終章 英雄は地に堕ちる

脱獄可能なその時

 このような地獄の日々を送って三年、忘れもせず数えていた。死を覚悟するほど辛い労働、精神を蝕まれ、気でも違ってないと暮らしていけない。奴の言った通り、ここはくそったれた牢獄だ。――それでも、まだ俺は覚えている。俺の存在を、名前を、肩書きを。


俺は英雄。人殺しの、腐った英雄だ。


 脱獄の機会などはあると思っていなかった。ここで償いをし、惨めに死に行く物だとばかり思っていた。しかし何かが外で起きていた。でなかったら、そう、ここに壊された錠前は無いはずである。牢の戸はすぐ開いた。きいと軋む音を立てたが、その音に反応する者は一人として居ない。皆逃げたのか?そう勘ぐる。俺は気付けば走っていた。出口の方へ、外を眺めるための戸を開けるために。そしてとうとう厚く、重そうな扉が前に立ち塞がった。あの時に見た扉をうろ覚えでありながらも思い出す。きっとこの扉も錠は開かれているのだろう。俺はその扉を押す。


 目の前に広がる物として予測していたのは、騒々しい人々だったり、鬱蒼とする家々だった。しかしその予測は俺を大きく裏切る。目の前は更地だった。幾つかの家の全貌が見えるほど殺伐としていて、逆に空元気な青色の空が恐ろしく見える程だった。そしてもう一つ、さほど遠くない地点に異常な大きさの生物がいた。一見ワニのような鱗だが、その鱗は赤く、そして何より奴の口からは赤い炎を出している。まるでドラゴンだ。瞬時に危険を察知する。しかしどう動けば最善かなんて考えるだけ無駄だ。俺はとにかく混乱し、訳も分からず引き返した。そしてまた扉の中に入ると、先程見た光景とは違う、これまた偉く殺伐とした一室が広がっていた。


「どうも、覚えておいでですか?」


 背筋が冷える。ゾッとするあの憎たらしい声、間違いなくあの声はフォクスだった。この部屋に居ることが苦痛で、出ようとも扉は見つからない。フォクスは動揺を見透かすように俺に言った。

「よく生きてましたね。運が良いのでしょうか?まあどちらでも良いことですが……」

「……何が起きた。カレロナは何処にいる」

フォクスは俺の方を急に向き、そして笑いだした。

「まだ……まだ彼女の事をお想いですか!?ふふふ、面白い…とても面白いですよ。あなたの行為一つで彼女にあのような事を……」

ふざけている。許せない。胸ぐらを掴み、問いただす。

「質問に答えろ、何が起きたんだ」

フォクスは笑みを浮かべた口でこう言った。

「竜の復活。世は終焉を迎えようとしているのですよ」

「どういう意味だ」

フォクスは相変わらずふざけた笑みを浮かべたまま話す。

「先程見たでしょう、あの赤き化け物を。あれが竜。神話ではドラゴンとも言われていますね。あれが復活してしまった。とても人の手では負えそうになく、今尚竜は侵略を進め、人類は次の勇者を見つけているのです。……ああ、安心して下さい。カレロナはマルセイと一緒にマギルで暮らしています。まあ一年も経たずそこには来そうですが……」

より頭が混乱した。俺は何を、すればいい。

「……それと言っておきますが、私を殺すのは止めておいた方が良いですよ。私を殺したら…さて、どう部屋から出ます?」

窓も、扉も無い。この部屋は常にこいつの支配下にある。従うしかなさそうだ。フォクスから手を離す。

「ふむ、とは言え、貴方をどうこうするのは私が知ったことではないんですよ。まあ折角貴方が私の部屋に来てくれたのですから、面白い所に連れていってあげましょう……。きっと感傷に浸れますよ」

そう言いフォクスは禍々しいオーラを出し、何人も寄り付かせぬ雰囲気でそこに佇んだ。


 待っている間、フォクスの言葉を反芻する。あいつは次の勇者を見つけている、と言った。それはつまり俺の女神の加護が無くなる事を指すのではないだろうか。ふと手を出し、魔法を出そうと試む。だが出るのは焦燥による汗のみで、とうに感覚も忘れてしまった事を、今更嘆くのであった。

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