不明!?病気を造る魔術師

「ダンケル!!こっちこっち」

「待ってくれカーラ。」


 彼が病にかかる前の事

 二人は遊園地にデートできていた。数か月に一度、二人の休みが合う日によく来ている場所であり、最近新アトラクションがオープンしたことで賑わっている。

 藍色の髪をなびかせながら、楽しそうにチュロスをかじるカーラを見ていると、自然と笑みがこぼれていた。付き合い始めて、もうすぐ一年になる。すでに遊園地内のレストランでディナーを予約しており、プロポーズも考えていた。


「ねえ、あっちを見に行きましょう!!」

「新しいアトラクション?けど、混んでると思うよ?」


 目新しい物好きの彼女に連れられ、新設されたステージへと向かう。植物がテーマとされているようで、色とりどりの花々が気候とは関係なしに生き生きと並んでいた。入口に建てられた看板には植物監修『ファス・ナチュレ』と刻まれている。


「魔術師ってすごいわね。」

「そうだね、これだけの植物を操ってるなんて想像もできないよ…」


 天然の樹木を利用したジェットコースターに並んでいる間、先ほど見た看板の話で盛り上がる。全てが植物だけで作られており、木々の隙間を縫うように立てられたアトラクションは、まさしく自然と科学の融合を見せられているようだ。


「さっきのファスさんって、女の人でしょ?かっこいいわよね。憧れるわ…」

「カーラだって、デザイナーとして頑張ってるじゃないか」

「それは、貴方の計算力あってのことでしょ。図面の引き方を知らない建築デザイナーなんて異端中の異端よ。けど、見た限り欠陥施設は無さそうね」


 二人の職業は建築家。

 人が済む民家の設計から、技術者の工房、アトリエ、果てはテーマパークの建造と、手広く行う設計専門の建築デザイナーである。主にアイデアや大まかなデザインをカーラが考え、図面への書きおこしや、計算的な部分をダンケルが担っている。界隈では名の売れた二人であり、今回の新施設の設計にも携わっていた。


 この遊園地を頻繁に利用しているのは、優待券があるからだ。なお、本筋には関係ないが、レストランは優待券が使えないため、ダンケルの自腹だ。


「ねえ、ダンケル。次は向こうのお化け屋敷なんてどう?」

「おいおい、いつも言ってるだろ。僕はなんだよ。勘弁してくれ」


 幼いころ、両親に叱られ納屋に閉じ込められて説教されて以来、暗闇が怖くてたまらないのだ。夜は必ず懐中電灯か光をともせる魔導具アーティファクトをもって外出するし、必要が無ければ暗いところに近づくことはない。

 ましてや、暗所を歩きながら突然驚かされるお化け屋敷など、彼にとっては天敵のようなものだ。特に暗闇で閉鎖された場所にいると気が狂ってしまいそうになるのだ。


「そうね。わがまま言ってごめんなさい。私たちがメインで手掛けた場所だから、どうしても見ておきたくて…」

「ごめんよ。君がプラントホラーステージの設計に力を入れていたのは知っているんだけど…。どうしても怖くて。どうしても気になるんだったら一人で見てきてもいいよ。僕はお土産を見てるから」


 植物専門の魔術師であるファスに直接話を聞きに行ってまで、頑張ってデザインをしていたのを間近で見ていたからこそ、胸が痛んだ。結局、完成直前の試験ですら彼は立ち会うことを拒んで代理をたてていたのだ。

 治そうと思っても、暗闇に何かがうごめいているかもしれないと考えてしまい、耐え切れなくなるのだ。


「うーん。一人で行ってもつまらないし。いいわ。私もお土産見たいし…」


 彼女に気を使わせていることに罪悪感を抱きながら、ジェットコースターに乗り込む。

 晴天の中を猛スピードで走り抜け、穏やかな樹木の雰囲気の中を通るのは気持ちがよく、二人の沈んだ気持ちを吹き飛ばしてくれた。


 すっかりテンションを戻した二人は、次のアトラクションへ通路を歩く。しばらく歩いていると、フードを被った人物がふらふらと歩いていた。最初は気にも留めなかったが、こちらに向かってきているようで、否応なく視線が持っていかれた。


「お二人さん。お悩みのようでして…?」

「え、私たちですか?」


 声を掛けられたカーラが驚く。

 高そうな灰色のローブに、顔を隠すようなフード。顔つきや表情も読めず、声音から察するに男だとは思うが、丁寧で気品ある口調からすると女とも見える。ただ一つはっきりしているのは、目の前の人物が魔術師であることだけだ。

 その証拠に、ローブのいたるところの魔術式が描きこまれていた。擦れたり汚れたりしていることから、あくまで雰囲気を演出するための物であって、実利は無いのだろう。


「私、占い師をやっていましてね。どうです、向こうで見てあげましょうか?」


 男が指さした方向には、変に手入れのされていないような植物で隠されるようにテントが張られていた。下手をすれば木の陰に隠れてみえないだろう。なにより遊園地の園長から渡された設計要件書には、あの怪しいテントを入れるというスペースは提案されていなかったはずだ。


「おかしいな。あの辺りは花壇のはずじゃ…?」


 だが、クライアントが直前で設備を変えることは良くあることだ。ましてや、この周辺は二人が設計したのではなく、別な建築家が手掛けたもの。初期構想とは変わったのだろう。


「じゃあ、入ってみる?」

「んー。まあ時間はあるしな…」


 入ってみようとカーラは言うが、彼は少し怯えていた。テントということは中が薄暗いのでは?と懸念しているのだ。先にカーラがテントの中に入っていくと、すぐに戻って顔だけをだして

「中は結構明るいよ。大丈夫なんじゃない?」

 と言った。


 ダンケルがテントの入り口を開けると、かすかに光が漏れ出している。これならば自分でも入れるだろうと安心して中へ向かっていく。すっかり怯えも取れて、プロポーズの相談でもしようかなどと考えていた。もっとも、彼女が隣にいる状況では聞くに聞けないが…。


「それで、お話を聞かせてもらえますか?何か道しるべを示せるかもしれませんよ」

「えっと、彼が暗所恐怖症なんです。暗いところが苦手で、夜道も歩けないんですよ」


 話を聞いた魔術師が、目の前の水晶に手を触れる。

 どうやら光源を兼ねているようで、だんだんと明かりが失われていった。おもわずダンケルは立ち上がり、逃げ出そうとする。が、思うように体が動かない。


「暗心の円環。怖い怖いを捨て去って。暗い暗いを飲み込んで。さあ安心して。怖がらないで。暗闇は君の味方だ。恐怖と共に幸せになろう?君には暗心を与えよう」


 強烈な眠気に襲われ、次に目を覚ますと病室のベッドに寝ていた。傍らには泣きはらしたようなカーラと、同じく目を真っ赤にした母がいる。

 少し離れたところには、腕を組んで座ったままの体勢で父が寝ていた。


 ふと時計を見てみれば、深夜一時。

 自分の身に何が起きたかもわからずに茫然としていた。状況を理解するためにナースコールを押すと、看護師だけでなく医師も一緒に部屋に入ってくる。


 音で目が覚めたのか、両親と彼女が起き上がっては体調を心配してくるが、何ともないのだ。そのことが余計に、彼の頭を混乱させた。


「ちょっと体を見させてね…。お父様、すみませんが明かりをつけてもらってもいいですか」

「わかりました。」


 父が電気のスイッチを押すと、またも彼は意識が飛ぶ。石化したように体が硬直して、喉に肺が詰まったかのように声が出ない。明かりをともしたはずなのに、視界は暗闇に包まれ、五感の全てが途切れたような感覚に陥る。


 自分の体がどうなっているかもわからずに、ただ暗闇の中に閉じ込められていた。

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