違法!!幸福の取立人

 空き巣に漁り散らかされたような部屋。妙齢の男が「やめてくれ」とむせび泣いている。少し離れたところではアカデミーの制服を着た女が、涙を零しながら部屋を漁るスーツ姿の男を睨んでいた。

 スーツの男は傍らに袋を持って、家中のタンスや引き出しを片っ端から開けていく。ほとんどが失望したような表情を見せるが、ときおり高価な宝石を見つけては喜びながら袋にしまっている。


「そ、その金は…娘の学費なんだ。止めてくれ…。頼む。必ず金は返すから!!」

「おいおい、その台詞三回目だぜ?結局借りた金は返さねえじゃあねえか」


 娘が隠していたであろう自身の学費。それすらも容赦なく袋の中に入れて取り立てる。金を取られた娘が男につかみかかるが呆気なく躱された。


「泥棒!!私のお金返してよ!!パパの借金と、私は関係ないじゃん!!」

「知らねえよ。お前がたまたまそいつと血のつながりがあって、ソイツの家に金を隠していたのが悪いんだよ。学費に困ってるなら、裏の仕事を紹介しようか?こんな金、二か月で稼げるぜ?」


「む、娘には手を出さない約束でしょう!!お願いです、お金は必ず返しますから、娘の金だけは…!!」

「クズ野郎!!殺してやる。必ずあんたのこと呪ってやるから!!」


 目標の金額を手に入れたのか、スーツの男は自分に出されていたお茶を一気に飲み干して、恨み言を背に家を出ていった。めちゃくちゃに荒らされた家を置いて、夜の街に消えていった。


 スーツの男は軽快な足取りで路地裏を進んでいき、古びた宝石屋へと足を運ぶ。店内にいるのは若い女が一人だけであり、監視カメラも無ければ、防衛魔術も仕掛けられていない。女が、スーツ姿の男を見るとかすかに目を細めて、頬に手を当てた。

 瞬間、女の姿が変わっていき、薄毛の老人へと姿を変える。


「よう、シジマ。久しぶりだな。今日も宝石か?」

「なかなか来れなくて悪いな。琥珀って入荷してくれたか?それといつもの」

「あるぜ。琥珀が5個、合成石のルビーとサファイヤが20個ずつだな」


 今取り立てたばかりの金を使って、それらの宝石を買う。他の客に見られないようにとそそくさと店を後にして、また夜道を歩く。


「『呪ってやる』か…。もう呪われてんだよな…」


『不幸病』

 今まで出てきた奇病の中でも奇怪で奇妙で、症例の少ない『呪い』が由来の病気。彼の場合は先天性、つまりは生まれつきの病気である。この病によって両親を早くに無くし、引き取ってくれる孤児院も無くスラム街でホームレスとして生きてきた。


 いまでこそ、取り立て業という転職に就いているが、元々はただの半端者だった。


 幸福を貸し付け、不幸を押し付ける。幸福の取立人『カオル・U・シジマ』目や髪ともに黒く、生粋の日本人らしい顔立ち。話し方に訛りはあるが純粋な日本人である。


 呪いは、人の不幸を吸い取り、自分の幸福を与えてしまうもの。現在はコントロールできるようになり、それを利用して金貸しをやっている。


 金や幸福、客が求めるありとあらゆるものを貸してやるが、非常に高利であり、少しでも返せないとなれば、相手を不幸のどん底に叩き落す。ほとんど詐欺や闇金ではあるが、裏組織の後ろ盾もあって警察に捕まることはない。


 そこまでして彼が金を求めるのには理由がある。


「ただいま…」

「おかえりカオル!!ご飯できてるよ。」

「先に寝てていいって言ってるのに…。でもいつもありがとう、ジュエリー。」


 ピンク色のつぶれた帽子を被った少女がシジマを出迎える。淡い色のドレスに宝石のように透き通るような緑髪、童顔な顔立ちと大人びた背丈に豊満なスタイルのせいで、確かな年齢が読めないが、おそらく成人はしているのだろう。


『ジュエリー・プリンセス』

 同じく先天性の呪いを持っており、宝石以外の物から栄養を吸収できない『宝石病』を患っている。シジマと同じく元・孤児であり、彼に会うまでは砂鉄や石ころを食って生きてきた。


 もちろん、宝石には程遠いのでたいして栄養を得られないし、体調を崩すことも多かった。もともと名前も無く、宝石を貪る様を見られて『宝石姫』と呼ばれていたことから自分の名前を取っている。


「ジュエリー、今日は宝石を買ってきたよ。ご飯にしよう。」

「いつもありがとう。愛しているわカオル!!」


 嬉しそうなジュエリーはシジマに抱き着き、頬にキスをする。シジマの前にはムニエルが置かれており、ジュエリーの皿には買ってきたばかりの宝石が置かれる。バリバリと音を立てて宝石を食べる。

 僅かに彼女の顔色が良くなったのを見て、シジマも安堵した。


「シジマ…。あなたに謝らなければいけないことがあるの。また、結婚指輪ひじょうしょくを食べちゃったの。」

「そっか、また買いに行こう。たしかに一週間も宝石を食べていなかったからね。しょうがないか…」


 彼は幸福の取立人。禍福のバランスによって金貸しを営んでいるため、金のない人間からは幸福で返してもらうこともある。むしろ、幸福で返す方が多く、金の実入りは少ない。

 利子のみを回収し元金を減らさせないなど、やり口は多数あるが、高価な宝石を定期的に買うような余裕があるわけもなく、せいぜい数千円しか稼げない日というのもざらにある。


「…どうにかして俺達の病を治せないか…」

「え…?治したいの…。そっか…。」


 先日情報屋から聞いた腕のいい魔術医の元を訪ねようか思案する。だが、その前にいくつか問題があるのだが……。

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