凡庸!!マギカ一家

 老人が治療を終えて出ていく。

 息子と思われる青年の車で送り迎えをしてもらっているようだ。


 半ば取り上げるようにして奪った機械マキナ『コルセット』

 それを眺めながらため息をつく。

 ドクター・マギカこと、レンド・マギカは重度の機械嫌いだ。しかし、彼の妻であるシルヴァ・マギカは魔力を持たない機械発明家である。


 お互いの才能に敬意を表しており、恋愛的な意味で愛している。

 だが、致命的にウマが合わないのだ。


 彼らほど極端ではない者の、多くの魔術師は科学を嫌っているし、たいていの科学者は魔術を信用していない。そして、どちらでもない者たちのほとんどが、どうでもいいと思っている。


 人類の進歩は、一部の魔術師によって支えられてきたが、科学の発展によって駆逐されつつある。

 空は魔術師の特権であったのに対して、飛行機や宇宙船が開発された。

 深海に耐えきれるのは魔術で強化された者だけだったのに対して、どんな水圧にも耐えられる深海探査艇を作り上げた。

 馬よりも早く駆けるには、魔術による合成獣キメラに頼らざるを得なかったが、今では特急車両がそこら中を走り回っている。


 だからこそ我々は、魔術と科学を都合よく利用することで快適な暮らしができるのだ。

 もっとも、その話は今は関係のないことではあるが。


 三人が食卓に並び張り詰めた空気を醸し出している。

「また、私の発明品を患者から取り上げたんだって?」

「お前の患者じゃない。俺のだ。」


 目玉焼きの黄身を崩しながら言う。

 真ん中に醤油を垂らし込みながら高圧的な態度を崩さない。


「お父さん、お醤油とって」


 スズが使った醬油をシルヴァが受け取った。

 目玉焼きは綺麗な形を保ったままだ。


「痛みが少なくなるならいいでしょう?あと、皿汚れるからその食べ方やめてって前も言わなかったかしら。お馬鹿さん?」

「俺の治療の邪魔になるんだよ。魔術痕跡データがずれたらどうする?皿についてはすまない…」


 娘の前で口喧嘩を続けるも、全く意に介さずに朝食を楽しんでいる。

 いつもの事であるため、いまさら気にしないのだろう。

 小さくごちそうさまと言って片付けようとすると、


「「スズ!ミニトマトも食べなさい」」

 目ざとい二人に呼び止められた。

 しぶしぶ席に戻って野菜を口に運ぶ。


「それより、今日は休みなの?」

「いや、午後から急患の用事が出来た。新しく来る患者だ。お前も見るか?」

「ええ、同席させてもらうわ」

「私もお手伝いできる?」


 目を輝かせながら尋ねる。レンドが一瞬難しそうな顔をするが、取り繕ったような笑顔で拒絶した。

「今回の患者は難しそうだからな。お前にできることはないだろう…」


 彼の言葉に対して、シルヴァが怪訝な目を向ける。

 この男が『難しい』などという言葉を使うはずがないのだ。常に高飛車で傲慢不遜な態度を崩さないレンドがそういった物言いをするのは珍しいことだった。


「症状は?聞いてないの?」

「おそらく『ペキペキ病』だ。まぁ、お前の出番はないとは思うが念のためにな」


 さきの老人との会話で大体の当たりはつけていた。当然、患者本人に話を聞いてみないと断定はできないが、ほぼ間違いなく当たっているだろう。


 ふざけた名前とは裏腹に、全身の骨が突然折れる奇病。レンドが原因と治療法を突き止めるまでは、一生を共にする病とも思われていた。

 無論骨折の痛みは感じるし、完全に折れきった後すぐ回復するため、二重に痛みを伴う最悪の病である。


「貴方が難しいというなんて、その娘の病状はそこまで悪化しているのかしら?」

「…見てみないと分からないな。まぁどのみち今日中に治療するというのは無理だろう」


「今日何かあるの?」と尋ねかけて気づいた。

 目の端に気落ちした様子で自室に向かう娘の姿を見つける。今日はひさしぶりに休診にして三人で大きな市場に行こうと約束していた。

 方法は違えど、二人とも腕のある医者である。そう簡単に休める立場ではない。予約患者がいなくても、カルテを纏めたり、研究や発明で忙しい身。交代で休みを取ることはあっても二人そろって診療所を空けることは稀だ。


「…あの娘、つらい思いをさせるわね。」

「俺たちはお互いを知りつくしているから構わないが、あの娘は違うからな。さみしい思いをさせる…」


 移住してきたばかりで1年も経っていない。未だ市民権を得てはおらず、学校に通わせることすらままならないのだ。

 勉強という面では、世界一の教師が二人もついているため、最高に恵まれているが、スズに友人と呼べる存在は居ない。だからこそ、家族の時間を大切にしたいが……


「ままならないな。」

「そうね…。それより、食べ終わったなら早く片付けてくれる?」


 腕組みをして食卓に座るレンドを睨む。レンドは大人しく従った。


 しばらく魔術道具の準備などをしていると、再びチャイムが鳴る。続けざまに木製の扉を丁寧に叩いて、くぐもった男の声が聞こえた。すこし焦っているようだ。


「開いているぞ。入りたまえ」


 シルヴァに言われて新品の白衣に取り換えたドクターが彼らを呼ぶ。

 玄関を開けたのは、父親のようだ。その後ろにはつばの広い赤帽子の女と、消音サイレンスの魔術が編まれたマスクをした少女、歳は10か11程度。間違いなくスズよりは上だろう。

 マスクは使い捨ての市販品で、外した途端に効力を失った。


「初めまして。ドクター・マギカさんでお間違いないですか?」

「いかにも、私が魔術医ドクター・マギカだ。その娘が患者かな?」


 母に押されてレンドの前に立たされた。

 この地域では珍しくもない茶色の髪、薄く黒が混ざっているのは父譲りだろう。病気のせいか肌を搔きむしったような痕が残っており、皮膚はボロボロになっている。

 怯えたような目つきで、視線がさまよっており、指先が青白く栄養失調気味らしく、口の周りの乾燥具合からして頻繁に嘔吐を繰り返しているようだ。


「名前は言えるか?」

「……ファクトア。ファクトア・ボーン」

「父の…「アンタの名前に興味はない」


 帽子を外して名乗ろうとする男を手で制す。

 わざわざ椅子から降りてファクトアの顔を覗き見ていた。


「…骨折のペースは?一日に一回?」

「だいたい…「この娘に聞いているんだ。悪いが黙っていてくれ」

「……30分に一回くらい…」「ありがとう」


 少し苛立った表情の父親の顔をまっすぐ見る…が、すぐに目を逸らして俯いてしまう。

 後ろに立っていたシルヴァが、代わりに話し始めた。

「娘さんが前に発病したのは何時頃?」

「すでに二十分は経過している!次の骨折が始まる前に治してやってくれ!!出来るんだろう?」


 ちらりとレンドを見てみれば、首を振る。

 治せないという意味ではないだろう。


「…アンタの娘は…『ペキペキ病』という病に…間違いないだろう。…俺なら治せる。」

「なら早くしてくれ!!…ああ、金か?いくらだ!?一生かかってでも払うぞ!!」

「治療費は…儀式に使う魔術道具で50万円だ。まぁ100は超えないだろう」


 レンドから聞かされた金額を聞いて驚く。

「そ、そのぐらいの貯えならある。娘のためならその十倍出しても痛くはないさ!!早く治してくれ!!」

「治す前に…。きちんとした検査が必要だ。少し酷だが…症状が起きるまで…待ってほしい」


 詰め寄る父から逃げるように後退する。

 消して目を合わせようとせず、地面とにらめっこをしたままだ。


「どういうことだ!!」

「お父様、そのぐらいにしてください。彼は対人恐怖症で、患者以外とはまともに話せないんです」


 無類の天才である彼の唯一の弱点。『コミュ障』

 病ではなく制約。それは、いくら天才魔術医の彼でも、治せない。

 目を伏せたまま、逃げるようにシルヴァの方へと向かっていく。ファクトアの両親が、不安と驚愕を込めたため息を漏らした。


「改めて言うが、症状や反応を見てみないと判断ができない。少しつらいと思うが、我慢してくれ」


 ベッドに寝かされた少女に声をかける。

 部屋には防音魔術が施されており、どれだけ叫んでも音は漏れない。

 彼女の両親とシルヴァとレンドが壁掛け時計を見つめる。不安そうにこちらをみてくるファクトアに、一同そろって罪悪感が芽生えた。


 カチリと長針が動く音が鳴るたびに、彼女の体は震えていた。

 すると、ベッドに寝ていたファクトアが動き始める。ベキベキと枝を折るような音。


「ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!!!!痛いィィィ!!!」


 宙に突き出した彼女の指先は、不自然な方向に折れ曲がっていた。

 本来、曲がるはずのない方向に。

 それだけではない。

 二の腕の半ばごろから血が噴き出している。


 折れた骨がのぞいて、赤と白のグロテスクな現場が広がる。

「痛い!痛い!!ママ!!パパ!!たすけて先生ぇ!!!」


 その場にいる全員が悲痛な顔をする。

 たった10歳の少女の絶叫。悲鳴。頭を通り抜ける不快な骨折音。


「……ッ!」

 シルヴァが飛び出し、ファクトアの太ももに注射器を刺す。

 強力な鎮静剤だ。


「ドクター・シンス!!何をしている!!」

「私たちの娘が同じ目に合っても!!アンタは止めないの…?」


 小さく舌打ちをする。

 もしその時が来れば…。過保護な彼はなりふり構わず、ありとあらゆる治療を試みるだろう。


「彼女が起きたら、すぐに治療を始める…。彼らに…お茶でも出してやってくれ」


 そう言って部屋を出ていった。

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