確定!!不変の道筋

 カザと名乗った女は、虚ろな視線をさまよわせながら、ぼろぼろの体を抱きしめる。先ほどから起きる不可避の偶然の事故はゆっくりと彼女の精神をすり減らしていた。


「看破の八方。代償は我が魔力、鳳の目。願いは一つ、刻まれた魔術よ浮かび上がれ!!」


 彼女の首元に触れると、黒い魔力が浮かび上がり奇怪な模様が現れる。あまりに純度が高く圧力の大きい魔術は、魔力を持たないシルヴァにも見えていた。


「なにこれ。初めて見た。」

「これは魔術なんかじゃない…。もはや、呪いだ!!」


 いうなれば『因果病』

 運命の果てから逃れられない。偶然を装った殺人を成立させるためだけの魔術だ。目の前の弱々しい一人の女性を殺すための、全力の魔術。彼女自身の体と、Dr.ウランの名刺の二つを媒体として、ただ一つの願いは彼女の死を望んでおり、その自称にDr.ウラン自身は関わっていない。


 まさしく完全犯罪。


「そんな…。確かに私は約束を破った…。けれど…。どう…して…」

「呪いを解くには、その名刺も必要だ。今どこにある!?」

「わ、私の家に!!」


 当然、彼女の家に行くまでに、いくつもの因果が彼女を襲うだろう。こうして中途半端にかかわった以上、シルヴァやスズも危険である。Dr.シンスとして、それなりに危険な場数を踏んでいるシルヴァはともかくとして、まだ子供のスズを一人にはできない。


「クロムを呼ぶのも、間に合わないか…!?」


「カザさん、Dr.ウランとの約束って何のことなの!?」

「私の婚約者が浮気をしていたみたいなの…。それを辞めさせる代わりに、処女の髪の毛が欲しいと言われたの。」


 しかし、彼女は用意できなかった。処女の友人は数名いたが、短髪か長髪であることにこだわりを持っている者ばかりであり、怪しい魔術師に髪の毛をくれてやる奇特な友人は居なかった。


「それに、さすがに友達の髪の毛を男に上げるのは気が引けたから、私の髪の毛を騙してくれてやったのよ。そりゃ嘘をついたのは悪かったけれど、まさか、こんなことになるだなんて…」


「Dr.ウランは混血論者なのか?」


 混血論者とは、生物の起源となる一つの遺伝子を『純血』と呼び、まじりあうことでその純粋な血が汚れてしまうという考え。性交をしている生物としていない生物では純血度合いが変わると本気で思っているのだ。無論、科学的根拠も医学的根拠もないでたらめのようでありながら、一定数、混血論者は存在している。


 特に魔術師は、魔術師とそうでないもの同士の子供は、魔力を失った状態で生まれてくると考える者が多い傾向にある。ただし、反例ならいくらでも転がっているため、都市伝説的な扱いだが。


「カザさん、魔術師にむやみに髪の毛をくれてやるのは辞めた方がいいわ。私もアカデミーに通っていたころ、アイツに髪の毛を何回か渡したけれど、どれもろくなことにならなかったもの」

「お父さん、何してんの?」

「いや、ち、違うぞ?治療に使おうと思っていたんだ!!」


 全くの大嘘である。そもそも、学生時代のレンドは医者になろうだなんて考えていなかった。


 女性三人に怪訝な視線を向けられ動揺しているが、カザの瞳の色が一瞬変わったのをDr.マギカは見逃さなかった。いくつも防御魔術を重ねて編み込み鉄壁の要塞を作り出す。


「予知が来たのか」

「は、はい…。鳥が来ます!!」


 因果病の唯一の欠点。運命を決定づける際に、どうしても魔術媒体である彼女自身に、一瞬先の未来の景色を見せてしまうこと。だからこそ、回避が出来そうに思えるが、一度決まった結果はどうあっても変わらない。


 シルヴァに押し倒される未来も、植木鉢が頭に当たる未来も、結果だけを見れば何一つ変わっていない。

 変わらない。変えられない。絶対的な未来。それが因果である。


「お父さん、そっちに鳩が…!!」


 それなりに距離はあるものの、今彼らが立っているのは民家の屋根上であり、お世辞にも自げるのに適した環境とは呼べないだろう。独特の鳴き声を上げながら、物珍しそうに鳩が近づいてくる。追い払うのは簡単だが、飛び立つときにカザとぶつかってしまっては元も子もない。


「俺は転移を使えないぞ。Dr.シンス、手はあるか…?」

「運命を変える劇的な機械マキナがあると思う?」


 バサバサと羽音を鳴らすたびにカザは悲鳴を上げて縮こまる。どこかで因果を変えなくては最悪の結末を迎えてしまうだろう。


「これならどう?」


 スズがポケットから取り出したのは、さきほどレンドが転移魔術に使った水晶の破片。屋根を滑らせ地面へと落とすと、興味をひかれたのか鳩はそちらに向かって飛び立っていった。

 瞬間、またもカザの瞳の色が変わった。


「スズちゃん!!そこ危ないです!!」

「え?」


 カザの大声に驚いて振り返ると、足元の屋根のパーツが崩れていく。そのまま足を滑らせ水晶と同じように落ちていくかと思われた。


「玩具の手!!」「捕縛の正方!!」


 落ちていくスズの両腕をシルヴァとレンドが間一髪で掴む。


「二回連続で、未来が変わった…!?」

「次の予知はないのか?なら、お前の家に行って名刺を取りに行くぞ。Dr.ウランを見つけ出してやる!!」


 安堵したようなカザではあるが、運命の魔の手は間近に迫っていた。

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