第22話 深層

1番最初に立ち直ったのはアカネだった。

遅速だが徐々に回復して行く自分の身体を確認すると、瀕死の状態のおれとイッセイに癒しの能力を使った。

そして、おれ達が気がつくと同時に、魔力を使い果たし、後はよろしくね。といって意識を失った。

おれは彼女を担ぎ、イッセイはまた集まりだした兎を薙ぎ払いながら、急いでこの場を離れた。

キリなく現れる兎に、おれたちは逃げ惑う。そして、いつの間にか塔の見えないエリアへと足を踏み入れていた。

周囲の異変を感じた時にはすでに遅く、めちゃくちゃに走り回ったせいで方向感覚も失っていた。兎は徐々に散り散りになって数を減らしていったが、今度は影から猫が飛び出してくる様になる。

焦る気持ちもあったが、アカネの事が心配であり、とりあえず休める場所がないかと、おれたちはそれらに対処しながら遺跡のなかを彷徨った。




「私のバッグ、ある?」


程なくしてアカネは目を覚まし、起きるなりそう言った。アカネはおれからバッグを受け取ると、赤い液体の入った小瓶を取り出し、一気に煽った。


「はあ。だいぶんマシになってきたわ。」


しばらくまどろんでいた彼女だったが、補給をしたおかげで魔力も回復してきたようで、顔色も落ち着いてきた。それを見てほっとしたところで、おれは今の状況について説明する。それを聞いた彼女は、外の景色を見ながら絶句した。

今いるのは、何かの施設のようだった。大きめの窓が等間隔に並んだ長い廊下が枝分かれして続き、所々に扉の様なものも見える。

おれたちは崩れた廊下の先から入り、少し進んだところで体を休めていた。


「どうするの?」


「今動くのは危険だ。もうすぐ夜になる。」


元々薄暗かったが、徐々闇が濃くなって来ているのを感じる。装備も火にやられてボロボロであり、魔獣に遭遇したら、今度こそ終わるかもしれない。アカネに限っては夜になるにつれ調子が上がって行くのだが、彼女1人でどうにかできるとは思えない。


「ここなら大型の魔獣は入って来れなさそうだし、朝まで体を休めて、そこからは目印を打ちながら、深層からの出口を探そうと思う。」


ギルドの受付で記帳もしてある。半日で帰還予定の者が1日経っても帰ってこなければ、捜索を出してもらえるかもしれない。この広い遺跡でどうやって探すのか、そもそも深層でそれが可能なのかは検討もつかないが。



『アハッ。ミイツケタア。』


それは、何か使える物がないか、近くの部屋を物色している時だった。そこは事務室のような使われ方をしていたのか、教室くらいの広さに、朽ちた大きめの机がいくつか並んでいた。

おれの身長を超える高さの大きなガラス窓が、外に向かう壁面に嵌め込まれており、ふと目をやると、そこに奴が張り付いていた。

長い爪のついた六本に増えた足に、長い尾、以前に比べ二回りほど小さく痩せ細った身体をしている。長い首の先には、しわくちゃの猿の様な顔と口まで裂けた口。おれやキールを襲ったその魔獣がガラス越しにこちらを見てニタリと口を歪ませた。


「走れ!」


おれたちは部屋から飛び出し、廊下を走った。

なんで奴がここに?

魔獣は空間魔法でガラスを飛び越えたようで、後ろを追ってくる。

アカネが振り向きざまに、魔力の塊を打ち出した。

一瞬の所作で打ち出された排球サイズのそれは、魔獣に直撃し、吹き飛ばす。ぐしゃりと肉が潰れる音と、建物が崩れる音が後方から聞こえた。


『アハッ、アハハハハ。』


土埃の向こうで気味の悪い笑い声が反響する。

構わず廊下を曲がって走り続けた。

狭い通路に手間取っているのか、中々追ってこない。

そう思って、後ろを振り返って確認した時、ちょうど角を曲がってきた魔物と目が合った。次の瞬間、進行方向に奴が現れる。

咄嗟に方向を変え、おれたちは近くの部屋に飛び込む。魔力を練ったイッセイが、扉の周りの壁をぐにゃりと変形させ、入り口を塞いだ。

魔物はこちらに入って来ない。おれたちはそれを確認して、奴の転移は、目で見た場所へしか飛べないものでは無いかと判断した。

外では苛立つ様に叫ぶ声と、ガリガリと爪で壁を引っ掻く音が絶え間なく続く。長くは持ちそうに無い。

俺は部屋を見渡した。大きなモニターや、機材が並び、研究室のような印象を受ける。奥には人が余裕を持って乗れるほどの、ガラスの囲いがついた円形の台があり、様々な機材が繋がれていた。

イッセイが興味を持ったようで、その機材を確認している。


「転移装置だったりして」


アカネの言うように、確かにそんな印象を受けた。

今の技術では、空間魔法の再現は出来ていない。もしこれがそうなら大発見である。しかし、あちこちいじってみるが壊れているのか反応は無かった。

廊下に面する壁がみしりと音を立て始め、おれたちは顔を見合わせた。他に出口もない。試しに、その丸い台に乗ってみるがやはり反応はなかった。

ふと、装置内側に手のひら大のパネルが取り付けてあるのに気がつき、おれはそれにそっと触れてみた。頭の中でカチリと音が鳴った。



“システムの異常を確認。復元を実行、成功しました。

利用者登録による使用制限があります。……ロックを解除しました。”



【起動に必要な魔力が不足しています。】



「アカネ、魔力だ!」


能力によるメッセージの後、光を取り戻したパネルに表示されたそれを見て、アカネに叫んだ。

室内に轟音が鳴り響く。壁を破壊した魔獣がおれたちを見つけ睨みつけた。

アカネが魔力を練り始める。魔獣が警戒する様に体を屈めるが、アカネはその魔力を、装置に向かって流し込んだ。

装置が唸りはじめ、青白い光が視界を満たす。そして、おれたちはその部屋から転移した。

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