第22話 僕と部屋

「なあ、暁斗あきと。たまにはお前ん家に遊びに行ってもいいか?」


 とある放課後、智也ともやから突然そんなことを言われ、思わず考え込んでしまう。

 ねね子に出かけていてというのも難しく、かと言ってぬいぐるみの姿で放置というのも可哀想だから。

 そうなると、断るという手段しかないのだが、そこで一つ問題が発生した。


「暁斗くんの家って一人暮らしなんやっけ?」

「え、あ、うん。そうだけど……」


 話に関係のなかったはずの橙火とうかが、キラキラとした目で割り込んできたのだ。


「ウチ、一人暮らしの男の子の家って見たことないんよな。行ってみたいわ」

「いやいや、それなら俺の家でもいいだろ」

「智也はムリ。変なこと考えるやろ」

「言っとくけど、お前にその気は湧かねぇからな?」

「ウチの方こそ、あんたに魅力なんでこれっぽっちも感じんわアホ」

「言ってくれるじゃねぇか、この野郎」

「いってやったわよ、このあんぽんたん」


 仲がいいのか悪いのかよく分からない2人の喧嘩は「まあまあ、まあまあ」と何とか仲裁し、話の路線を元に戻す。


「どの道、僕の家は無理だよ」

「やっぱり彼女でも連れ込んでるのか?」

「ち、違うよ?!」

「違うなら何の問題があるん?」

「それは……その……」

「優柔不断な男は嫌われるぞ。じゃ、今から暁斗ん家でゲームな」

「お菓子も買ってくべきちゃう?」

「名案だな、コンビニ寄るぞ」

「え、あ、ちょっと……!」


 バラバラかと思えば団結して強引に事を進める2人。暁斗はすぐに断ろうとするも、そんな彼らに流されて頷かざるを得なくなるのであった。

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「ここが暁斗くんの住んでるマンションかぁ。思ったより広そうやな」

「親がいいところを選んでくれたからね」

「俺が同居しても大丈夫そうだな」

「それは勘弁してよ」


 そんな会話をしつつ、自分の部屋の前まで来た暁斗は、「片付けるからここで待ってて」と伝えて先に中へ入る。

 そして「おかえ……な、なんにゃ?!」と驚いているねね子にぬいぐるみに戻ってもらってから、彼女を小脇に抱えて部屋を飛び出した。


「おお、暁斗。思ったより……ってどこ行くんだよ」

「すぐ戻るから!」

「……どうしたんやろ」

「……さあ?」


 彼は階段を使ってひとつ下の階へ降りると、自室の真下に当たる部屋のインターホンを押してねね子に人間へ戻ってもらう。

 それから、顔を出した夏穂なつほさんに「しばらく面倒見てあげて」とねね子を任せ、大急ぎで智也たちのところへと戻った。


「お、お待たせ……」

「暁斗くん、大丈夫? 息切れてるみたいやけど」

「平気平気……ど、どうぞ。中に入って」

「ああ、そうだな。お邪魔させてもらうぞ」

「お邪魔しまーす」


 一つ下の階であれば、ねね子へ愛情ポイントは送られる。つまり、彼女が人間の姿を維持していられるわけだ。

 それなら夏穂さんに預けても問題は無いし、後でお礼として何か奢ってあげれば大丈夫だろう。

 暁斗は呼吸を整えてから2人に続いて中へ入ると、奥のテーブルが置いてある場所まで案内した。


「床に座るのもなんだし、そこに置いてあるクッションを使ってもいいよ」


 そう言って指差したものを手に取った橙火は、それを見つめてクスリと笑う。

 男の家にクッションがあることはおかしいのだろうかと思ったが、そういうことでは無いらしい。


「暁斗くん、猫好きなん?」

「え、どうして?」

「クッションが全部猫柄なんやもん。色も全部バラバラで、こだわってる感すごいで?」

「そう言えばそうだった……」


 猫が好きだからクッションも猫にしようと張り切って選んだはいいものの、猫におしりを乗せるのは如何いかがなものかと結局一度も使わなかったのだ。

 ただ、使用されてこそのクッション。せっかくのチャンスなのだからと、2人に合わせて自分も使ってみることにする。


「ウチは茶色い子にするわ」

「俺は灰色な」

「じゃあ、僕は黒だね」


 一つだけ余った白猫は近くに置いておくとして、心の中で『ごめんね』と謝りながら腰を下ろしてみた。

 すると、想像していたよりも座り心地がいいでは無いか。使わなかったのが勿体ないと思えてしまうくらいに。


「……ふふ」

「ん? 秋野あきのさん、どうかした?」


 ほっこりしていた暁斗が、当然笑い始めた橙火に首を傾げると、彼女は口元に手を当てながら呟いたのだった。


「なんて言うか、男の子の部屋感が無いなって」

「……そうかな?」

「確かに。ちゃんと食器とかも片付けてあるしな、俺なんか出しっぱなしだぞ?」

「これは暁斗くんの部屋では、『男の子の部屋を学ぶ』って目的は達成されなそうやね」

「なんというか、ごめん……」

「謝らんくてええよ」


 その時、彼女が口にした「ウチはこの部屋、好きやもん」という言葉に照れた暁斗が、智也からニヤニヤとした顔を向けられたことは言うまでもない。

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