紙川涼は探偵じゃない ~屋上の幽霊~

高黄森哉

第一幕 登校

第1話 Good intentions.




 狂気の定義とは、同じことを繰り返しつつ、以前と違う結果を期待することだ(アルバート・アインシュタイン)




 [平凡な朝の始まり]



 —————— にしても暑い。


 朝だってのになんだ、道を焦がすような熱波、俺の意識はぼんやりと霞む。なにか陰気なことを考えていたはずだが、跡形もなくトんだ。

 ぼーっとしてると視線は下がり目線の先、鉄板のように熱された灰色の大地、志半ばで倒れた小動物のミイラが思い思いの姿で点在している。即身仏自由形フリースタイルとでも名付けようか。そうだな審査員は悪友の安田でいいや。あいつなら、喜んで引き受けるだろう。

 いやさ、勘違いしてもらっても困るんだが、俺は小動物の死骸にユーモアを見出す狂人じゃない。ほら、証拠に『お前もこっち来るか?』みたく、フランクに首をもたげる百足の亡骸に、相当精神を削られている。どうも蟲は苦手だ。

 しかしながら、『お前もこっち来るか?』。水分を取らずに山道を歩き続ければ人間もまた似たような末路をたどるわけで、さして冗談ではない。おっと、山道は語弊があるかもな。だから標準的な田舎の通学路だと思ってくれ。つまり峠道、道の右側はガードレールを挟んで、田んぼであった。

 もう死ぬのかなと思うくらいに口喝感がひどい。おいおい、彼らに倣って面白ポーズでも用意しておくか。葬式で何がウケるだろうね。千手観音なんてどうだろう。いやいや百足じゃあるまいし、冗談じゃないぜまったく。



 Question→『山道を歩き続ければ』っておい、なんでこんな夏日に山登りしてんだよ?


 内なる不平不満が疑問形となり頭に響いた。説明しよう。この声は俺の持っている精神的防衛反応の一つだ。鬱憤が閾値を超えたとき、どこからともなく木霊する。自問自答とも言う。

 俺だってさ、したくてこんなことしてるわけじゃ、ない。ただ文化祭の準備に駆り出されただけ、やらされてるだけ、ただそれだけ。そう、我がクラスの”秋の文化祭”の出し物は、文化祭準備期間とやらの範囲で、到底終わる規模ではなかった。なかったから、うちの学級長がおせっかいにも、生徒会まで許可を取ってきて、貴重な夏休みを燃料、出し物を制作する悪魔の計画を始動させたのだ。あの悪魔め。

 ホンマモンの悪魔は、私利私欲のためにクラスを動かした山崎だろうが。実際には学級長は無罪であることを、彼女の名誉のため、ここに記しておく。まあ、山崎にも大義名分はあるのだが。


 Answer→俺は絶賛登校中、だから田舎道を歩いてる。ことは、それ以上でもなく、それ以下でもない。



 貴重な夏休み。

 夏休みだからと言って、帰宅部だし、彼女もいないしで、予定なんて皆無。ゆえ、一行日記を『今日は午後から午後になる予定だ』とか、『今日は今日とて夏休みだった』とかで埋めること間違いなし。かといって友達が少ないとか、昨今のラノベ主人公にありがちな事情があるかと言えば、そうでもなく、そもそもビッグイベントを企画する高校生なんてのは、架空の存在なんでね。ならば、この巨大連休が暇なのは、一般モブおよび現実人として、当然のことなのだ。夏休みは貴重でも何でもなく、日々は単調な繰り返しである。紙川涼かみかわりょうという、ごくごく平凡な高校生の配役のために誓おう。俺は主人公じゃない。つまりは、そういうことだ。


 では、一部を修正する。【貴重な夏休み】、削除→エラー。


 にしても、いつまで歩けばいいのやら。は、田舎特有の、牧歌的な空気を肌身に感じつつ、我が道を進む。途中で偶然、隣にいる女性と合流したからかな。普段なら余裕で、裏門にある、不可視のゴールテープを切ってる。腕時計を確認、現在時刻七時七分。ラッキーセブンのゾロ目だった。別に運なんて信じないが。


「見てくださいよ、詩丘さん」


 俺は隣を歩く知り合いに声を掛ける。彼女の名前は詩丘しおかさん。顔はずいぶんおさなで、背もかなり低い。だが、声質は見た目に反してかなり大人だ。下の名前? 下の名前は知らない。


「んん、時計。……………… 七時八分って、それがどうかしたかい。というか、もう七時なのか。私が出たときはまだ六時だったのにね」

「さっきは、七時七分だったんですよ。ゾロ目っすよ、ゾロ目。いやー、見せてあげたかったなあ」

「いや、そんなに珍しいことじゃないと思うけど。その気になれば、一日二回見れるしね」


 確かに。つまり、午前と午後で二回分か。さてと、これ以上、話題の発展を見込めないので話頭を転じようかね。


「七時七分。いやぁ、七夕を連想させますね」

「えー、そうかなー」


 こっちも不評だった。

 七夕は、とっくに終わったからな。


「そういや七夕と言えば昔、サラリーマンになりたいって、短冊に書いたんですよ。後々、子供の時の夢は叶わないって法則聞いて、今でも後悔してるんです」

「……………… ふんー。サラリーマンなら、紙川君真面目そうだし成れると思うよ。それにそれ、飽くまでジンクスだから。—————— 子供の時の夢って、身の丈あってない傾向にあるってのが、そのジンクスのカラクリだし。大人に成れば成るほど、それが出来てくるんだけどね。叶う叶う、それにまだ若いんだから」

「そすか、確かに。なんか元気出ました」


 同い年なのに含蓄のある言葉だなあ、まったく。年増という言葉が良く似合う人だ。勿論、元々の古き良き良い意味で。つまり大人びていると言いたい。

 ガードレイルを越えた先、崖下に生えてる藤ノ木を通り過ぎ、そこで中間地点通過。ようやく田んぼ道を抜けたが、まだまだ先は長い。


「まだまだ歩きますね。こんなに遠いなんて、遂に空間が馬鹿になって、代わりに非ユーグリットな空間が出現したのかよって! ……………… 普段なら今頃、裏門を過ぎてる頃合いなんですがね」


 自分でもよく分からないノリをかます。暑さにやられたのか、無駄にハイテンションだった。馬鹿になったのは、空間ではなく疑いなく自分である。もっとも、頭の残念さは、暑さなんて関係ないが。


「紙川君、流石に大袈裟」


 HAHAHAと笑う。わはは、わはは。そんなに面白かったか? 笑われ過ぎて、逆にそうでもなかったのではと心配になる。まあいい、俺も同調しとこう。

 暑さで俯きがちな顔を上げて坂の頂上を見るが、普段と変わらず四十五度、心臓破りの地獄は、ソレ自身の終わりまでアホみたいに続き、その切れ目、青空との境界で陽炎が嗤うように、いや、バカみたいに真夏の空へ溶けていた。


 ハハハ、ハハハ


 と。

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