雪うさぎと雪ちゃん

 お盆の上に まっ白な♪

 雪をこんもり もりあげて♪

 うさぎの形が できました♪


 満子が懐かしい歌を口ずさんでいる。僕たちの親の世代に人気だったグループの曲なのに、よく覚えているものだよ……お父さんかお母さんが熱烈なファンだったのかしら?


 南天の赤い実は 可愛いおめめ♪

 サラサラ粉雪 降る夜に♪

 雪から生まれた ランラ ランラ 雪うさぎ♪


 ワンフレーズ歌い切った! しかも上手い! 雪深い中で眠る小動物たちも、澄んだ歌声を聴いて起き出してくるんじゃないだろうか? 野生の白いうさぎとか出てきたら感動しちゃうなぁ――。


 僕と満子は、とある山中へと旅行に来ていた。今日はお天道様が見えているけど、毎日のように降り続いた雪で、辺りはすっかり真っ白な世界となっている。何かの雑誌を見て「雪うさぎウォッチングがしたい!」と満子が言い出したのを機に、たまには『何でも屋』を休業して温泉と雪を楽しもうとやってきたのだが……雪うさぎウォッチングって、雪の中で走り回る野生の白いうさぎを見るアクティビティじゃなかったのよね。

 満子が雑誌で見ていたのは「KAWAII雪うさぎコンテスト」というイベントの告知だった。会場は雪の降り積もる山の中でも、そのコンセプトは参加者が一同に会して自慢の雪うさぎを披露し合うというものだった。


 簡単に言うと、雪うさぎはだ。

 白い雪を固めて作った半球形の胴体に、南天や椿などの常緑樹の緑の葉を二枚付けて耳とし、南天の赤い実を二つ付け目として、ウサギの形に作るというもの。葉や実の付けどころ次第で表情は変化し、プラスアルファのアタッチメントを駆使することでえること間違いなしの雪うさぎを作ることも可能だ。

 地味なイベントだなぁと思っていたので、その規模も小さいものだろうと高を括っていたらそうではなかった。日本全国……だけではない、世界各国……いやいや。世間では人類を装っていても、僕の豊富な知識と経験からまで参加していた。ナニコレ? ドウイウコト?

 銀河系レベルでの参加者までいるもんだから、展示されている雪うさぎの数も半端ない。ついでに、仕上がりの美しさや派手さ、奇妙さにも様々だ。テーマが「雪うさぎ」なのに、白いゴキブリを触覚や足の節までリアルに表現されたものまである。そして、目だけはちゃんと南天の赤い実を使っているとか……「G」の奴、遊びに来てるな。


 というわけで、玉石混合の雪うさぎが集うイベントに満子は大はしゃぎだった。そんな彼女を見ているだけで僕は幸せなんだけど……実のところ、僕たちは山二つ分はあるであろう広大な会場のどこにいるのかわからなくなっている。ちょっとウォッチングに熱中し過ぎたようだ。来た道を戻ればいいという感じでもない。何本か枝分かれしていた道を気儘にチョイスしてジグザグと歩いてきたので、右も左もわからなくなっていた。ついでに言うと、太陽の位置も厚い雲に隠れてしまってわからなくなっていた。山の天気は変わりやすくて困ったもんだよ。


「満子、道に迷ったみたいだよ」

「ん~ふふ~♪ えっ? 迷っちゃうくらい夢中になってたのね。まぁ、これだけ可愛い雪うさぎがいっぱいあったら、道にも迷っちゃうわよねぇ♪」


 お気楽な満子は、僕の不安などお構いなしに先へと進んでいく。まぁ、なるようになるか。今までも何だかんだで運良く乗り切ってるからね。もしかしたら、七つあるミツコビジョンの中に、迷子になっても道がわかる能力なんかがあるかもしれないしねぇ……いやぁ、アシスタントに迎えてからは、僕の稼業もすっかり彼女に頼りっぱなしだ。


 雪道をしばらく歩いていていると、前方の木々に取り囲まれた間から建物らしきものが見えてきた。まだ暗い時間でもないので明かりや火の気配はわからないけど、誰かが住んでいるような生活感は見て取れた。僕は「満子、家がある」と指差して、彼女の反応を待った。


「ミツコビジョン・モードセブン」

「おぉっ!」

「うーん、建物の外には誰もいないようだけど、中には熱反応があるわね……でもなぁ、なんか変だわ」

「変? どういうことだい?」

「人間の熱反応にしては低いのよ。例えていうなら、死人レベルの低さって言えばいいかしら。でも、死人だったら動いてないはずなのよねぇ。なんか、ダンスしてるみたいにキレ良く動いてるんだな、これが」

「そ、そうなのか……あれかな? 雪の影響で熱反応が下がっているとか?」

「それは無いわ。私のモードセブンは、軍で使っているサーマル暗視スコープを基に改良された応用技術だもの。遠近、そして熱源……全て念じたとおりに自動調節してくれるのも特徴の一つよ」


 ジュゴンの女の子を見つけた時は単に目が良いだけかと思っていたけど、想像以上に精微でフレキシブルなスキルだ。さて、それを信じたとして……死人に近い熱反応がダンスをしているという現実をどう受け止めれば良いだろう?


「ともかく、もっと近寄ってみるかい? 襲われる可能性もありそうだけど」

「そうね。これは勘だけど、襲ってくることは無いと思う。友好的かどうかは別として、私たちに敵意を剝き出してくることは無いんじゃないかな」

「なるほど。女の勘は当たるからね。僕は満子を信じるよ」

「平ちゃんのそういうところが良いのよねぇ……だから、私は平ちゃんが好き!」


 仲良く手を繋いで建物へと近づいた僕と満子。よくよく見れば、時代劇で見かけるような板と藁葺わらぶきで造られた掘っ建て小屋で、入り口となる部分も蹴ればすぐに壊れそうな木製の引き戸だった。

 僕が「すいませーん、どなたか……」と言いかけたところで、急に引き戸がガラリと開いた。そこには、雪と同化したような白装束姿の女性が立っていた。背は僕よりも高く、触れれば折れてしまいそうな細い腕と脚が白装束の先から少しだけ見えている。抜けるような白く美しい肌に、目筋の整った顔立ちと妖艶な薄紅。何よりも目を見張ったのは、風が靡けばサラサラと粉雪が舞いそうな白く長い髪だった。

 古来より美人の代名詞とされている雪女……と決めつけても良いだろう。満子の言ってた熱反応の低さも頷ける。髪まで真っ白だったのは驚きだけど、そもそも雪女の髪が漆黒であるというのは誰が決めたのだろうか?


「平三郎さまっ!」

「えっ? ちょっ、ちょっと待っ……うぁっ! 冷てぇ!」

「平ちゃん!」


 僕に向かって「平三郎さま」と叫びながら飛び掛かり、その後も「平三郎さま! 平三郎さま! お会いしとうございました」と冷気全開の頬をスリスリさせて、体温を奪っていく雪女……って、誰?

 満子も「私の平ちゃんに何するのよっ!」と雪女を引っぺがそうとするけど、触ろうものなら手ごと凍らせてしまいそうな冷気で着物すら掴むことができない。そうこうしているうちに、僕の体は次第に氷の塊へと化していった。


「ゆ、ゆき……まずは、一度離れてくれないか。こ、このままだと、心臓も脳も凍ってしまう。お前と話せなくな……るぞ」

「はっ! ご、ごめんなさい。すぐに暖を……きゃっ!」

「どきなさい! この、冷血女! 平ちゃん、平ちゃん! 今、私が温めてあげるからね。ミツコビジョン・モードツー!」

「み、満子……? んぐっ!」


 雪女の抱擁から僕を奪い取った満子が、目から炎をメラメラとさせて唇を近づけてきた。顔の周りは凍っていなかったので、その熱量が直に伝わってくる。もの凄い熱さだった……熱でもあるんじゃないか? いや、それどころではない。火傷するレベルだ! でも、不思議と唇が焼けただれることはなかった。

 満子の熱いキスと抱擁で、凍り付いていた僕の全身に熱が巡り渡る。巡り巡って股間に熱さが集中しているようにも感じた。いいぜ、満子……準備万端だ! でも脇で見ている雪女を無視してまでおっぱじめることはできない。とりあえずは、三人で話し合うことが先だ。


「平三郎さま……炎の巫女に呪われてしまったのですか?」

「み、巫女?」

「ちょっと! 呪われたってどういうことよ!? それに、平ちゃんは平三郎じゃなくて平九郎よ! 紛らわしいけど、あなたの言う平三郎さまじゃないんだから!」

「そ、そんな……ようやくお会いできたかと……」


 雪女は、その場で崩れ落ちてシクシクと泣き始めてしまった。急過ぎて、状況が全く把握できてないんですけど? 満子も落ち着きを取り戻してきたので、ここはひとまず小屋に入らせてもらって事情を聞いてみるのが良さそうだ。


「満子、ありがとう。助かったよ」

「平ちゃんを凍らそうとするなんて百年早いわ。それにしても、この人は大丈夫かしら? 平ちゃんを平三郎さまだなんて……名前も似てるなら顔も似てるのかしらね」

「とにかく、彼女を助け起こして小屋にお邪魔させてもらおう。詳しい話でも聞いてあげようじゃないか」

「平ちゃんを殺そうとしてたのに、随分と優しいわね。もしかして、こういうのが好みなの?」

「ばっ、バカ言うなよ!」


 いつもの冗談好きな満子に戻っていたので、僕は「満子が一番好きなタイプだよ」と言いながら泣き続けている雪女を立たせて小屋へと連れて行った。

 小屋の中は、外観のみすぼらしさとは打って変わってメルヘンチックだった。漆喰を用いた真っ白な壁に、色々なピンクの小物を飾り掛けている。細長い観音開きの三面鏡が付いた化粧台には、可愛らしい雪うさぎも飾られていた。満子も「可愛い」と目を細めていた。


「平三郎さま……ではないのですね」

「ん? あぁ、申し訳ないけど、僕は平九郎という名です。その……何ていうか、そんなに似てましたか? 平三郎さんという人に」

「はい。もう、瓜二つです。でも……平三郎さまは、もうこの世にはいないはずなのです。私を捨てて都会へ行ってしまわれたから……」

「平ちゃんに似ている人が彼女を捨てて都会へ? やっぱり、平ちゃんが平三郎さまって人じゃないの? 平九郎って偽名とかっ!」


 満子の目から少しだけ炎が揺らめいたような気がする。ミツコビジョンのモードツーは炎を操る能力かなと勝手に想像しているけど、火傷しそうなくらい熱いのはマジで勘弁して欲しい。僕は慌てて「いやいやっ! 本当に知らないって。別人だって」と反論した。

 僕たちは『何でも屋の平ちゃん』であることを明かし、今日は雪うさぎのイベントを見に来て道に迷ってしまったことを伝えた。彼女は『何でも屋』という生業を知らなかったけど、何でも依頼を安請け合いするサービスには興味を持ち始めたようで、終いには「どうか、平三郎さまと再び会えますよう」と依頼まで持ちかけてきた。


「その依頼は安請け合いしても構わないけど、もう少し詳しい平三郎さんの個人情報を教えてもらえないかな? 都会へ行った後どうなったのか、生きているのか、死んでいるのか……そういえば、さっきはこの世にいないようなことも言ってたけど?」

「すいません。少し取り乱してました。平三郎さまが行かれた先は、都会とは言っても江戸と呼ばれるところなのです」

「江戸!?」

「はい、私を捨てたのも何百年も前のことで……」


 どうやら雪女は長生きできる種族らしい。平三郎は人間だったので、もうとっくに死んでいる。江戸という街も今では東京と名が変わり、彼女の住んでいる辺りも少しずつ開発の波が押し寄せて変化し始めている……とのことだった。

 さすがに時空を超えて平三郎と再開させる能力は持ち合わせていないので、今回の依頼は安請け合いすらできない。残念無念と言いながら小屋を出ようとすると、しんみりとしていた雪女が「今日は泊まっていきませんか?」と誘ってきた。

 どうしたものかと満子と顔を見合わせ思案したけど、久しぶりの客人に嬉しさが溢れたのか「泊まってって下さいよぉ」と甘えた声まで出して引き留めてきたので、お言葉に甘えて一泊させてもらうことにした。特に急いでいる旅でも無いしね。


 皆が寝静まった夜――僕は急に寒気を感じて目を覚ました。横を見れば、例の雪女が白装束を絶妙に乱して添い寝している。色々な意味で危機を感じ、逆サイドで寝ている満子の方へと振り向こうとしたら、小声で「今日だけ……お願いします。平三郎さま」と僕の首に手を回して身動きがとれないように圧し掛かってきた。

 声が出なかった……恐怖のあまりか? いやいや、冷気が口の中まで入り込み麻痺しているのかも? 細身の体とは思えない力で僕を組み伏せるものだから、満子に助けを求めることもできなかった。雪女は、たがが外れたように僕の体を弄んでいる。


 男とはどうしようもない生き物で、こんな状況でも快感と分かればたぎってくるものなのだ。体の麻痺にも慣れて、少しだけ顔や目を左右に振ることもできるようになってきた。ふと、満子の方へ目を向ける……すると、満子は僕と雪女の行為をガン見していた。

 弁解することも叫ぶこともできない僕に、満子は「どうぞ、ごゆっくり」と慈悲にも似た表情で囁きクルリと背中を向けてしまった。怒っている様子は見られなかったけど……雪女に同情して一回だけなら許してあげようという心意気でも見せてくれたのだろうか。僕は観念して、雪女の好きなように抱かれることにした――。


 夜中に雪が降ったのだろう。小屋の扉を開けると、昨日の道が埋まるほどの銀世界が広がっていた。幸いにもお天道様が出ている。雪女に教えてもらったルートで、なんとか宿泊先のホテルへ戻れそうだ。


「平ちゃん、気持ち良かった?」

「ん? そりゃあ、まぁ……満子も参加してくりゃあ……ね」

「うふふ。雪ちゃんのために、飛び入りは止めようと決めていたんだけど、やっぱり我慢できなかったよ。たまには良いもんでしょ? 私と……別の美人さんも交えてゴロゴロするのも」


 いつのまにか「雪ちゃん、みっちゃん」と呼び合うくらい仲良くなってしまった雪女と満子……冷静と情熱の間なんて言うには物足りないくらいの経験をさせてもらったよ。帰りの道すがら、満子が「平三郎さんって、平ちゃんのご先祖様かもね」と揶揄してきたが、もしかしたらもしかするかもしれない。


 南天の赤い実は 可愛いおめめ♪

 サラサラ粉雪 降る夜に♪

 雪から生まれた ランラ ランラ 雪うさぎ♪


 満子の美声が雪山に響き渡る。遠くで野ウサギが跳ねているのが見えた――。

 *挿入歌「雪うさぎ」/チェリッシュ

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