第21話 白雪姫とお買い物




「おっ、ここだな」

「ここは……」



 暫くして歩道を歩いていると、目的地である雑貨屋へと無事辿り着いた。


 道中では車の走行音と信号の点滅音でやや騒がしかったが、ビルや街路樹などが並び立つ街並みの風景を眺めながら冬木さんとの会話を十分に楽しむことが出来た。

 晴人が立ち止まってそちらへと視線を向けると、同じく冬木さんも習う。



「―――『雑貨屋ミツバチ』、随分可愛らしい名前のお店なのね」

「どうやらナチュラル系のインテリアやアクセサリーが揃っていて、主張し過ぎないシンプルなデザインが好評らしい」

「風宮くんは来たときがあるの?」

「いいや、ここ周辺の雑貨屋を調べてたらオススメで出てきた」



 こちらから冬木さんとのお出掛けを提案した以上、雑貨屋の下調べは当然欠かせない。


 『雑貨屋ミツバチ』は駅から徒歩十数分の離れた場所にあるオシャレな古民家風雑貨屋である。ナチュラル系の日用雑貨は勿論、ハンドメイドの装飾品や茶器なども日本中から取り寄せられており、幅広い年齢層に愛される有名な雑貨屋らしい。


 試しにSNSでも検索してみたが、内装や商品を称賛する声が多かったのでその人気が伺えるだろう。


 このまま立ち止まっている訳にもいかないので、晴人は冬木さんに声を掛ける。

 


「さっそく中に入ろうか」

「えぇ。そうね」



 木製の扉を開けると、からんころんと軽やかな鈴の音がした。


 いらっしゃいませ、とにこやかな笑みを浮かべた若い女性店員に軽く会釈をしながら店内に足を踏み入れると、思わず晴人は瞳を瞬かせる。


 店内を見渡してみればとても清潔感があり、外観から予想する広さよりもある程度広いことが分かる。白色の明るい照明で照らされており、ゆったりとしたピアノの音色も流れているので、どうやら調べた通りリラックスしながら買い物出来る雰囲気の雑貨屋のようだ。


 どちらかといえば女性客の利用が多いので、平和的で安心である。


 様々なインテリアや小物雑貨などがジャンル別に所狭しと並べられているのだが、不思議とそれが窮屈に感じないのが印象だろうか。

 よくよく観察してみると雑貨の置いてある棚やテーブルの間―――つまり人の通るスペースが十分に確保されているので、流れが滞ることなく店内の商品を物色出来るのは大きな利点だろう。


 なんにせよ、ここならば冬木さんへの贈り物も見つかるかもしれない、と晴人は期待に胸を膨らませる。


 すると隣の冬木さんからぽつりと静かな声が聞こえた。



「とても良いお店ね」

「あぁ、内装も綺麗だし色々な雑貨があるから多分見てて飽きないだろうな」

「それもあるけれど、ここにいる人たちみんな楽しそうだわ。快適に自分の望む物を見つけられるように工夫して店作りをしている証拠ね」



 まるで童心に帰って宝物を探しているみたい、と冬木さんは微かに目を細める。抑揚が無く淡々とした声だったが、穏やかな雰囲気を纏わせながらそのように紡いだ。


 無表情だがどこか嬉しそうなのは、同じ店舗経営従事者として色々と重なる部分があったからなのだろう。


 残念ながら経営に疎い晴人にはその店のコンセプトや取り組んでいる店作りなどは良く汲み取ることが出来ない。しかし彼女の嬉しそうな様子を見ていると、こちらまで嬉しくなったのは確かである。


 そうなんだな、とそんな白雪姫に思わず苦笑した晴人は改めて店内を見渡した。



「それじゃあ、何か良い物が見つかるかもしれないし色々見て周ろうか」

「あら、もう見当がついているからここに来たんじゃないの?」

「まぁそうだけど、俺が思い付いた贈り物以外にも冬木さんが気に入る物があるかもしれないだろう? だったらそれも買って一緒に冬木さんにプレゼントしたい」

「じゃあもし、私がここにある物ぜーんぶ欲しいって言ったら?」

「ははは、冬木さんでも冗談言うんだな。……え、冗談だよな?」

「えぇ、勿論冗談よ」



 置いてある物が気に入ったのは本当だけれど、と平然とした表情で彼女が口にする。もしかして本気なのか、と一瞬だけ晴人は顔が強張るが、どうやら冗談だったらしい。当の本人もけろっとしているので一安心である。


 まぁ普通に考えれば、一高校生の身分でこの場にある物全て購入出来る訳が無いのでそんな焦りは杞憂だったわけだが。


 軽口も程々に、晴人たちは視線を彷徨わせながら店内を巡る。



「それにしても、素敵な物がたくさん有り過ぎてつい目移りしてしまうわね」

「確かにな。香水とタオルに食器やマグカップ……あ、フォトフレームなんてのもあるのか……!」

「写真撮影が趣味の風宮くんにぴったりの物ね。折角だし買いましょうか?」

「……いや、悪いけどいい。前にも言った通りスマホで見れるし、飾りたいと思う写真も無いから。気持ちだけ受け取っておく」



 そう、と冬木さんは僅かに間を空けて平淡な口調で返事をした。


 彼女からの思いがけない購入の提案に一瞬だけ心が傾きかけた晴人だったが、そもそも今回の外出は風邪を引いた晴人を看病してくれた冬木さんへの感謝として贈り物を購入するのが目的である。


 彼女へのお礼の筈が逆に買って貰ったとなると本末転倒になってしまうので、ここは理由も含めて丁重にお断りの返事を入れる。


 ギブアンドテイクは嫌いではないが、それは時と場合に寄るだろう。


 しかし折角の冬木さんの厚意をふいにしてしまったという罪悪感も感じる。断った手前どうしようもなく、今更感も拭えないのだがそれは仕方がない。


 贈り物で挽回しよう、と意気込みながら気を引き締めると、目的の物を探しつつ店内へ視線を彷徨わせながら再び歩みを進めたのだった。



(まぁ、もし目的の物が無かったら別の店に行ってみるのも良いだろうな。他にも……)



 時折ときおり立ち止まりながら商品を物色しつつ、万が一晴人が考えていた物が無かった場合に備えて、代替案を思い浮かべる。



「……へぇ、帽子なんてのもあるのか」



 ふと目に留まった、近くの棚の一角に置いてあるレディースのベレー帽を手に取った晴人。雑貨屋というだけあって様々な商品を取り扱っているのは流石であるが、まさか帽子まで取り揃えているとは思わず驚嘆してしまう。


 手触りを見る限り、どうやらこのベレー帽はさらさらとして柔らかい素材であるコットンで出来ているようだ。ライトピンクの配色で、頭のてっぺんにはぽっちが無いタイプなので日常で普段使い出来るおしゃれなアイテムといっても良いだろう。


 きっと濡れ羽色の長髪を持つ冬木さんによく映えるだろうと晴人が表情を緩ませていると、突然背後から声が掛かった。



「風宮くん風宮くん」

「ん、どうした―――」

「こんな物もあったわ。どうかしら、似合う?」



 振り向いた先には、眼鏡越しにこちらを見つめる冬木さんが居た。普段の姿ならば然程驚かないのだが、彼女が見慣れない物を身に着けていたのでこの時ばかりは目を丸くしてしまう。


 晴人が二の句を継げないでいると、心なしか楽しげな雰囲気を纏った冬木さんは無表情のまま言葉を紡ぐ。



「この眼鏡、レンズに度が入ってないのね。デザインも様々あるし、ファッションとして日常の中で気軽に身に付けられるのはとても魅力的な点じゃないかしら?」

「あ、あぁ。そうだな」



 どうやら現在彼女が掛けている眼鏡は伊達眼鏡らしい。よく似合ってる、と咄嗟に無難な言葉を投げ掛けると、晴人は思わず顔を横に逸らした。


 きっと今の晴人の顔は真っ赤になっていることだろう。眼鏡姿の冬木さんを直視出来ないのは、普段とは違う一面を見てしまった容姿的な"ギャップ萌え"が原因か。

 たった十秒にも満たない短い時間だったが、冬木さんの大人びた理知的な眼鏡姿が強く印象に残ったのは間違いない。


 眼鏡のフレームが直線的なデザインなので、知的で凛々しい印象を与えているようだ。本人が端正な顔立ちという事も相まって、本来の凛々しさや知性が洗練されて格段に優れたものへ昇華しているのは言うまでもない。


 なんにせよ、心の準備が不足していた晴人には破壊力があり過ぎる。

 店内に流れるゆったりとした音楽が聞き取れないほど、晴人の身体の中ではどくんどくんとこれでもかと心臓が早鐘を打っていた。



「ちゃんと見てくれないと、悲しいのだけれど」

「……見てたよ」

「じゃあ具体的な感想も聞きたいわ」

「どうしてもか……?」

「どうしても、よ」



 うっ、と冬木さんから視線を逸らしたまま晴人は表情を渋くさせる。向こう側を見ずともじーっと視線を感じることから、どうやら彼女の意志は固いようだ。


 晴人は観念したように息を吐く。折角彼女から具体的な感想を求められたというのに、このまま現状維持という訳にはいかないだろう。なあなあにしてしまえば、男が廃る。


 忙しない胸の鼓動を落ち着かせながら、改めて晴人は冬木さんの方へと見遣る。やや緊張しながらもゆっくりと口を開いた。



「その、眼鏡姿が似合っているのは本当だし間違いない。冬木さんが綺麗なのは元からだけど、眼鏡をかけてるから更に端正な顔立ちと凛々しさに磨きが掛かってる感じだ。雰囲気もクールビューティーというか、大人っぽいというか……。真面目さは勿論、包容力も備わっている印象だな」

「…………」

「まぁつまりその、なんだ。眼鏡を掛けてる冬木さんも……非常に魅力的、だぞ?」

「そう。……そう、なの」



 不器用に口角を上げた晴人は慎重に言葉を選びつつも、視線を逸らさないように言葉を紡ぐ。顔から火が出そうになるほど恥ずかしいが、嘘ではないと、真摯な態度を示す為にも真っ直ぐ冬木さんを見つめる。


 すると彼女は、少しだけびくりと肩を震わせた後にうっすらと頬を赤く染めて、晴人の視線から逃れるように顔を伏せた。

 恐らくだが、冬木さんの反応を見るに晴人の真正面からの褒め言葉は恥ずかしかったのだろう。


 自分から感想を求めた割りには、褒められる耐性の無い白雪姫である。


 そんな彼女の様子を見た晴人が思わず苦笑するも、それに気が付いた冬木さんは、頬を染めたまま些かムッとしたような視線でこちらを見つめた。



「……何よ。仕方ないじゃない、褒められ慣れていないんだから」

「なら今度から、褒め尽した上に蕩けるくらい甘やかしてやろうか? それなら耐性も付くと思うぞ?」

「……いじわる。そんなことされたら死んじゃうわ」



 いじけたような、照れたような複雑な感情を瞳に宿した冬木さんは、静かにそう言葉にして伊達眼鏡を外す。そして元の場所の棚に戻した。

 そっと晴人の隣に並んだ彼女の頬には未だうっすらと朱が差していたが、暫くすれば落ち着くだろう。


 少しでも距離を縮めることが出来ただろうか、と晴人はふっと表情を緩めながら冬木さんと一緒に再び店内巡りを再開したのだった。


 


 









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次回もお買い物の続きですっ!(/・ω・)/


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