、速すぎますわぁああああああああああ!!」


 ネネリの絶叫が反響した。





「ぜぇーぜぇーぜぇー」


 着いた矢先、開放されたネネリは肩で息をするはめになっていた。


「大丈夫ですか?」


 ニーニャが声をかける。

 視線の先には、倒れている行商人が。


「お、お嬢ちゃんたちかい……」


 行商人はそう声を絞り出した。

 どうやらまだ息はあるらしい。


「けれど、このままだといずれ死にますわね」


 見ると行商人は腹を切り裂かれており、血が盛大に流れていた。このままだと出血多量でいずれ死ぬだろう。


「すこし待ってくださいませ」


 そう言ってネネリはかばんを漁る。

 念の為、ポーションを持ち歩いていた。


「自然治癒力【バフ・改】」


 ふと、ニーニャが行商人になにかをしていた。


「おお……っ、これは」


 行商人が驚きの声をあげる。

 見ると傷が徐々に塞がっていく。


「あなた、こんなこともできましたの……」

「えへへーっ、ネネリちゃんの魔法に比べたら全然大したことないですけど」


 そう言ってニーニャは頭をかいた。


「いたっ」


 ペチン、とネネリがニーニャの頭をデコピンしていた。


「え!? なんでわたしデコピンされたの!?」

「少しは自分で考えてくださいまし」


 話が脱線した。


「それで、ここでなにが起きたか教えて下さいまし」


 ネネリはそう行商人に訪ねた。


「ああ、そうだな。実を言うと子鬼ゴブリンが現れたんだ」

「それはおかしいですわね。ここら一体は安全地帯ですのに」


 安全地帯とは様々な要因で魔物が発生しない場所のことだ。

 ここの場合、ダチュラと呼ばれる白い花を咲かせる植物が生息している。このダチュラは魔物にとって嫌な匂いを出すため、ここら一帯は安全地帯とされていた。


「現れたのは子鬼ゴブリンだけではなかった。その子鬼ゴブリンは冒険者たちと戦っていた。そこに偶然居合わせていた私が巻き込まれてしまったのだ」

「そういうことでしたのね……」


 戦っていた冒険者が知らずして、行商人にいるところのまで魔物をおびき寄せてしまったのだろう。

 あくまでも安全地帯は魔物が好き好んで入らないというだけで、理由があれば入ってくることはある。


「その冒険者と子鬼ゴブリンはどうしたのか存じませんの?」

「いや、わからない。恐らく、私に気がついた冒険者が魔物共々、他の場所に移動したんだと思うが」


 もし、そうならその冒険者と子鬼ゴブリンは未だ戦っているかもしれない。


「心配ですわね」


 もしかしたら冒険者は苦戦を強いられているのかもしれない。


「そうだ、私の馬は知らないか?」


 そうだ、馬が死んだことをまだ伝えていなかった。


「えっと……」


 ネネリはなんて伝えるべきか悩んだ。


「いや、いい。そうか……死んだのか」


 ネネリの表情で行商人は全てを悟ったらしい。


「ですが、最期まで勇敢でしたわ」


 それからネネリは馬がどういう最期を迎えたか伝えた。

 傷を負いながらも主人を助けるべく、ネネリたちのところまで懸命に走ったことを。


「……そうだったのか。君たちも助けてくれてありがとう」


 行商人は涙ながらにそう口にした。

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