ツバキノミネート 椿ノ峰高校の推薦状

ぎざ

シェアード・ワールド 県立椿ノ峰高等学校

6月 見知らぬ指輪

第1話  見知らぬ指輪

 県立椿ノ峰高等学校。通称、ツバコー。

 この春に入学して、早三か月目になろうとしていた。


 今月から衣替えで、濃緑色のブレザーともしばらくお別れだった。まだ少し朝は寒いが、昼間は暑くなるし、体温管理が難しい。ま、梅雨が来れば夏はすぐそこだろう。


 家が近いからとこの学校を選んだはいいが、校舎は海側に突き出た高台の上にあり、つまりは長い上り坂を延々と登り続ける必要がある。


 最初の一週間は自転車でえっこらひっこら通っていたが、ついに俺の太ももが音を上げた。万年帰宅部の俺に毎朝坂道ダッシュが耐えられるはずもない。

 チャリ通学は諦め、今はスクールバスで通っている。格安で、なおかつ座っているだけで、あの永遠にも感じられる長い長い坂を車窓から眺めながらに、校舎にたどり着くことができる。あの坂を自力で登っていた頃が最早懐かしさを感じる。あの頃はバカだったな。使えるものは何でも使うべきだ。朝から体力を使い果たしては、勉学などできるはずもない。


 俺の名前は、試崖こころがけ 気圧けおという。どう呼んでもらっても構わないが、「ココちゃん」だけはやめてくれ。

「ココちゃん! おはよー!」

 そう、俺のことをココちゃんと呼ぶのは一人だけ。幼馴染のお隣さん、一つ年上の先輩、日森にちもり 沙知さちだけだ。俺は「さち姉」と呼んでいる。


「さち姉、ココちゃんはやめてくれって、何度も、何度も何度も言っているだろう」

「えへへ。ごめんね、つい。でも、だったら私のことも日森先輩って呼んでほしいな」

 切れ長の目にとがった顔立ち。180センチを越える背丈の俺をどこからどう見ても「ココちゃん」というイメージは感じられないのだが、幼馴染というのはこういうところが融通が利かない。昔から呼び呼ばれ続けていた結果、成長してもその習慣からは簡単には抜け出せないのである。

「失礼しました、日森先輩」

 深々とおじぎをする俺。そんな俺に、やっぱりいつも通りさち姉はこう応えるのだった。

「うーん、やっぱり私は「さち姉」の方が好きだなぁ」

 紺色のベストによく映える栗色の長い髪の毛を手で梳かしながら、さち姉は口を尖らせた。


「俺のことは、「気圧くん」か、「試崖くん」でお願いするよ、さち姉」

「善処する~」


 これが俺の、モーニングルーティンだ。校門でさち姉と別れた。学年が違えば、目指す校舎も違う。俺は一年だから4号棟。さち姉は二年だから3号棟だ。

 この後、授業を受けて、何もなければ帰る。何も部活に所属していない俺は、そのまま家に帰り、You tubeを見ながらだらだらと時間を貪る、いや、自分なりに時間を有効活用する高校生活を謳歌する。そう。4月のあの日までは。

 しかし、入学早々怪しげな部活に勧誘され、流れに身を任せるがままに、仮入部をしてしまったので、家に帰るまでにもうひとつ、しなければならないことが増えてしまった。


 椿ノ峰高校は、生徒の自由な発想を養うため、自立・自主的な行動力を促すために、部活やクラブ、同好会を積極的に推奨している。具体的には、普通、複数人の部員による届け出が必要な同好会設立申請書が、会員一名から申請できる。同好会の掛け持ちも可能なため、一般的な高校にはおそらく無いであろう、独創的な部活や同好会も多い。『日本一同好会が多い高校』とも呼ばれているのだとか。


 そんなはた迷惑な制度のおかげで、俺は怪しい部活への勧誘を受けることになり、仮入部と相成ったわけだ。


 その部活動の名前は『ツバキノミネート』。

 県立椿ノ峰高等学校に伝わる都市伝説のひとつ。悩み事の解決をある人物に任命、推薦ノミネートすることで、少数精鋭の秘密組織が暗躍し、悩みはたちどころに解決する、というものである。

 椿ノ峰高校に在籍する天才児、橙井だいだい はじめを始めとするその団体は確かに存在した。きちんとした書式を用いり、したためた文書『推薦状』を校内どこかの掲示板に張り出すことで、依頼を行うことが出来る。


 触れてはいけない、見てはいけない、関わってはいけない、そんな都市伝説のような部活があることさえ知らずに入学してきたアホ丸出しの俺は4月、ある事件に巻き込まれ、あれよあれよという間に「仮入部」という敗北を期する羽目になった。

 その詳細は、また日を改めて話すとしよう。


 4月の事件、5月の騒動と、勉学にいそしむはずの平和な日常は願うばかりで、待てど待てどもやってこなかった。あっという間に6月である。せめて今月ばかりは何も無い平和な高校生活を送りたいものである。


 「ツバキノミネート」の存在は都市伝説のような噂話で学校中に知れ渡っているため、お遊びの、怖いもの見たさの、いたずらの『推薦状もどき』もよく掲示板に張り出されることになるのだが、きちんとした『推薦状』の形を成していないと、受理はされない。掲示板を見て周り、彼の元へ届けるスタッフ、つまり俺たちが検閲し、いたずらの類いのたいていは、俺たちがそのままゴミ箱にポイっと捨てることになる。

 本当に困っている本物の『推薦状』のみが、彼の、橙井 壱という天才児の、いや、の能力を使った、快刀乱麻の解決劇をお見舞いされるというわけだ。


 そう。俺が帰る前にやらなければならないとさっき言ったのは、校内の掲示板を見て周り、『推薦状』が無いかを確認しなければならないってこと。

 椿ノ峰高等学校は、3学年、各12クラスもあるマンモス校だ。ひと学年ごとに棟が分かれていて、4階建て。各階の階段の踊り場に掲示板が用意されている。


 俺の担当は一年生クラスの4号棟の掲示板。クラスは4階から1組~3組。3階が4組~6組となり、2階が7組〜9組。最後1階が10組~12組となる。俺のクラスは1年11組。1階だ。

 せっかく1階のクラスにいるってのに下駄箱に直行して帰る! ことはせずに、掲示板を見て周るために一度4階まで上がらなければならない。エレベーターは無いんだな、これが。この往復が体力的にきついのなんのって。


「ツバキノミネート」のもう一人の部員である、さち姉こと日森 沙知は、2年生クラスの3号棟と、3年生クラスの2号棟、教員棟である1号棟を見て周るというのだから、そのバイタリティは尊敬に値する。


 そう。何を隠そう、さち姉がこの「ツバキノミネート」に俺を勧誘したことが悪夢の始まりだった。こんなことをするくらいなら、図書室同好会とか、適当な、楽そうな部活に入ってしまえばいいのだが、誘われた手前、少しくらいは相手をしてあげたいと思ってしまう。やはり幼馴染というのは、融通が利かない。


 さ。早く終わらせて帰ろう。何も無ければ部活動に精を出すこともない。

 橙井にあれやれこれやれと指図を受けることも無いのだから。

 何も無ければ帰っていい。平和が一番だ。


「よし、何も無いな」


 俺は慣れたように(本当に遺憾だが慣れてしまった)4号棟の掲示板を見て周り、何も張り出されていないことを確認した。

 今日はアイツの顔を見なくて済むと思うと気分が晴れやかだ。

 さち姉に連絡だけして、帰るとしよう。

 そうきびすを返した俺の足に、何かが当たった気がした。


 周囲を見て回ると、小さい何かが廊下に落ちていた。

「なんだこりゃ」


 指輪だった。

 なんの飾りもない、銀色の小さな指輪。裏側に小さく文字が彫ってある。「Oct.12 T.T&K.K」とな。

 ペアリングか、まさか結婚指輪じゃあるまいな?


 落とし物か。

 拾ってしまったのだから、このまま転がしておく訳にもいくまい。誰かにとって大事な指輪かもしれない。


「職員室に届けに行くか」

 職員室は1号棟。帰宅までは若干の遠回りとなるが、そのくらいの善行はしておかないとバチが当たるだろう。


 落とし物を届けた後で帰ったとしても、十分早帰りだ。


 しかし、まだ俺は気付いていなかった。これが6月の一仕事の始まりだとは、知る由も無かったのだ。



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