二度目の人生で巡り逢う奇跡に〜二度と魔法は使わないと誓った転生令嬢のお話〜

遥月

第1話

「————なんで魔法を使おうとしないのよっ! アイファ!!」


 王立魔法学院の中で貼り出されていた成績表。

 それにバン、と手をついて悲鳴じみた声をあげたのは、私にとって親友とも言える少女——メル・フェデリカであった。


「上から……わあ、五番目だ。私にしてはかなり成績良くない?」

「……話を逸らさないで、アイファ」


 親の仇でも見るように、睨め付けられる。

 別に私、悪い事なんて何もしてないのに。


「……魔法の実技さえ出来ていれば、アイファが間違いなく一位じゃない。これ」


 そうして私から視線を外し、メルはある場所へとその視線を動かした。

 向かった先は、私の成績表。


 それも、魔法実技0点という部分にだ。


 しかも、私の魔法実技が0点というのは今回に始まった話じゃなくて、かなり前から。

 お陰で、アイファ・エクタークは魔法がロクに使えないんだろうって噂されるようになっていた。


 メルが怒っているのは、それについて。

 私が実は魔法をちゃんと使えるって知ってる数少ない人だから、こうして怒ってる。

 ちゃんと使ってさえいれば、〝魔無し〟なんて陰口を叩かれる事もないだろうに、って。


 魔法が使えない魔力無し。

 だから、〝魔無し〟。


 単純明快で実に分かりやすいあだ名であった。


「そうかもね?」

「そうかもねって、貴女……」


 怒られようが、陰口を叩かれようが、ちっともこのスタンスを崩そうともしない私に呆れてか。

 殊更に深い溜息が聞こえてきた。


 そして、メルが大声を上げた事によってすっかり周囲の注目を集めてしまっていた。

 その事実を遅れて認識した私はすっかり居心地が悪くなってしまった場から退散すべく、足を動かす。


「ち、ちょっと! どこ行くのよ、アイファ!」


 とはいえ、メルは立ち去ろうとする私の後をついて来るようであった。


 ————〝魔無し〟のインチキ女。


 ぼそりと口にされ、確かに私に向けられていた陰口を聞こえないフリでやり過ごしながら、私はその場を後にした。



 †


 そしてやって来たのは魔法学院に位置する屋上。


 人の気配なんて全く感じられないこの場にて腰を下ろし、始業までの時間潰しをって思っていた私は後ろからついて来ていたメルに向けて、口を開く事にした。


「ねえ、メル」

「……なによ、アイファ」


 呆れてるようだった。

 でも、メルのその気持ちもよく分かる。

 それだけ馬鹿な事をしてるって自覚もあった。


 そして、五秒、十秒と逡巡を挟んだのち、やっぱり、メルにはちゃんと話しておこう。

 これ以上、何も知らないまま、心配を掛けるわけにはいかないし。


 そう決心をして、私は胸の内に仕舞い込んでいた秘事を打ち明ける事にした。


「メルにだから言うけど、私さ、ずーっと、ずっと昔に誓った事が、あるんだよね」


 魔法をなんで使わないのか。

 そんなやり取りをするようになって、もう一年くらい経つっけ。


 過去を思い返しながら、私は脈絡のない言葉を並べ立てる。


「滅多な事がない限り、魔法は使わないって。そう、誓ったんだ」


 それが傲慢であり、慢心であり、馬鹿で、アホで、どうしようもなく理解されない拘りであると自分でさえも理解して尚、私は愚直に貫いていた。


 誓ったから。


 そんな理由、一つの為だけに。


「ちかっ、た?」


 使えない制約とか、もしかするとあるのかもしれない。あれだけ叫んでいたメルの事だ。

 そんな予想をしていたのかもしれない。

 

 私の陳腐でありきたりな言葉を耳にして、彼女は素っ頓狂な声をあげていた。


「うん。誓ったの。それも、大事な人の前で誓った事だから。だから、違えたくはなくてさ」


 別に違えたからといって何か罰があるわけでもないけど、私は守っていたかったんだ。


 この誓いは、あの人、、、との、思い出でもあるから。こうしてずっと守ってる限り、あの人との思い出を忘れないでいられる気がしたから。


「……それって、誰の事なのよ、アイファ」


 私とメルは、家族ぐるみで付き合いがあった事もあり、16歳の今現在の時点でもう十年以上も付き合いがあった。

 だから、色々と隠し事もバレてしまってる。


 私が、魔法を使おうとしてないだけで、実は使える事とか。


「メルの知らない人だよ。……すっごい不器用で、すっごい優しくて。それでもって、私が初めて好きになった人、、、、、、、


 私の言葉にメルが驚いたのか。

 後ろから、息をのむ音が聞こえてきた。


 色恋になんててんで縁のなかった私の口から、そんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかったのかもしれない。


 でも、いるんだなこれが。


 って心の中で言葉を返す今の私は、それなりにいい笑顔を浮かべていたと思う。


 メルにも会わせてあげたかったけど、私でさえも、もう会えない、、、、人だから、会わせてあげるとは口が裂けても言えなくて。


「だから、私は魔法を使わないんだ」


 風化してしまう事が怖かった。

 大切な****あの人との思い出が消えて無くなってしまう事が何より嫌で怖かった。


 魔法を使えるのに、使わない。

 なんて馬鹿な真似を私が貫いてる理由は、そんな理由からだった。


 今となっては、その誓いだけが、唯一の繋がりのようなものでもあったから。


「それにね。ここだけの話、私ってあんまり魔法の事が好きじゃないんだよね。だって、ほら、魔法ってさ、便利だけど危ないじゃん? 色んな事の火種になったりするから。そんな事もあって、私はあんまり好きになれないんだ」


 魔法を好き好んでるやつが、魔法を使わない。

 なんて誓いを溢す筈もない。

 だから、その感情は既にメルに気付かれていただろうけどあえて、口にしておく事にした。


「……でも、使わなきゃいけない時は、躊躇いなく使うよ。メルを助けた、あの時のように。それに、これは****あの人との約束でもあるから」


 メルがこうして私に付き纏う理由は、幼馴染であるから、という理由であるとは思う。


 ただ、きっとこうして節介を焼こうとする最たる理由は、幼少の頃に私がメルを魔法を使って助けた事があるからだ。


 助けたかったから、助けた。

 だから、魔法を使う事をあの時は躊躇う事をしなかった。


 ああ、うん。それでいい。

 魔法というものは、そういう時にのみ、使って然るべきだ。私自身がそう決めたのだから、それが正しい姿。だから後悔なんてどこにも無い。


 でも、私の中ではどこまでも、魔法とは特別でなくてはならなかった。私が私である限り、その感情だけは失っちゃいけなかったんだ。



 そして私は、始業までのすこしの間、あと僅かの時間だけメルに向かって語る事にした。

 暈しながら、少しだけ内容を変えながら、私がそんな誓いを溢すキッカケを作ってくれた過去の思い出を。



 私以外、荒唐無稽としか思えないであろう大事な、大事な————前世の話を。

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