第8話 みんな同じ猫なのだから

「私と他の猫、どっちが大切なのにゃぁぁぁ!」


 ねね子がそう叫んだ瞬間、店中の客と店員だけでなく、猫までもが一匹残らず彼女の方を振り返った。

 それでも怒り心頭なねね子は躊躇うことなく暁斗あきとを睨むと、次に彼の膝の上にいるましゅまろに「シャー!」と威嚇する。


「ニャ?」

「ましゅまろ、いい気になるんじゃないにゃ!」

「ニャニャ!」

「そう言ってられるのも今のうちにゃよ。ご主人が好きなのは私にゃからにゃ!」

「ニャーニャー」

「え、別に好きで構ってるわけじゃにゃい?」

「ニャニャ、ニャーニャ」

「一番人気の猫は高級キャットフードが貰えるから、そのために媚びてるだけなのにゃ?」

「ニャー♪」


 ましゅまろの言葉は理解出来ないものの、ものすごく大人の事情的なものを話していることは分かった。

 それでも信じたくないのが都合のいい人間である。まさか、甘えてくれていると思っていた猫に、自分たちが甘い蜜を吸われていただなんて。


「猫カフェの猫も大変にゃね」

「ニャァ」

「いやいや、ねね子はご主人がいるから幸せにゃよ」

「ニャゥゥ……」

「……ましゅまろは捨て猫だったのにゃ? よくここまで立派になったにゃ」

「ニャニャニャ♪」

「いい店長さんに拾われてよかったにゃね。飼い猫だからってバカにして悪かったにゃ」

「ニャー」

「許してくれるのにゃ? ましゅまろはいい猫にゃ」


 いつの間にかましゅまろと仲良くなったらしいねね子は、その後も客には決して見せないであろうお店の裏話などを聞いていた。

 店長さんは猫を保護する目的でこのお店を作り、実際に8割の猫が捨てられていたり保健所から引き取ったりした子たちらしい。

 ただ、残りの2割のペットショップなどから買ったり、知り合いから子猫の時に譲ってもらったりした純粋な飼い猫たちが、人の見ていないところで保護猫たちをいじめているんだとか。

 ましゅまろも標的にされていて、怪我こそしていないものの、普段から餌を横取りされることも多かった。

 だから餌を差し出して貰った時、ついつい柄にもなくがっついてしまった……と。


「許せないにゃ。同じ猫にゃのに、どうして傷つけ合うのにゃ?」

「ニャーニャー」

「怒るなにゃんて無理にゃよ。ましゅまろはもう友達にゃ、見捨てることを私が許さにゃいにゃ」

「ニャァ……」

「安心するのにゃ。ましゅまろは私が守ってやるにゃよ」


 ねね子がそう言いながら立ち上がると、聞き耳を立てていたらしい純粋な飼い猫たちの顔がこちらへと向けられる。

 他の客に遊ばれていた猫も、餌を食べていた猫も、全員がゾロゾロと集まり始めたかと思えば、ねねこの目の前までやってきて威嚇するように毛を逆立てた。

 しかし、ねね子にはもう立ち向かう理由がある。いくらつめを見せつけられようと、鋭い牙をチラつかされようと、逃げないという覚悟が確かにあったのだ。

 彼女は二度の深呼吸をした後、覚悟を決めたように大きく息を吸い込む。そして、思いの丈を全力でぶつけた。


「よく聞くにゃ、お前たちは所詮は生まれた時から飼い慣らされた猫にゃ。威張る理由なんてどこにもないのにゃ」

「「「「…………」」」」

「でも誰かより上に立ちたいと思う気持ちは分かるのにゃ。けれど、それがお前たちの単なる傲慢であることに早く気付くのにゃ」

「「「「…………」」」」

「どうせ威張るのにゃら、威張れるだけのでっかい猫になれにゃ! ここにいる猫全員を守れるくらい、優しい強さを持った猫になれにゃ!」

「「「「…………」」」」


 ねね子の演説が終わっても、純粋な飼い猫たちと彼女の睨み合いはしばらく続いた。

 しかし、気持ちが届いてくれたのだろう。徐々に毛を落ち着かせていく猫が増えていき、ついには先頭にいた猫が「ニャァ……」と弱々しく鳴いたのである。

 ねね子の猫語解説講座その2によると、「悪かったにゃ」と反省の意志を伝えてくれたらしい。暁斗には相変わらずさっぱりだが。


「猫としてプライドは大切にゃ。でも、時には無駄なプライドを捨てられることも、賢さだとねね子は思うにゃ」

「ニャーニャー」

「にゃ? 私は一応飼い猫みたいなものにゃ。でも、飼われてることで誇ったことはないにゃ」

「ニャ?」

「ねね子はご主人に飼われていることが誇りにゃ。お前たちもいいご主人がいるはずにゃ、みんな同じく幸せな猫にゃよ」


 彼女の言葉に暁斗が顔を赤くすると同時に、胸を打たれたらしい猫たちがウンウンと頷いて、みんな床に這いつくばるようにねね子に向かって姿勢を低くする。

 彼らにとってこれは自分を劣勢な猫であると認めた仕草になり、要するにねね子を自分より上の立場であると体で示しているのだ。


「これからはみんな仲良くするにゃよ」

「ニャーニャー♪」

「言われにゃくても、たまに様子は見に来るにゃ」

「ニャニャ!」

「私がトップにゃら、他の猫はみんな対等にゃ。なかなかいい考えにゃね」

「ニャァ♪」


 こうしてこの日、ねね子は実質的に『ねこねこ天国』のリーダー猫になったのであった。

 ちなみに、これは家に帰ってからの後日談になるが、暁斗が二度と他の猫にデレデレしないようにと、30分ほど説教されたことは言うまでもない。

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