第5話 玄関開けたら2分でレベル1

 何秒くらいの間があっただろうか。

 オスカーは変わらず悲しげな表情を浮かべたままだ。

 前々から確かに小難しいことを言う学者肌の男ではあったが、それでも今のは過去一番に理解不能な一言だ。

 レ、レベル1? 俺が? 


「今の君はね、レベル1なんだよアイザック」


 こ、この野郎……! グズった子供をあやすような言い方しやがって!


「待て待て待て。待てよオスカー。今まで必死に頑張ってきましたー。おかげで僕最高レベルの20ですー。ある朝起きましたー。はいあなたはレベル1ですー。んなわけあるかっ!!」


 ついついつい語気を荒立ててしまう。そんなこと到底受け入れられるわけがない。

 どんだけ頑張ってきたと思ってんだって話だよ! 時に魔物に殺されかけて恐怖から脱糞し、

 時に生還の喜びから失禁した。そんな酸いも甘いも、いや、甘い時なんて一度もありゃしなかったよ。

 とにかく死にものぐるいで頑張ってきたからこそレベル20の自分がいるわけなんだよ!

 だがオスカーは至って冷静だった。


「アイザック。試しにそこのロングソードを素振りしてみてくれないか。そこに立て掛けてある君の愛剣だよ」

「俺の? ザグラスを振れってか?」

「そう。振ってくれよ。君の愛剣『ザグラスの洗礼』をさ」

「まあ……うん……別にいいっちゃいいんだけどさ……」

 

 オスカーは顎でロングソードを指し示す。

 ザグラスの洗礼。二年前に迷宮で見つけた俺の愛剣だ。

 呪いと祝福を等倍でかけ合わせたこの剣は、敵の体力を吸い取る魔法が込めれている。

 所謂いわゆるマジックウェポンというやつだ。

 数え切れない程の窮地をこいつが救ってくれたものだ。

 何度切っても再生する植物の魔物相手に一晩中戦うことが出来たものザグラスのお陰だ。

 これなかったら確実にスタミナ切れて死んでたよ。


「んじゃあまあ……よっと」


 俺はそんなザグラスの洗礼を手に取り右手で構える。

 その時だった。


「あれ?」


 違和感があった。剣を握った右手に大きな違和感が。

 まるで剣に、ザグラスの洗礼から拒絶されているような予感が右手から右腕。右腕から右肩を駆け上る。

 眼前に敵がいたとして、今この剣を振り下ろしてもまったく打ち倒せる予感がしない。

 なんとも寒々とした何かを感じていた。

 違和感の正体を探ろうとしたが、どうにもその正体にたどり着けない。


「振らないのかい」


 ヤキモキしている俺に対してオスカーがジトッとした目を俺に向ける。


「今やるっ!…………!?」


 俺は剣を振りかぶり……その瞬間右手にかかっていた剣の重みが消え失せた。

 振りかぶった瞬間に手から剣がすっぽ抜けたのだ。

 床に剣が落ちた音が室内に響く。これが実戦ならすでに死んでいる。即死だよ即死。

 なんつう素人丸出しのミスだ


「い、今のはうっかりだ。それに起きたばかりだから、な」

「そうかい」


 起きたばかりだからなどというくだらない言い訳が通じるわけがないと、オスカーの目が言っていた。

 実際その通りで、俺たち冒険者は夜営中に奇襲を受けることなど日常茶飯事だ。

 睡眠から即座に臨戦態勢に入る技量は必要不可欠。少なくともレベル20のファイターがするミスでは……ない。


「も、もう一度」


 振りかぶった瞬間にやはり剣が手からすっぽ抜ける。剣が振らせてくれないのだ。


「う、嘘だ……」


 床に転がるザグラスの洗礼を俺は見つめる。

 今まで何度も窮地を救ってくれた愛剣が今は俺を受け入れてくれない。

 その事実をまざまざと見せつけられているようだった。


「アイザック。君も知っての通り魔法のアイテムってのは持ち主の”格”が尊重される」

「……知ってるよ」

「分不相応な持ち主に使われることをアイテム自体が望んでいないのか、それとも安全の為にロックされているのかは未だ不明だけどね」

「……それも知ってるよ」


「ザグラスの洗礼は相当なマジックウェポンだ。持つ者にはそれ相応の格が、レベルが求められる代物だ。少なくとも……レベル1が振れる剣ではないってことだよ」

「それも知ってるよ……」


 俺は、俺はレベル1なのか?

 視界が回り、膝が笑い、ストレスで便意すら催してきた。腹が痛い。うわなんかめっちゃ腹痛くなってきた!


 「オ、オスカー。わかった。確かに俺はレベル20ではないだろう。それは認める。だけどレベル1と決まったわけではないだろう!?」


 レベル20でなくなったことは認める。だがそれでもレベル1は認めない。認められなかった。

 だって昨日の今日までレベル20だったんだぜ!? それが朝起きたらレベル1!? ないない! それはないって……!


「君ならそう言うと思ったよ。じゃあこれ」


 オスカーはそういうと腰に指していた短剣を取り出しテーブルに乗せた。

 一見何の変哲もない短剣だが、目を凝らしてよく見てみるとその刀身は淡く、儚げな青白い光をボンヤリとだが放っていた。


「こりゃなんだ?」


「点灯ライトの魔法がかかった短剣だよ」

「それは知ってる。そこら辺の雑貨屋でも売ってるようなよくある代物じゃないか」

「そう。簡単に手に入るし、市民も手元を照らすのにお世話になっている既製品さ」


 確か名前は、なんだったっけかな。明かりの短剣とかそんなよくある面白みもない名前の短剣だったはずだ。

 主婦やシェフなんかにはめっぽう好評な代物だ。


「オスカー。俺がいいたいのはその短剣をどうして出したのかって話だ」

「この短剣はね、オスカー。レベル2から武器として使うことが出来るんだ

「……」

「非冒険者でありレベル1でもある市民が武器として使えないようにって配慮だね。つまりはだね、ぼくの言いたいことわかるだろ?」

「あ、ああ~……そういう……オスカーお前そういうことしちゃう? しちゃうんだ?」

「うん。しちゃう」


 せっかく人が気持ちよく現実逃避してるってのに徹底的に逃げ場を無くすつもりだこの男!

 いいじゃない。優しく気持ちいい嘘の世界にいさせてくれてもいいじゃないか……!


「ほら。レベル2以上なら簡単に振れるんだ。何も難しいことを要求してるわけじゃないだろ? さあどうぞ? さあさあどうぞ? さあどうぞ?」

「リズミカルに短刀を突きつけるなって!」


 オスカーはテーブルに乗った短剣を俺の方へ寄せる。

 え? これ持たなきゃダメな奴?

 持ちたくない。握りたくない。

 これを握った瞬間俺の運命が決まってしまいそうな、そんな予感がビンビンするんですけど。

 ああでもオスカーの奴めちゃくちゃこっち見てるよ。言い逃れはさせてくれなさそうだ……


「わかった。わかった振るよ。そうすりゃお前は満足するんだな?」

「ああ。大満足だよ」

「……言っとくけどお前の期待通りにはならねえからな!」


 やってやるよ! こんなちっぽけな短剣一つ振れないようなファイターだと思ってるのか!? 

 こちとらこの道十年以上の大ベテラン様だぞ!?

 体に熱い力がみなぎってきた。今ならこんな短剣、いや短剣どころじゃない。

 ザグラスの洗礼、いや伝説の聖剣すら扱えそうだ!


「ああああああああ!! やってやんよおおお!!」


 叫び声を上げながら短剣を手に取り大きく振り上げた。

 その瞬間。右手から、いや、右手だけではなく右腕全体から力がグニャリと抜けていった。

 そして、振り下ろした俺の右手には何も握られていなかった。


「……」

「……」


 俺もオスカーも何も言わなかった。

 静かだった。気持ちいいくらいの静寂が俺の部屋を包んでいた。

 数秒程度は固まっていただろうか。

 俺は振りかぶった姿勢のまま首だけオスカーに向けて声を上げる。


「短剣……どこ?」


 オスカーはスッと目を瞑り、人差し指で俺の天井を指差した。

 短剣は天井に突き刺さっていた。それはもう見事なまでに真っ直ぐに


「アイザック……」

「ななな何だよ……」

「アイザック、君のレベルはいくつだい?」


 オスカーは大人が子供に”挨拶出来るかな?”と優しく諭すような口調と表情だった。


「……ベル1…す」

「ん……?」

「俺は……俺は……レベル1のファイター、アイザックです!!!」

「よく言えました。よろしくねレベル1ファイターのアイザック君。僕はレベル1の盗賊/錬金術師のオスカーだよ」


 床に両手をついて涙を流す俺の頭をオスカーが撫でてくる。

 俺の最悪の一日はこうして始まった。

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