アーダン国

 「アーダン国…」

実際には行ったことは無いが、何かと黒い噂が絶えない。まず旅人はそこへは行かないと聞く。

「そう。ここから山を越えた先にある小さな国さ。聞いたことあるだろう?国の全てが街で出来ている。この国みたいに、都市が点々とあるような場所じゃない。家も、城も、工場も、全部いっしょくたにされてる。だからこんな所より一層治安が悪い。どうだい?暮らす気にはなったかい」

まさか、なるわけがないだろう。ここより治安が悪いってなると困り物だ。本末転倒という気がする。

「他の国は無いのか?」」

マルセイは肩をすくめ、残念そうな顔をする。そして懐から地図を出し、ここら一体の土地を見せた。

「ここがイグレーンだ。前は海だから通行手段がなく、後ろは近くに山があり、そこを越えたらアーダン国に行ける。またはここからずっと先に行けば、一応他の国にも行ける」

マルセイが指し示したのは、魔王を倒しに行くときに最初に行った国だった。

「しかし、ここは国の援助があったから行けた場所だ。確かに豊かな国で、一番栄えている。それでもここまで行くのにはかなりの時間が要るんだ。道中街も少ない。もしそこへどうしても行きたいんであれば、まずはアーダンに行ってから経由した方が早い」

「じゃあ結局行く羽目になるんじゃない」

カレロナが不服そうに言った。

「いや、君がここで暮らせるのであればそれで良いのだが、むしろそうして欲しい」

それもそうだ。しかし、あの話は最早あそこの街だけの話じゃない。ここの国全体での話なんだ。…いや、それもマルセイは悟ってくれているか。

「まあ足早に行けば大丈夫さ。あまり長居する必要は無いからね。分かってるだろう?」

マルセイは立ち上がり、身支度を整え始めた。そして黒装束の中からおもむろに、次々と高価そうな物を出していく。

「相変わらずどうなってんだよそのマント、重くないのか?」

「軽くて丈夫な素材を使っているんだよ…よし、これぐらいかな」

机に出されたのは、きらびやかで、様々な種類の装飾品だった。

「ほんとはもっと高価な物もあるけど、まあ今のところはこれぐらいで良いだろう」

それにしてもすごい量だな。ネックレスや指輪の山が出来ている。

「一体こんなにどうやって集めたんだ?」

マルセイはここぞとばかりに説明をした。

「色んな人の悩みを解決してあげるとな、だいたいの人はお金をくれる。けどケチな人とか、今調度手元にお金が無い人は身に付けていた物をくれるんだ。それをまあコツコツと繰り返す訳だよ」

自慢げにそう言うマルセイを余所に、カレロナはずっとその装飾品の山を見つめていた。

「どうしたカレロナ。何か欲しい物でもあったのか?」

「い、いや、そんなんじゃないけど…」

マルセイが察したような目付きをする。

「別に貰っても構わないよ。どうせ十分過ぎる程あるんだ。僕にとってはどっちにしろ持ち物が少なくなって嬉しい限りさ」

マルセイがそう言うと、カレロナは少し恥ずかしそうな顔をして、一番上にある、青色の宝石がはまった指輪を取ってこう言った。

「そ、そんなに言うんだったら貰ってあげるわ。一つだけ、ね」

マルセイはからかうような笑みを浮かべながらも、彼女には何も言わなかった。


 「さあ、じゃあまずはこの山ほどの装飾品を売りに行こう」

マルセイはそう言って、俺たちを率い宿屋から出た。俺は遂にこの国から出るのだ。ここから、必ず平穏な暮らしを続けてやる。




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