鏡像!!映る吸血鬼
曇り色のスーツ姿の男、シジマがとある民家のドアを叩く。ガラの悪そうな彼の姿を見ると、近所に住む者たちは目を背けた。
「とっくに返済期限過ぎてるんだよ!!いるのはわかってるんだぞ」
一種間以上前に返す約束だった幸福を未だに返せないでいる女への取立だった。裏口から逃げようとする薄着の少女を追いかけまわし、袋小路に追い詰めたところでそのまま引きずっていく。すでに猶予期間も過ぎているため、これ以上野放しにするつもりはなかった。
なにより、さっさと事を済ませて家に帰りたい事情がある。愛する妻ジュエリーがたまには一緒に料理を作りたいとおねだりしてきたのだ。普段はシジマの食事をジュエリーが、ジュエリーの
「こっちだ。車に乗れ」
「これって、違法取り立てですよね…。訴えますよ!!」
「ほざいてろ。てめえが警察に行く前に始末付けてやるからよ。」
車の後部座席に乗せた後、両方を抑えるようにシジマと彼の部下が乗り込む。運転手に声をかけて車を発進させると、女は泣きわめき始めた。
金も返せず、幸福も持ち合わせていないにもかかわらず、殺さないでと懇願する。しかし、闇金業を営む彼らにとって、それは見慣れた光景であり余興にすらならなかった。
「お願い!!何でもするから殺さないで!!」
「何でもする…か。てめえ、血液型は?それと出身は?母親の国籍はどこだ?」
「な…なんで…?」
唐突な意図の掴めぬ質問に女は困惑した表情を見せる。「いいから答えろ」と恫喝すると怯えと混乱を混じらせながら一つずつ答える。
「A型で、魔術公国出身。お母さんが魔術公国の人だから。」
それがどうして日本に来たのかまでは、彼らが知る必要のないことだ。いくら貸付業の看板を掲げていても、興味のないことまで調べ上げるのは時間の無駄だろう。
「A型で魔術公国っていうと…?」
「ミツルがいけますね。日本人の吸血鬼、
吸血鬼。
それは、限りなくモンスターに近い人間。亜人種に例えられることも多い特別な血族であり、その成り立ちは突然変異という説が有力だ。伝承通り人の血を吸う生き物であり、太陽の下を歩けず、鏡に映ることもない。十字架や聖水などに弱く、香りの強い物(たとえばニンニクなど)に反応して、それらを嫌う。
よく不死性を話題に上げられるが、彼らは不死とまではいかず、高い再生能力を有しているという程度だ。なんにせよ、人智を超えた怪物であることに変わりはない。
しかし、そんな彼らも生きていくのに必死であり、安定的に血を供給できる生命線は少ない。たいていの吸血鬼は、好みの異性に
それらを補うために、シジマたちは吸血鬼に血を販売しているのだ。そして、吸血鬼が感じる幸福感をシジマが回収する。まさに相互協力と言えるだろう。
「先輩、吸血鬼にその女の血を売るのは知ってるんですけど、なんで国籍まで聞くんですか?」
「前話したろ。えらいお医者様たちが言うには吸血鬼化は一種の呪い。吸血できる血は異性の血に限られるし、自分の親族の血は吸えない。なるべく、自分の血とは離れた血の方がいいんだよ。だから俺たちは、吸血鬼たちの国籍をメモに残しておいてある。今回は、加賀に飲ませようってことさ」
現在彼は活性期間であり、吸血量が多くなっている。その分、彼が生み出す幸福も多大なものであり、加賀がこの女を気に入って、この女が死ななければそのまま
勿論違法であるが、闇金業者の彼らにとってみればいまさらの話だろう。
「俺だ。シジマだ。女を連れてきた。公国人でA型。加賀のだ。」
「ああ、数日前から血を飲めてなくて発狂寸前だ。急いでやってくれ。うるさくて眠れない。」
大量に血を吸われることを予想して、女に昼食を食べさせてやったことが仇になったらしい。貸し切りのビルは全ての窓が閉め切られており、一切の光が漏れないように設計されている。
彼らは、あくまで太陽の光を嫌うのであって魔術の灯や人工の光には耐性がある。というか、吸血鬼と人間が同棲しているため、普通に電灯がつけられているので、中は明るい。
「加賀ァ!!シジマさんが飯持ってきたぞ…」
すでに女にも事情は説明してあり、先ほどまでの長そでを捲らせて腕と肩の両方が露出するようにしている。基本的に手首から吸血する方が対象の負担は少ないが、首元からの吸血だと短時間で済むからだ。
奥の部屋からのそりとやってきたのは、ひどく顔色の悪い長身の男。よどんだ黒目黒髪、どこを見ているのか微かに虚ろであり、いかにも体調を崩したといった様である。だが、本来の吸血鬼はこんな無様な姿を晒すはずもない。
風邪になるわけも無ければ、どれだけ動いても疲れもしない。確かに血を吸わないでいれば弱体化はするものの、顔色が悪くなるわけではなく、吸血鬼性がなくなっていき消滅するのであって、体調を崩すという段階はない。
太陽の光を浴びれば即座に灰になるし、十字架や聖水に触れた箇所は煙を上げて消えうせる。心臓を一刺しすれば死ぬし、流れる水や香りの強いものには近づけない。弱点の多い吸血鬼ではあるが、そのタフネスは全ての生物の中で群を抜いている。
だからこそ、より不安であった。
「加賀、大丈夫か?」
「兄さんすいません。昨日から体がおかしくて…」
ふらふらと揺らめいたかと思うと、そのまま倒れこんでしまう。加賀は目の前の餌にとびかかるように倒れたが、その力は弱々しく、女の力でも突き飛ばせるほどだ。
転がった衝撃で別な女が使っているドレッサーが机から落下して砕けた。割れた鏡の破片が散乱し、辺りの吸血鬼は驚いく。しかし、生物的魂を持たない彼らが鏡像に映ることはない。
そのはずだった……?
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