第6話

「どう考えたってあの状態だったら二倍でも安いくらいだ! そうだろう? ジュエル⁉︎」

「はぁ……クレイさぁ。その脳筋というか、思いついたままに口に出す癖そろそろ止めたら? まぁ、バレちゃったから言うけど、確かに上手く売れば、百万リラはくだらないだろうね。それよりも、発掘屋にとってはそれ以上の価値があるんだけど」


 クレイはジュエルに同意を求め、ジュエルもアッシュと同じようにため息をつきながら応えた。

 どうやら私の勘違いで、クレイはむしろ相場より安く買い取ろうとしていたアッシュを咎めてくれたみたいだ。


 気付いたとしても黙っていれば損するのは私だけなのに、思ったより根がいいやつなのかもしれない。

 クレイとジュエルのやり取りを受けて、アッシュが私に細く説明をしてくれた。


「クレイが言ってることが間違っているわけでもないですし、私がエマさんを騙そうとしたわけでもありません。今回の提案をするのにはいくつか理由があります。初めから順を追って説明するつもりだったのですが」

「はぁ……」


 アッシュはそう言っていたものの、本当に初めから全ぶ説明してくれるつもりだったのかは分からない。

 相手もこれが商売なのだろうから、そういう人は眠りにつく前に何度も見てきた。


「もしエマさんが正規のルートでその魔道具アーティファクトを売ることができれば、私が提案した金額よりも多く手に入れることができるでしょう。ただ、知識を持たないエマさんが上手く売れる保証はありません」

「正直な話。どっかの強欲に力づくで奪われる方が可能性としては高いだろうなー」


 アッシュの説明にジュエルが合いの手を入れる。

 確かに、そもそも三人に会うまで魔道具にそんな価値があることされ知らなかったし、どこに行けば買い取ってくれるのかも分からない。


 私一人で適正価格で売るというのは現実的な話じゃない気がする。

 それに、ジュエルはまだしも、クレイやアッシュのような人から身を守る術も、今の私には何もない。


「合わせて、知識というのは時に金よりも価値のあるものです。一般的な常識すら失ってしまったエマさんが今必要なのは、当面の資金、そして生きるのに必要な知識では?」

「確かに。正直、今の私だけだとお金があっても生きていく自信がないわ。ジュエルが言ったようにお金すら奪われるかもしれないしね。分かった。その提案、乗るわ」


 私の言葉に、アッシュが一度、大きく首を縦に振った。

 再びクレイが割って入る。


「おいおい、良いのかよ? その魔道具アーティファクトなら、すぐにでも買い手がつくぜ?」

「うん。大丈夫。アッシュの言う通りだし。それに、クレイ。あなたが思ってたより良い人だってことも分かったしね」


 私は笑顔をクレイに向ける。

 おそらく、本心から相場よりも安い価格を提案されている私のことを、気遣ってくれているのだろう。


 少し口が悪いところもあるけれど、憎めない性格だというのが分かった気がする。

 そんなことを思っていると、再びクレイは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。


 うーん。前言撤回。

 いくらなんでも、これで怒るのは短気すぎる気がするかも……


「了承してくれて助かりました。念のため、先ほどの魔道具アーティファクトを確認させてもらっても?」

「ええ。良いわよ」


 そう言って、腰のベルトに繋いだままにしてあった魔道具をアッシュに渡す。

 横で見ていたジュエルも、興味津々の様子だ。


「驚きましたね……こんなものが世の中にあるなんて……もしかしたらエマさんは大損をしたのかもしれません。私が思っていた以上に、この魔道具アーティファクトは素晴らしい」

「これだけ明るいのに、ちっとも熱がない。これはかなり後期に創られたやつだろうな。百万リラでも安いかもしれない」


 私が渡した魔道具をまじまじと見つめながら、アッシュとジュエルはそれぞれ感想を述べる。

 正直、大したことのない魔道具でこんなに色々言われるのは、創った身としてはなんだか恥ずかしい。


「ねぇ。さっきからその魔道具アーティファクトが凄く価値のあるものだって言ってるけど、ただ光を作るだけの物に、そんなに価値があるの?」


 思わず強く疑問に思っていたことを口にしてしまう。

 それに反射するように、アッシュとジュエルが次々に口を開いた。


「価値があるかですって? それはもちろん! 遺跡は基本的に暗闇に閉ざされています。中を探索するには灯りが必要。ランタンや松明は燃料が必要ですし、引火などの心配もあります。熱に敏感に反応する魔獣も多いですし」

「これは特に明るいけど、これだけの明るさを手に入れるのは、魔道具アーティファクトじゃないと無理だろうな。視界の確保は明確に生存率に直結するからね」


 言われてみれば、日常にあり過ぎて気にもとめなかったけれど、光源の魔道具がなかった場合に、他の方法で光源を確保しろと言われると色々大変かもしれない。

 自分の常識がこの時代では非常識なんだと、改めて実感した私は、せっかく提案してくれた常識の提供という特典を、しっかりと活用しようと心に決めた。

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