Final Quest:ポイズンイーグル討伐

31.起爆剤と着火

「こんにちは。良いクエスト、何かありますか?」


 やや重い足取りでクエスト受付所の小屋に入ると、前よりさらに痩せたように見えるおばさんが「いらっしゃい」と出迎る。


 あのケンカ別れから2日。クエストをやるのを躊躇ったものの、やらないとパーティーが自然消滅してしまう気がして、意を決してここに来ている。「良いクエストがあればやる。選ぶのはタクトに任せる」と宿のおばさんから4人の言付けを聞いた。この場には女子は誰も同席していない。


「良いところに来たね、アンタ。ポイズンイーグル討伐のクエスト依頼がちょうどいま来たところさ」


 おばさんが余分な肉のない腕でグラスを掴み、琥珀色の酒を乱暴に口に放った。ナッツのようなふくよかな香りと強烈なアルコール臭が鼻をつく。


「討伐、嬉しいです」


 俺個人が楽しいものなら幾分前向きになれる。当たりを引けた幸運に感謝。


「ポイズンイーグル……羽が貴重だったりするんですか?」

「いや、今回は何か持って帰ってほしいわけじゃないんだよ。ポイズンイーグルってのは珍しいモンスターでね、この国でもたまにしか出ないんだけど、口から毒を撒き散らして農作物をダメにするのさ。なもんで、今棲み付いてる近くの農家一帯から依頼が来たんだ」


 なるほど、駆除してほしいってことか。


「受けるかい?」

「あ、はい、よろしくお願いします」


「ったく、ホントに転生してきた男ってのはこういうクエストが好きだね。『転生男子のあしらい方マニュアル』を思い出したよ」

「それオーミも読んでたヤツだ!」

 何が書いてあるの! 読んで戒めにしたい!



「……パーティーの女子とはうまくやれてるかい?」

「え?」


「今日は他の4人来てないみたいだからね」

 さすが年の功、鋭いなあ。


「いやあ、その、今はちょっと仲違い中というか……」

「ははっ、そんなもんさ」

 彼女はトットッと酒を注ぎながら皺を寄せて笑う。



「どのパーティーも持ってる悩みさ。だからこそお前さんみたいな転生した男子が重宝するんさね。頑張ってバランス取るんだよ」

 難しい注文だなあと思いつつ、俺は「そのつもりです」と頷いた。


「そういえばね、丸眼鏡のババアいるだろ」

 出ました、果て無き女性の争い。


「仲良くなってね、今度一緒にお茶するんだよ」

「すごいじゃないですか!」

 ニヤリと笑うおばさんに、俺も思わず声のトーンを上げる。


「どうしたんですか? 雨降って地固まる、的な?」

「いやいや、そんなんじゃないよ。今度この受付所に新しいババアが来ることになってね。一度挨拶に来たんだけど、これがまあイヤなヤツなんだよ、ちょいちょい自分や娘の自慢してきてさ」


 思い出すのも嫌だと言わんばかりに、彼女は顔をクシャッとさせて一口グラスを煽った。


「で、たまたま丸眼鏡のババアとその話になって、すっかり意気投合さ。やっぱり共通の敵は友情の近道だね」

「そういうパターンなんですね!」

 新しい人とまた険悪な日々が始まりそう!






「静かな森だね~。ちょっと不気味」

「そうね、薄気味悪い感じ」


 討伐対象のイーグルが棲家にしているという森の中、辛うじて整備されている細い道を一列になって通りながら、ナウリとオーミが辺りの木々を見回す。


 生い茂る樹木のせいで陽光を遮られた地上は暗く、綺麗に囀る鳥も、どうやったらそんな色に輝けるのかと不思議になるような虫も、この森にはいなかった。まるで生命を剥ぎ取られてしまったかのような静寂だけが響く。


「虫がいないのは嬉しいね」

 先頭で道案内するカナザに、アーネックが「確かにな」と返した。


 オシャレとバランス、違うグループ同士で会話はしている。が、それはどこか余所余所しくて、「仕事だからちゃんとしようね」「すくなくとも表面上はうまくやろうね」という暗黙の了解を守るためのチュートリアルのような感じでもあった。


「この恰好だと少し寒いくらいね」


 カナザが二の腕を数回擦った。束ねた茶色の髪に合う、薄いベージュのノースリーブに、男子に見るなという方が難しい丈の短いショートパンツ。クッ……こんな状況なのに……ヒップが……大きなヒップが俺のハートを撃ち抜く! 男子校の海パンと同じような形状なのに、この雲泥の差は何なんだ……!



「アーネック、ポイズンイーグルと戦ったことある?」

「いや、アタシはないな。ナウリンは?」


 オーミの質問にアーネックは首を横に振り、後ろにいたナウリも「ないよ~」と手をヒラヒラ揺らした。


「そっか、誰も戦ったことないのね。毒は人間にも害らしいから、どれくらい強力か気になるんだけど。そこはタクトで試すとして……」

「オーミ、ジョークの毒の方がキツいぞ」

 ある意味シビれたわ。


「かなり大きいわしだって聞いてるから、戦闘は結構激しくなりそうだな。みんな動きやすそうな恰好で良かった」


 170近くある長身のアーネックが、軽く伸びをしながら小さく頷く。前回火種になった靴や服装の話に触れたのも、「ここまでは話しても大丈夫だよね」とNGの境界線を押し上げる作業に見えた。


 もちろん、動きやすそうなのは本当。彼女自身は木々の色にもマッチしているキャメルの、そしてオーミは髪の色に近いバイオレットのワンピース。2人とも顔が大人びているからこういう服もよく似合う。


 ちなみにナウリはTシャツにボタンスカート。他の3人に比べちょっとだけ歩きづらそうではある。


「ナウリは走ったりは大変かもな。タック、何かあったら犠牲になって助けてやれよ」

「そこは守ってやれよ、だろ」


 他の3人の顔色を気にしてしまって、ツッコミのキレもイマイチ。笑いも起きない、ただの言葉の往復。



「くそう……こんなところで挫折して堪るか……俺はハーレムを狙うんだぞ……」


 誰にも聞こえないように呟いて言い聞かせる。そう、まだ俺のハーレムは何もスタートしていない。まずは友達になってから、「ねえ、男女に友情ってあるのかなあ」みたいな意味深な問いかけをどちらからともなくして、そこから急にお互いを意識しだして、いつの間にか相手の悩みを聞くようになり、相手の価値観を十分に理解したうえで「じゃあ俺と『お試し』しようぜ」って彼氏になって、やがて主従の関係になる。完璧な流れじゃないか。彼氏から主従の流れが全然イメージできないけど。



「それにしてもポイズンイーグルかあ。本当にハイレムにも来るんだね」

「そういえば受付所のおばさんも珍しいって言ってたな」


 カナザが「噂しか耳にしたことないよ」と返すと、アーネックが「じいちゃんからよく話聞いてたな」と会話に加わる。そういえば、お祖父じいさんは農家やってるって前に言ってたな。


「今回のクエスト、成功させたいね~」


 何気なく口にした後、ナウリ自身がハッと目を見開いて口をバクッと閉じる。前回のクエストが失敗したことを思い出し、そしてまた、この話題が何らかの起爆剤に成り得ることに気付いたのだろう。


 皆も黙っている。自己検閲、空気の読み合い、同調。気が沈んでいく、モヤモヤが加速する。それはきっと、他の4人も同じだろう。



「成功させないとね。人の多い村にでも逃げられたらマズいし」

「……は?」



 着火。アーネックが、圧で押すように声を発した。

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