第10話 準備

「なんだか喉が渇いたわ……」


外にでるなり彼女は言った。ちょうど通りを挟んだところで何か売ってそうな店が見える。

ちょうどイッセイも出てきたので、3人で大通りに面したテラス席のあるその店に向かった。

適当に軽食と飲み物を頼み、なぜか当たり前のように支払いをさせられて、空いてる席に座って食事をとった。



「わたしはギルドの魔術課ってとこで、手伝いをすることになったわ。魔術の研究をしてる部署もあって、資料とかも沢山あるみたい。……とりあえず、何か出来るよことを増やしたくて。」


食事をして少し機嫌が良くなっていた彼女だったが、自分のスキルのことを思ったのか、最後は弱々しく話を終えた。

魔術のことが学べる仕事はないかと聞いたらしい。高濃度の魔力を提供できることもあり、こちらで働いてみませんかと勧められたという。

給金は多くないが、公的機関だけあって福利厚生はしっかりしており、女性向けの寮もあるという話で、良い条件だと判断したようだ。


「俺は人手を募集してる民間の診療所をあたってみる予定だ。ギルド管轄の治癒院ってとこもあるらしいが、治癒魔法ってやつが使えないと駄目らしくてな。」


こちらの治療は魔法によるものが主流で、なんでもパッと治してしまうらしい。なんともファンタジーな話だがが、利用するにはそれなりの金額が必要で、民間の診療所はそれが払えないような人たちが頼るところらしく、つまりは儲からない職業である。


「そういうわけで、悪いが先に行かせてもらう。落ち着いたらまた連絡を取り合おう。ご馳走さん。……そうだ、これはコウイチに。」

イッセイは立ち上がると、肩にかけていた古びた袋の様なものを投げてよこした。


「そいつがマジックバッグだ。お前が持ってたほうが役立ちそうだしな、使ってくれ。」


別れる前に、クレオが返してきたらしい。そう言えば、街に着いたときからスーツに似合わないバックパックを持っているなと思っていた。

確かに今後のことを考えると、物凄く助かる。ありがたく使わせてもらうことにして、丁寧に礼をいった。

イッセイは頷くと、よれたスーツに無精髭が伸びた、半分はエルフだということを忘れてしまいそうな風貌でにかりと笑うと、背を向けて人混みへと消えて行った。



「わたしは、夕方、ここのギルドに迎えが来ることになっているから、それまでは時間あるわよ」


という事なので、イッセイを見送った後、おれの買い物に付き合ってもらう事にする。

それじゃあまずは、と俺はA5サイズの小雑誌を取り出した。それは何?とアカネが覗き込んでくる。

ギルドで貰ったパンフレットである。

2日後から始まる遺跡管理課での指導を受ける前に、準備しておく物などが書かれている。

『最低限の防具、素材を入れる大きめの袋、野外活動で必要な道具』などなど。

さらに、『武器の購入は推奨しません。指導員の下で、自分に合ったものを選びましょう』とあり、説明文の側に、身の丈ほどもある大剣を引きずる非力そうな青年のイラストが描かれている。


アカネはそのイラストが気に入ったらしくフフッと笑う。そしておれの方を見て、剣は似合わないわね、といった。

確かに大剣とかは無理だけど……



お勧めのお店の情報も載っており、それにならって行くことにした。

防具は、新品で揃えるとなると手持ちじゃ到底足りなかったが、継ぎ接ぎをした中古であればクレオに貰ったものの中で十分買うことが出来た。

ずしりと重いこちらの通貨は、見たところ大中小の銀貨と、小と同じ大きさで、それよりもだいぶ厚みの薄い、鈍い色をした硬貨の4種類があるようだ。

皮の鎧など付けたこともなく、店員に手伝ってもらって、悪戦苦闘してながらも身につけると、ようやくファンタジーな世界に馴染む格好となって、なんだか嬉しくなった。


その気持ちわかるわ、と笑いを堪えるような顔をしたアカネに言われてしまう。

年甲斐もなくはしゃいでしまっことに恥ずかしくなって、誤魔化す様に早々と支払いを済ませた後は、防具を身につけたままその店を出た。

外の空気が火照った体を冷ます。よく晴れた空に少し青みがかった強い光を放つ太陽が西に傾きはじめている。


残りの道具は明日揃えることにして、ギルドに戻る道すがら、魔道具のお店を冷やかすことにした。

一軒目は煌びやかな店内をした、かなりお高そうな店に入ってしまい、早々に退散した。そして、道を少し脇に逸れた、大通りからは影になったところにある、古びた店を見つけた。

先ほどの店と比べると明らかに見劣りする外見であるが、2人は顔を合わせて頷くと、わくわくを抑えられない様子で、店内に足を踏み入れた。


店内はカビ臭く薄暗かった。壁に沿って並ぶ棚と、大きなテーブルは埃をかぶり、乱雑に置かれた商品にはところどころ蜘蛛の巣が張っている。

おれたちは体が触れない様に注意しながら、ガラクタにしか見えないそれらを見てまわった。

カウンターの方を伺うが、ローブを深く被った老人がうつらうつらしている。物相手になら問題ないかな、とたこ焼き器にしか見えないガラクタのひとつに閲覧の能力を使ってみる。


『異世界の調理器具。フッ素加工、丸洗いOK』


魔道具では無かった。

かなり古そうだが、たこ焼きを持ってこちらに飛ばされてきた人でもいたのだろうか……。

それからいくつか見て行くが、『握ると水が出る石。1日約500cc、尿の匂いがする』であったり、『好きな相手の顔が映る鏡。ただし激しく罵ってくる。』といった、魔道具でも役に立たなさそうなものばかりであった。

次第に飽いて、視線を流していくと、ふと1つのブレスレットに目が止まる。


『御忍び用のブレスレット。身分の隠匿、使用者登録:オフリアス・レイフリー』


女性用らしく、ピンクゴールドのシンプルで可愛い見た目をしている。

手にとってみようとそれに触れてところで、頭の中でカチリと音がした……。


店員の老人に数枚の銀貨を渡して、それを購入する。老人は店内でガラクタを見て周っているアカネをチラリと見ると、薄く笑って、綺麗な箱に包んでくれた。


「いかにもな見た目の割には、何もなかったわね」


ただ古いだけだったのだけれど、酷い言われだ。

おれたちは店をでると、今度こそギルドへ歩き出した。

その途中で、先ほど買ったブレスレットを、付き合ってくれた御礼だといって渡す。

購入に至った経緯も説明した。


「へー、可愛いじゃない。ありがと。」


彼女は嬉しそうに笑ってらブレスレットの腕につけて見せてくれる。太陽の光がきらりと反射した。

俺は彼女を見て集中し、能力を使う。そして靄のかかったようにそれが妨害されることを確認した。


『御忍び用のブレスレット。身分の隠匿、使用者登録:ミヤノ アカネ』

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