感染!!摩訶不思議な病気

「院長!!また急患です。」


 慌てた様子の看護服の女は、しばらく家に帰れていないためか薄汚れた格好をしている。というのも、都市部の新設された発電所で大規模の事故が起こったために、未明の感染症が引き起こされているというのだ。


「Dr.マギカを呼ぶしかないのか…」


 院長と呼ばれた初老の男は苦い顔をする。机に広げられた書類や本の類は全てDr.マギカの研究書物であり、医者のはしくれとして必死に患者と向き合ってきた成果が残っている。すでに院長の席について20年が経とうとしているが、オペこそしないものの常に患者の健康を第一に考えてきた男だ。


 Dr.マギカの腕は認めている。性格に難があることも理解しており、スズ・マギカを引き取る前は、レンドとシルヴァは彼の総合病院で勤務していたのだ。


「いまさら呼び戻すのか…。あの狂人たちを……?」


 患者であれば殺人鬼でも治療してしまう男、患者に寄り添うことを拒絶し鉄の仮面をかぶった女。二人を追い出した身としては、彼らに助けを求めることはしにくい。


「邪魔するぞ。久しぶりだな、院長先生?」

「失礼、患者はどこかしら?あなた達には治せない奇病なんでしょ?」


 彼らを呼ぶべきか思案していると、渦中の人物が現れる。恐ろしい量の魔術が刻まれた白衣と、能面のように無表情な鉄仮面を被っている。誰が呼んだのか、すでに準備は万端といった様子だ。


「ヘルニアという男から聞いた。強力な感染性を有している奇病が蔓延しているらしいな。」

「しかも、科学や魔術をもってしても原因の特定には至っていないと聞いたわ。私たちの力が必要でしょう?さあ、患者の命と天秤にかけなさい。」


 苦い顔をした院長は二人の背後で動揺している看護師に目を向け、「彼らを特別隔離室に案内しろ。」と告げた。ただし、診察のみとし、治療の際は院長に許可を求めることを条件として。

 あの二人が出しゃばったときはろくなことにならないと、過去の経験と直感が大音量で警鐘を鳴らしている。それでも、人命には代えられないだろう。


「ここからは立ち入り禁止になります。あまりに感染力が強いため、患者を運んだ医師や看護師までもが感染しているので…。」


 院内で軽いパンデミックが起きて以来、新たに患者を運ぶ際には機会を利用している。さらに、念のため一度室内に入った機械はそのまま置き去りにするという徹底ぶりだ。


「空気感染かしらね。」

「いや、接触系の魔術の可能性もあるが…。どちらにせよ、ここから診るだけでは判別がつかないぞ。」


 幻獣にロックされている扉の前で立ち尽くす。後ろからは院長が追って来ていた。後ろ手に組んで悲痛の面持ちをしたまま窓ガラスを見つめて独白を呟く。


「すでに数百人単位で感染が確認されている。嘔吐や発熱を初期症状として、約一月の潜伏期間の後に様々な身体障害を起こして死んでいく。最初の患者が確認された新設発電設備が原因だと睨んでいるが、調査は進んでいないようだ。」


 独り言のような話しぶりだが、彼自身の腕では患者を救えないために二人に縋っているのだ。あの事件を引き起こしたレンド達を認めることは出来ないが、彼らの持つ技術は信用しているからこそ、そして、患者の命を何よりも考えているから、協力の申し出を断らなかったのだ。


「発電施設ね…。そんな話、聞いた覚えがないわ…」


 現在利用されている発電設備の大多数が、彼女が作った物である。電気技術の第一人者ともいえる彼女が携わった発電所新設計画は数万基を超えており、インフラを整える際はたいてい彼女に声がかかる。ここ数年の間に作られた発電機は全て彼女のシステムが原案だ。


 つまり、彼女が知らない発電設備というのは異例中の異例であり、明らかに何かが絡んでいると思わせるには十分だった。


「患者の経過観察はDr.マギカに一任するわ。私は少し発電所について調べてみる。」

「わかった。こっちは任せろ。」


 Dr.シンスが足早に院内から出ていくのに対して、Dr.マギカは幾重にも魔術を詠唱し始める。空間遮断魔術や時空操作魔術といった超高度な感染症対策魔術を組み上げると、隔離室へ入るための操作パネルに手を掛けた。


「ちょ、ちょっと待ちたまえ!!君の魔術は信頼しているが、無駄だぞ!!あの感染症はありとあらゆる魔術を無力化するんだ。」

「は…!?そんなバカなことあり得ないだろう。」


 口では馬鹿にしつつも、リスクを軽視しないのが医者というものだ。即興で新たな対策魔術を組み上げ、食事の配達に利用しているロボットに魔術紙を持たせる。

 看護師や院長、Dr.マギカが十分に離れてから電子パネルを遠隔操作して、突風や消毒液の霧によってロボットを洗浄してから隔離室へと侵入した。即座に魔術紙が発火してロボットの動きも停止する。中のベッドに寝かせられた人々が一瞬期待を込めた表情をしてから、悲しそうに目を伏せた。


「まさしく俺たちの天敵というわけか…?いや、まだ試していないことがあるな」


 機械の動きを阻害し、魔術を破壊する未曽有の感染症にDr.マギカは不敵に笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る