第6話 マンションはご近所付き合いも大切

 あれから散々「ねね子、大好き」を言わされて顔から火が出そうなほど赤くなった暁斗あきとは、15分ほどしてようやく解放されて家を出た。

 エレベーターでマンションの一階まで降り、管理人さんに挨拶しながら道路に出ると、偶然にも見知った顔と鉢合わせる。


「あっ、アッキーだ! 今からお出かけって感じ?」

夏穂なつほさん、偶然だね」


 彼女の名前は汐留しおどめ 夏穂なつほ。暁斗のクラスメイトであり、彼の住んでいる部屋の真下の住人でもある。

 春の穏やかな日差しの中でもキラキラと光る金色の髪、下着が見えるギリギリまで開かれた胸元、そして童〇殺しとも言われているその笑顔。

 なかなか揃うことのないであろう組み合わせを見れば、この白ギャルさんが誰なのかは少し遠くからでも分かってしまうもの。

 ちなみに、アッキーと言うのは暁斗の名前から取ったあだ名なんだとか。

 これでも初めは島原しまばらという苗字からシマシマと呼ばれていたのだから、かなりマシになったと言っていいはずだ。


「あれ、夏穂さんはどうして制服を着てるの? 今日って土曜日だから休みだよね?」

「あはは、先生から呼び出されちゃった♪」

「いい加減着崩すのやめた方がいいんじゃない? 髪色の方は先生たちも諦めてくれたんだし」

「だって制服って窮屈なんだもーん。それに、アッキーだって私の胸見るの好きっしょ?」

「っ……別に見てないけど……」

「誤魔化さなくていいって! 見られてる方は意外と気付きやすいんだから♪」


 ケラケラと笑いながらわざと見せつけるように前傾姿勢になった彼女は、ふと暁斗の背中に隠れている女の子の存在に気が付く。

 夏穂は初めて見る相手を観察するようにじっくり眺めたかと思えば、突然「なるほど!」と手を叩いて頷いた。


「アッキーも隅に置けないねぇ。いつの間にこんな可愛い彼女が出来たのー?」

「いや、彼女とかじゃないよ?!」

「それなら妹ちゃん? 確か1人居たよね?」

「説明しようにもすごく難しい相手なんだけど……」

「……まさか、私との子供?」

「はっ?! な、何言って――――――――ひっ?!」


 突拍子もないことを言う彼女に慌てて否定しようとした暁斗だが、視界の端に写ったねね子の顔を見て思わず腰を抜かしてしまう。

 だって、彼女は嫉妬の程度をとうに超えてしまったような、とてつもなく恐ろしい顔をしていたから。例えるとすれば、腹を空かせた凶暴な野良猫だ。


「ご主人……この女との間に子供が出来るようなことをしたにゃ?」

「め、滅相もございません!」

「にゃら、どうしてねね子がご主人の子供疑惑が出てくるのにゃ!」

「僕にだって分からないよぉぉ……」


 ねね子の口からは鋭い2本の牙が覗いている。このまま噛みつかれてしまうのか。暁斗がそう諦めかけた時、夏穂が間に割って入って止めてくれた。


「ちょっとちょっと、ねね子ちゃんって言ったっけ? そんなに怒ることないじゃん?」

「がるる……あなたにだけは言われたくないにゃ!」

「アッキーのことが好きなのはわかったから、そんな怖い顔しないでよ。さっきのは全部冗談だし」

「……冗談?」

「そう。アッキーをからかっただけで、私と君のご主人様はそういう関係じゃないから、ね?」

「そ、そうだったにゃね。勘違いしてごめんにゃ」

「謝ってくれたなら万事オッケー♪」


 以外にもあっさりと怒りを鎮めてくれたねね子は夏穂に頭をポンポンとされると、安心したようにため息をついてにっこりと笑う。


「それじゃあ、私は部屋でゲームでもしてくるかな。アッキーとねね子ちゃんはデート楽しんでね」


 そう言いながらエレベーターへ向かっていく彼女に手を振って、暁斗たちも駅への歩みを再開した。


「ご主人もすぐに否定してくれれば、あんなことにはならずに済んだのにゃ」

「したと思うんだけど……」

「まあ、とにかくご主人はねね子一筋じゃなきゃダメにゃよ。人間で居られなくなったら困るしにゃ」

「安心して、今もずっと愛情を送ってるから」

「……確かに、消費してるはずにゃのに、むしろ溜まってるにゃ。さすが自慢のご主人にゃよ」

「もっと褒めてもいいよ?」

「あまり調子に乗るんじゃないにゃ」

「すみません……」


 その後、お叱り猫パンチを食らってしゅんとしてしまった暁斗が、「仕方の無いご主人にゃ」と駅でハグされて元気になったことは言うまでもない。

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