画策!!Dr.ウランの罠

 伸ばされたヘルニアの手を躱して、ファス薬舗を飛び出す。

 これ以上スズが逃げられるような場所など存在しないが、何もせず呆然と殺されるよりはましだったのだろう。恐怖で足が震え、不安で心臓の音がうるさい。


 市街地を何度も転びながら行く当てもなく逃げ惑っていると、いつのまにか、思い出深い裏庭へたどり着いていた。抑えていた涙をこぼしながら、どうしようもない状況に絶望する。

 たとえ、今まで出会ってきた他の患者のもとへ走っても、まとめて殺されてしまうのが目に見えていた。


「こんなところまで逃げていたのか。結局戻ってくるのなら無駄足だったな…。」


 破壊したはずの石ころ『ウラン』を手に持ったまま、その男は森の中に入ってくる。

 普段なら即座に反応し侵入者を撃退する検知魔術も術者がいない今、何も起きない単なる幾何学模様に過ぎなかった。


放射能レディエイション症候群シンドロームは二人も必要ない。人類の幸福は僕の力によって成し遂げられなければならないんだ。」


 高圧の核エネルギーと魔術を融合した熱光線がスズめがけて放たれる。魔術を成功させられない奇病である以上、自身の能力である放射線操作を頼らざるを得ないのだ。しかし、それは逆に同じ奇病を患うスズに回避の術を与えてしまうということでもある。


 彼女が核エネルギーの波に手をかざすと、見えない壁に阻まれたかのように光線が停止する。

 フードの奥で忌々しげに睨んでいるが、Dr.ウランは次の手を放っていた。シルヴァがやって見せたような機械を用いての連続照射だ。


 しかし、失敗作のようで照準は明後日の方向へと飛んでいき、スズの方向はおろか、ただ空中に日絵画霧散していくだけだ。ただのガラクタとも呼べるものを必死に押さえつけて核エネルギーを操作するが、離れていて操作できていない。


 一見するとコントのようだが、コレが放射能レディエイション症候群シンドロームという病なのだ。魔術も機械も凡人以下でありながら、才能の片鱗だけは覗かせる。期待させるだけ期待させて何の実利も得られないのがこの病なのだ。


「また逃げるのか…。ヘルニアは…、追いかけられないか。」


 周囲に漂う放射能を見て呻く。いわば不可視の猛毒の中のような状態であり、放射線の操作ができる二人のみがこの空間を走り抜けられる。


 逃げる少女を追いかけようとすると、一人の男が立ちふさがった。


「そこまでだDr.ウラン。お前の身柄を確保させてもらう!!」


 現れたのは国家魔術師、ユーリ・アズマ―。

 いつもの黒いローブではなく、戦闘用の魔術の編まれた真っ赤で派手なローブ姿だ。さらに、それだけではなく、特殊なガスマスクを着けている。

 顔全体を覆い隠すような異国のガスマスクは、まるで『鉄仮面』のようだ。


「束縛の魔術!!」

核融合ニュークリヤ!!」


 空中めがけて放たれた小さな爆弾。いくつもの防御魔術が阻むが、いともたやすく障壁を破りユーリへと切迫する。その様子を茫然と眺めているスズは願った。


 もう、だれも死んでほしくない、と。


「止まった…」

「お前か!!お前のせいで!!何をしているのかわかっているのか、ガキが!!!人類の幸福のためだ!!わからないのか!?」


 魔術師の眼前で、膨れ上がったエネルギーは停止する。それを片腕で消滅させると改めて縛り付けられたDr.ウランに杖を向けた。


「お前を裁判にかける。すぐに死刑になるだろう。」

「ふざけるな!!僕にこの話を持ち掛けてきたのはお前たちだろう!?国のために、人類の進化のために尽くしてやったんだ!!僕の力があれば、戦争も、平和も、永遠も、思いのままだ!!」


 喚きながら連行されていく様子を眺めながら、Dr.ウランのエネルギー操作を制御するためにスズも同行する。このまま首都まで行って特別裁判を始めるらしい。


 あいにくユーリの魔力量では、もう一度転移魔術を使えないようで、市街地まで歩くことになった。が、レンドやシルヴァの昔話をしてくれたおかげで退屈せずに済んだ。けれど、それ以上に涙をこらえることに苦労してしまう。


 だが、市街地に戻って待ち受けていたのは、想像も絶する出来事だった。


「号外!!Dr.ウラン、ついに新エネルギー開発!!これにより日本国は更なる進歩を…」


 町中に張り出されたDr.ウランの功績をたたえる張り紙。対照に、彼の暗殺をもくろんだとしてDr.マギカ、Dr.シルヴァ、ファス・ナチュレ、リチ・ドルグの尊厳が貶められていた。

 スズが見た覚えもないような自称Dr.マギカの患者たちが、両親を酷い医者だとののしっている。


 目を布で閉ざされユーリに抱えられているDr.ウランがニヤリと笑った。

 おそらく、仕組んだのは彼に心酔する誰か。ヘルニアと共謀して、画策したのだろう。


「ははは。国家魔術師様よぉ、この状況をどう覆すつもりだ?」


 張り紙そのものに細工がしてあるのか、それらを見たものは疑うことを忘れてDr.ウランを讃えていた。そして反対に、レンドやシルヴァたちを蛇蝎のごとく嫌う。


「やはり僕の研究は人類のためになる。それを彼らは理解してくれているんだ!!」

「だが、このまま裁判にかけてしまえば、それも終わりだ。証拠は十分だからな。」


 なにより、裁判官や国の上層部には、自分やレンドの仕掛けた精神汚染妨害魔術がある。魔術式を見たところ、明らかに格下の術師だ。防げないわけがない。


「パーティの始まりだ…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る