あめ玉のふる村:2

■ヘアスタイルの完成


「さあ、持ってください」

 


雨夜は甘音に手持ち鏡を渡す。

美しいラインのグラデーションボブ。甘音がぱぁっと花咲いた。



「すごい、です。私じゃないみたい・・・」

 


ほおを、流れる、一粒の涙。



「私、もうだめかと。髪の毛が自慢だったのに、あめ玉がついちゃって・・・ ありがとう」


「良かったです」「嬉しいねー」

 


雨夜の顔も、ほころんだ。風に舞う甘音の髪は、チョウチョのようにひらひらと舞っていた。



「さあ、立ってください。僕たちをその『あめ王』の所に」「つれてってー」

 


甘音は余石から立つと、雨夜達に向けてにっこりと笑う。



「その前に、私の家に向かいましょう。また『あめ玉』がふって、雨夜さんの髪についてしまったらいけないですからね」

 


雨夜と余石は、その優しさに従うことにした。



 ーーーーー



■あめ玉のふる村


「さあ、ここが村の入り口になります。ようこそ。雨夜さん、余石さん」

 


そこら中に散らばる、赤、黒、緑など様々な色のあめ玉。バリバリと踏みつけていく。



「これは中々」「汚いね、甘音」


「『あめ王』がおかしくなってしまうまでは、こんなことはなかったんですけどね」


「おい!! こらぁ!!!」

 


雨夜は反射的に身を引く。余石は移動するのをやめ、微動だにしない。



「あめぇ!! よこせ!!! あのあめ玉、よこせ!!!」


「甘音さん、ここは一度ひきましょ・・・」

 


雨夜の提案をよそに、甘音は近くの柵を指さし、



「あ、あそこにあなたの好きな黒いあめ玉がある」

 


その目がどこを向いているかもわからない不潔な男に指示をした。



「おぁ、あぁ!! 俺の、あめ」

 


その男は柵にこびりついたあめ玉を口で直接取りに行く。



「うわぁ、柵をなめ回しているよあいつ。雨夜が食べた後の皿を舐めるのに似ているね」


「・・・余石。僕はそんなことはしていない」


「さあ、今のうちに」

 


甘音に先導されて、雨夜達は村の少し奥にある小屋へと入っていく。



 ーーーーー



■甘音の家


「ふぅ。鍵を閉めたので、もう大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」「ありがとねー甘音ー」

 


小さな小屋に、甘音は住んでいた。必要最低限の物しか置かれておらず、さっぱりとしている。袋に入っているあめ玉のようなものが、かごに少しだけ入っている。



「今、お茶を入れますね。雨夜さんは温かい方が良いですか? それとも冷たい方?」


「んー 温かい方をお願いします」


「はい、わかりました。あの、余石さんーーー」


「僕はいらないよー甘音ー 口がないからね」

 


甘音はニコニコとしながらお茶をカップに注ぎ入れ、雨夜の手に添えるように置く。

 

ズズッと一口。



「・・・ふう、美味しいです」


「ふふ、それは良かったです」

 


甘音は雨夜の顔を見つめて穏やかに笑った。



「それで甘音さん。さっきの人は?」「変なやつだったね」

 


雨夜がそう尋ねると、甘音は自分のお茶を注いだカップに一度口をつけてから話し始めた。



「あめ玉が、村のあちこちにあったでしょう。妖『あめ王』がおかしくなってから、ふってきたあめ玉を口にした人はおかしくなってしまったんです」


「はい」


「特に黒いあめ玉を舐めた人がおかしくなってて。さっきの人みたいに」

 


甘音は少しうつむき、不安そうな表情を浮かべる。



「あんまりキレイな色をしていなかったので、私は触りませんでした。触らなくて良かったです」


「触らなくて、良かったですね」「あれには『妖』の匂いが染みついてたからさー」

 


雨夜は甘音の左肩を、ポンポンと優しく二回叩く。



「・・・そんな匂いはわからなかったですけど。ああいう風にならなくて良かったです」

 


甘音は少し安心した表情になる。雨夜は飲み物を少し口に含む。



「単刀直入に言います。甘音さん。妖『あめ王』はどこにいますか?」


「・・・『あめ王』の居場所ですか? それはこの村の少し離れたところにある、あめ細工で出来たほこらに住んでいます。でも、なんでそんなことを聞くんですか?」

 


雨夜はすました顔で、こう言った。



「僕は『妖美容師』なんです。妖『あめ王』の様子がおかしいと言うことは、髪が伸びている可能性があるから確認する必要があるんです」

 


甘音は何だかよくわからないという表情をした。



 ーーーーー



「雨夜さん、今日はもう泊まっていってください。ご飯はお出しすることは出来ませんが、寝床くらいなら。なんせ外はあんな感じだし、危ないので、心配です」


「・・・ご厚意に甘えます」「よろしくねー甘音ー」

 


甘音は奥に向かい、何かを出してこようとする、が。



「・・・布団、ボロボロでした」

 


甘音が両手いっぱいに持っている布団は、穴が開いて綿がたくさん飛び出している状態だった。



「まあ、僕は用意して頂けるだけでありがたいので、それで大丈夫ですよ」


「いえ! そんなのはだめです! 私がこれで寝て、雨夜さんは私のベットを使ってください!」

 


ぼふっと床に落ちる布団。ほこりと綿が部屋中に舞い散った。



「布団、落ちちゃいました・・・」


「・・・そう、ですね」

 


甘音は少し、もじもじ。



「・・・雨夜さん。私と一緒に寝ませんか? こんな布団で寝かせることなんて出来ないし、正直言って、私もこの布団で寝たくないです」


「・・・ご厚意に甘えます、甘音さん」


「・・・ありがとうございます、雨夜さん」

 


新婚初夜のような雰囲気だ。



 ーーーーー



「余石、お休み」


「おやすみー雨夜ー甘音ー」


「はい、おやすみなさい余石さん」

 


静まる、家の中。少しピリッとした空気感が、辺りを支配する。

甘音はゆったりとしたピンクのパジャマに着替えていた。



「髪の毛、雨夜さんに短く切っていただいたので、着替えるときに凄く楽でした。髪の毛をぱさーっと出さなくて良いなんて、何だか変です」

 


ふふっと笑い、自分の髪の毛に何度も触れる甘音。



「一人用のベットなので少し狭いと思いますけど、雨夜さんから先にどうぞ」


「いや、僕のベットじゃないから、甘音さんから先に」


「いえ、雨夜さんから入ってください」


「・・・わかりました」

 


しぶしぶ、雨夜は甘音のベットに入る。



「あ、女の子の香りがする」


「・・・入りますよ」

 


雨夜の背中にくっつくように、甘音が布団に入った。



「雨夜さん、服、着替えないんですか?」


「はい。僕は旅人なので、常に動ける状態でいないといけないんです。実際に、服を着替えて寝て、命の危機に見舞われたことがあったので。汚い姿で申し訳ないです」


「いえ。 ・・・そうなんですね。旅をすることって大変なんですね」

 


思ったより狭いベットの中で、落ちないようにするためには密着するしかない。



「雨夜さんは、どうして旅をしているんですか?」

 


甘音の率直な質問に、雨夜は端的に答えた。



「色々なことを、感じるために旅をしています」


「色々なことを、感じるためにですか? 例えばどんな?」


「旅の先旅の先で、嬉しいことや悲しいこと、つらいことや苦しいことです」


「・・・つらいことが多そうですね」

 


甘音の返答に、確かにと納得する雨夜。



「でも、嬉しいことだけだったら、退屈します。つらいことや苦しいことを乗り越えた先の景色は、どんなにお金をかけても手に入りませんから」


「・・・ずっとここにいる私には、想像もつかない世界です」

 


甘音は手のひらを、雨夜の背中にそっと置く。



「私は、なんとなく生きています。なんとなく起きて、なんとなくご飯を食べて、なんとなく寝ています。毎日おんなじで、雨夜さんとは違います」


「・・・」


「私も雨夜さんみたいに、いろんな事を感じることの出来る人間になりたいなって思いました」


「・・・」

 


夜が、更けていく。



ーーーーー



「・・・余石。行くよ」


「・・・」

 


雨夜はそっとベットの中から甘音を起こさないように抜け出し、余石に声をかけた。余石は無言で、それに従った。ゆっくりと扉を開け、閉める。



「あっちだったよね、余石」


「そうだね、雨夜。さっさと行こうか。僕は大丈夫だけど、雨夜眠くないの?」

 


雨夜は目をこする。



「うーんやっぱり眠いけど、このままだったら明日もあめ玉が降るかもしれない。僕が苦しむのは構わないけど、大事な人が苦しんでいるのは嫌だな」


「あ、大事な人って甘音のこと? いいねー」


「冷やかさないの、余石」


 

静かな夜の村を、歩いて行く。足であめ玉をよけながら、音が鳴らないように歩いて行く。



■村の外れ あめ細工で出来たほこら


「おお、凄いね余石。芸術品だね」


「そうなんだ、雨夜。僕にはわからないな」

 


細いあめが細かく降り注がれて出来たような、かまくらのような物体。それはとても大きく、中が透けて見えた。



「雨夜、中に『妖』いるよ」


「了解、余石。多分妖『あめ王』かな?」


「あげたあげたあげたあげたあげたあげたあげたあげたあげたあげた」



ダランと伸びた汚い髪。表情は見えないが、膝を抱えて座っている。バリ、バリィと固い物をかみ砕く音が不規則に響いている。



「何か、言葉を繰り返している。余石、この者」


「うん、『厄』を抱えてるね」

 


二人には、普通の人が見えない『何か』が見えている。



「ほら、そこのあめの方」



余石がそう言うと、妖『あめ王』の動きが止まる。

二人はいつものように、慣れ親しんだ知り合いに話しかけるように、こう言った。



「ここに座りなさい」「僕に座りなよ」

 


そう言った瞬間、余石の周りに出ている青色のオーラに似た何かが強まる。するとその『あめの方』は大人しく余石に腰掛けた。



 ーーーーー


 瞬間、世界が変わる。


 ーーーーー


  

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