自動販売の村:3

■雨夜の美容室ー妖『オートル』


「・・・アレ、ココハドコダロウ」

 


先ほどまでいた山になっている場所とは違う、清潔な印象の空間。『あめの方』の前には上半身が全て写る、一枚の大きな鏡。

『箱の方』は伸びるはずのない四角い体を伸ばすように、辺りを見渡す。



「ここは僕の美容室でございます」

 


雨夜は近くにあったキャスター付きの丸椅子に腰掛け、鏡越しに妖『オートル』を視界に捉える。



「ビヨウシツ、デスカ? ソレハドンナトコロデスカ」


「髪の毛をキレイに整えるところです」「君はボサボサだからね『オートル』」


「ナ、ナゼワタシノナマエヲ・・・」

 


雨夜は丁寧に、哲治にあってカットしたこと、妖『オートル』について話を聞いたことを伝える。



「ナ、ナルホド。ソウイウコトデシタカ。アイツハワタシノキカイノカンリヲマカセテイル」


「ええ」「それは知ってるよー」

 


雨夜は一つ深く息を吸う。



「『オートル』さん。あなたは何らかの悩みや不満を抱えすぎた結果、『厄』が溜まって髪の毛が伸びてしまっています」


「ハア」


「その『厄』を切り取ることが出来るのが、僕のような妖美容師です」


「ハア」


「ただ切り取るわけではなくて、デザインもしていきます。かっこよくなりましょう」


「ハア、カッコヨク」

 


雨夜はカウンセリングを始める前に、デザインを描いておく紙を準備し、ワゴン台に置く。


「それでは、よろしくお願いします」


「ヨロシクオネガイシマス」

 


雨夜は鏡越しに、オートルの目を見る。



「オートルさん。前回の髪型はどんな感じでしたか?」


「カミガタ、デスカ? カミガタハ、ギザギザデシタ」

 


オートルの発言を聞いて、雨夜は前回の髪型を想像していく。


「ギザギザ、と言うことは、上の方に立たせたような感じでしょうか?」


「ウーン、タブンソンナカンジ」

 


雨夜はカットクロスをつけた後、妖『オートル』の髪を触り、ハリコシや毛量の確認、直毛かくせ毛か判断する。



「結構量が多くて、ハリコシもしっかりしていますね。直毛で髪の毛も強そうですから、量を減らしながら適度な長さにするのが一番楽かなって感じですね」


「ハア、ソウデスカ」

 


オートルはぽかーんとしている中、雨夜はいらない髪の毛の吟味に入る。見続けていると、やがていらない髪の毛が見えてくる。



「ーーー見えた」

 


そう呟くと雨夜は、シザーケースから対妖用シザー『青ネギ』を取り出し、ハサミと同時にクシも右手に持つ。そのハサミは青く光り輝き、『厄』を切り落とす役割を果たす。



「それでは切っていきますね」「切っていくよー」


「ハア、ヨロシクネ」

 


雨夜はまず、長ーい髪の毛を狙いの長さより大分長めにカットしていく。青い光が『厄』を浄化し、髪は塵になって消える。



「オートルさんは、自動で物を販売できるんですか?」


「ハイ、ワタシハトッテモ優秀なキカイ」


「凄いですね」「すごいすごーい」

 


髪の毛のハリコシが思ったよりも強いため、少しずつ髪の毛を切り離していく。



「ワタシハ、コノ世の中ヲ全部自動ニスルノガイキガイナンデス」


「なるほど」「やるねーオートル」

 


しゅきしゅきしゅき、切り離された髪は、はかなく散る。



「ワタシハ、コノ世の中ヲ全部自動ニスルノガイキガイナンデス」


「はい」「・・・」


「ワタシハ、コノ世の中ヲ全部自動ニスルノ・・・」


「オートルさんは何故、あの村を自動化しようと思ったんですか?」「あ、それ知りたい」

 


あんなにも長かった髪が少しずつ切り離され、重みを失った髪は上に立ち始める。



「アソコノ人間ガコマッテイタ。忙しいトイッテイタ。ダカラワタシノ役目ダト思った」


「そうだったんですね」「優しいなーオートルは」


「エヘヘ」

 


雨夜は切り立ての髪先に少し触れると、簡単に人の手を貫いてしまいそうなハリと弾力。



「人間にヨロコンデモラエテヨカッタ」


「・・・」「そうだねーオートル」

 


雨夜はあまりにも多すぎる量を減らす作業へと移行する。



「人間にヨロコンデモラエテヨカッタ」


「・・・」「そうだねーオートル」

 


根元から等間隔にハサミちぎる。根元から等間隔にハサミでちぎる。物理的に隙間を作り、髪の毛の動きをよくしていく。



「・・・」「でもオートルはさ、何か不満があったんでしょ? 言ってみなよ」


「ハイ。ヨロコンデモラオウト、ワタシハ自動ニドンドンしていきました。ソシタラ『仕事がなくなるから出て行け』とイワレタ」


「・・・」「なるほどねー」

 


ねじるようにハサミを動かし、毛をちぎる。ちぎった髪の毛は、青い光になって消える。



「ヨロコンデクレテイタノニ、コンドハ邪魔者アツカイ。人間はカッテダ」


「・・・」「確かにねー 僕も妖だからわかるよオートル」

 


等間隔になった髪の毛は動きが出て、少し風になびく。雨夜はチョップカットを入れていく。



「ワタシハむかついた。ダカラ全部機械にシテヤッタ。ソシタラニンゲンハ消えた」

 


しゅきしゅきしゅき、詰まりきった束に、隙間が生まれていく。



「でも、機械ヲメンテナンスサセル人間ガイルカラ、一人ノコサセタ」

 


しゅきしゅきしゅき、髪の毛がどんどん動きやすくなる。



「でも、メンテナンスしテモ、買う人がイナクナッタ。イミナイヨ」

 


プスン。オートルの体から少し煙が出る。それを余石が発する青い光で押さえる。



「アア、ヤサシイヒカリ」

 


カットは終了。スタイリング剤をつける準備をする。



「オートルさん。今日は、一生かっこよくなるジェルという物をつけていきますね」


「ワカリマシタ。アリガトウ」

 


雨夜は手袋をはめ、そのスタイリング剤を手のひらに広げ、オートルの髪につける。



「オートルさんは、何でも自動化し過ぎちゃったんですね。でも、僕はあの自動販売機で買ったパン、スキでしたよ」

 


バキン、バキ。髪についたそのジェルは、オートルの髪をさらに固く固めていく。



「カッテクレタノデスカ。アリガトウ」

 


目から一粒の涙。オートルは体を少し、震わせる。



「それだけで、ワタシハ救われたキガシマス」

 

髪、完成。



■カット終了


「さあ、後ろはこんな感じですね」

 


後ろを鏡で見せると、オートルは目を輝かせて喜んだ。


「オオ、ワタシハこんなにも魅力的・・・」


「嬉しいですね」「良かったねーオートル」

 


ツンツンヘア。真ん中部分が一番長く、山なりの長さに。それでいてそろっていないので、ヘアスタイルとしては申し分ない。



「オートルさん。哲治さんにも、お仕事させて上げてください。やっぱり、なんでもやり過ぎたらどっちかが嫌になっちゃいますからね」「人間はもろいからねーオートル」


「ワカリマシタ。何だかスッキリしたし、イケそうです。雨夜さん。余石さん。アリガト」

 


そうして、オートルは余石から降りる。すると、急に景色は変わる。



■自動販売の村ーおじさんの付近


「いらっしゃい。このパンはいかがかな?」


「哲治さん。こんにちは」「あ、他にも人が居る。どうしたの?」

 


哲治しかいなかった村に、少しだけ人がいた。談笑したり、買い物をしたり、走り回る子供さえ居る。



「あんたに髪を切ってもらってから、運が向いてきたんかね。お客さんが来るようになったんだ。なんだか嬉しいよ」


「それはねー雨夜が妖オート」「余石、良いよ言わなくて」


「ん? どうした?」


「いえ、何も。そのパン美味しかったので、一つもらっていきます」「もらうよー」

 


雨夜は財布から小銭を取り出そうとする、が。



「いいよ。髪を切ってくれて、お客さんが来るっていう運も運んできてくれたんだ。もらってくれ」


「いや、でも」「雨夜、もらっときなよ。人の好意には甘える物だよ」

 


妖の余石にさとされ、雨夜笑顔でそのパンを受け取った。



「ありがとうございます。いただきます」「頂いちゃってください」

 


パクリと口に含んだそのパンは、やっぱり美味しかった。



「おじさーん! 僕にもそのパンちょうだい!」


「はいよ」

 


笑顔で働く哲治の表情に、雨夜の顔もほころんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る