01-02 一体どうしてこんなことに(1)


「ないわー、ないない、ないでしょ。ありえない。なんで私が魔王になってんのよ」


 広いベットの上で毛布に包まり、何度目になるかわからない台詞を口にした。


 どこだろう、ここ。日本の私の部屋とは似ても似つかない、広い西洋風の部屋だ。私が転がっているベッドは大の字になっても端に手が届かないほど大きいし、天蓋もついている。窓のそばには机と椅子。壁際には全身を映せる大きな姿見とクローゼットも置かれていた。


 部屋そのものにも、置かれている家具にも、全てに見覚えがない。なんだここは? というのが目を開けた瞬間の感想だった。夢じゃないとおかしい。絶対おかしい。


 私はちょっとオタクに足を突っ込んだだけの、ごくごく平凡な女子大生のはずだった。少なくとも、大学の帰り道で交通事故にあうまでは。自分の方に真っ直ぐ走ってくるトラックが目に入り、『あれっ、これ死ぬのでは?』と思ったところまでは覚えている。


 瞬きして次に目を開けた時、私は魔王――正確には〝次期〟魔王ディアドラの姿で鏡の前にいた。


 今の年齢は十歳。赤いくせっ毛に気の強そうなつり目、尖った耳、頭に生えた二本の角。背中がばっくり開いた服からは黒い羽が出ている。私が知っているディアドラよりかなり若いし、今の時点ではまだ魔王ではないけれど、私が昨日までプレイしていたゲームのラスボスで間違いない、……と、思う。


 走馬灯代わりの夢でも見ているのかな? ゲームの中にいるなんて夢だとしか思えないのに、頬をつねると普通に痛い。まさか生まれ変わり? それとも憑依?


 悩んだところでわかるはずもなく、大きなため息をつくしかない。お願い誰か説明して。


 なぜかディアドラとして生きてきた十年の記憶もある。現魔王の父親が住まう城で暮らしていて、わがまま放題。気に入らないことがあろうと無かろうと使用人を傷つけては笑い、近くの森で魔獣をいたずらに狩っては楽しんでいる。まだ魔王になっていないというのになかなかひどい。まだ十歳なのにその辺の大人よりずっと魔力値が高く、攻撃魔法はだいたいマスター済だ。回復魔法もちょっと使える。


 日本で生きた二十年の記憶と、この世界で生きてきた十年の記憶が二重にあって、なんだか不思議。……といっても、ディアドラとしての記憶は最近観た映画のようで、他人事みたいに遠く感じる。


「ステータス」


 何もない空間を指でなぞると、半透明に光るウインドウが現れた。薄いウインドウにはディアドラの名前や各ステータスの数値、使用可能スキルなどが記されている。ゲームかよ! と言いたくなる謎現象だけど、ディアドラの記憶があるせいで、常識にも感じる。


 ディアドラ、レベル八十五。魔力値が特出しているけれど、それ以外も全体的に高い数値だ。聖女であるヒロインは十六歳でレベル一からのスタートだったことを考えると、チートにもほどがある。ディアドラはこれから最凶最悪とうたわれる魔王になるのだから、まあ当然とも言えるのだけど――いやでも何なのこれ――?


 頭を抱えていると、コンコンと控えめなノックの音がした。


「ディアドラ様、お食事が出来上がりました」


 この声は使用人のサーシャだ。声をかけるだけで部屋に入ってこないのは、ディアドラに怯えているからなのかもしれない。


「……行く」


 確かにお腹がすいた。いったん悩みは棚上げすることにして、ステータスウインドウを消してから、私はベットを抜け出した。


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