29.困ったときの鉄板ネタ

「ドランカーウルフ?」


 今度のクエストで捕獲する対象の名前を聞き返すと、オーミは「ええ」と頷いた。海沿いに生息してるということで、一番近い海岸まで馬車で向かっている。


「普段は酔っ払ってるみたいにフラフラした足取りだからその名前がついたらしいの」

「なんか弱そうだな……」

「そんなことないわ。戦闘のときは動きが速いし、結構賢いみたい」

 へえ、結構報酬が高いのもそういう理由か。


「あ、大丈夫よ、タクトの方が頭は良いから」

「びっくりするくらい余計なフォローだ」

 敵を賢いと褒めたら俺が嫉妬するとでも!



「それにしても、捕獲クエストなんて初めてだな。討伐より楽なんじゃないか」


 対面にいたアーネックが「そんなことはないぞ」と否定しながら開け放した窓の桟に手をかける。


「討伐なら殺せばいい。でも捕獲っていうのは殺しちゃいけないんだ。ここが一番難しい。攻撃して動きを鈍らせるにしても、強すぎちゃいけないからな」

「なるほどな、そこの加減が必要になるのか」


 アーネックによると、野生のドランカーウルフは比較的痩身だが、丸々太らせてから捌いて鮮度が良いうちに食べるのがこの国の富裕層の贅沢らしい。生け捕りが条件なのはそういう理由か。


「よし、着いたわ!」


 カナザを先頭に馬車を降りる。延々と続く青い海、砂浜の砂が強風とじゃれるように舞い上がっていた。


「潮の匂いっていいわね」


 目を瞑って大きく息を吸うカナザの服は、とても海にマッチした色合い。葉の模様が描かれたネイビーのワンピースの上に、デニムみたいな生地の水色シャツ。シャツの裾を結んでるのが可愛い。


「だな、海っていいよな」

 ホントに、特に女子と行く海っていいですね!


 女子と海ですってよ! そりゃ水着とかじゃないけど、そんなイベントじゃなくたって十分ですよ。だって元の世界の男子校の俺に考えられましたか、こんなことが! 鉄道研究会だったクラスと友達から、青春18切符で海沿いを一緒に旅行しないか誘われてくらいの思い出しかないでしょ? 13時間電車乗るって言われて断ったわ。



「歩きやすいな。暑過ぎなくて良かった」

 アーネックが真っ白な髪をパパッと左右に揺らし、ストローハットを被り直した。


 黒いタンクトップの下は、足の長さが映える真っ赤なミニスカート。露出の多いその格好は、ある意味で水着よりもドキドキする。女子の服の値段はよく分からないけど、ハイレムで見たことのないようなスカートの生地で、かなり高いものに見える。さすがオシャレグループだな。



「じゃあ行きましょ」


 カナザが歩き始めると自然とオーミが付いていき、アーネックとナウリは昨日お店で見たというイケメンの話に花を咲かせる。


 そうだそうだ、今回の俺の密かな目標は、共通の話題を提供して一体感を作ることだ。彼女達のためってのはもちろんのこと、俺自身の、俺自身のハーレムのためにも!


 ファッションやグルメの話題はダメだって言ってたな。そのテーマを避けて、なおかつみんなが興味を持ってくれる話題、といえばこれしかない!



「なあなあ、聞いてくれよ! 元の世界にいた友達の男子がさ、学校の大きなゴミ箱にお尻から入ったんだけど、重さでどんどん沈んで抜けなくなってゴミ箱ヒビ入っちゃってさ。そこで何て叫んだと思う? 『まさに俺は社会のゴミ!』だってさ!」

「……なんでゴミ箱に入るのよ」


 あれ、オーミのリアクションがおかしい。共通の話題なら「面白い友達の話」で間違いないでしょ? この「ゴミ箱の杉本」ネタ、他のクラスでも大爆笑だったんだけど。



「あとさ、どれだけ昼食前の早い時間に弁当食べるか、っていう早弁競争してたら、ある日1人が家で朝食と弁当一緒に食べてきたんだぜ!」

「タクトさん、そんなに早く食べてお昼はお腹空かないの~?」

「あ、いや、ナウリ、昼は別にパンとか買って食べるからいいんだけど、ポイントはそこじゃなくてさ……」


 あれ? こっちの「早弁の小林」のネタは先生にもウケる鉄板だったんですけど……。


「お腹減ったから食べるなら分かるけど、なんでそれを競うの~?」

「ナウリ、深く考えない方がいいわ。タクトくらいの年齢の男子は、バカに全力を尽くす人達ばっかりなのよ」

「オーミ、俺に対する気遣いをくれ」


 ダメだ、共通の話題作戦、見事に失敗だ。話題選びが完璧だっただけに悔やまれる。


「早弁かあ。タッちゃん、私も学校のときはよくやってたわよ。お腹空いちゃってさ」

「ホントか、カナザ!」

 理解者を発見して、思わず声のトーンが2段階上がる。


「うんうん、で、お昼にはパン買い行くの」

「だよな、だよな!」

「パンと言えばさ、みんな聞いてよ。この前近くのパン屋で……」

 リアクション大きめに、パン屋さんでの失敗をみんなに話す彼女。


「あ、あそこの砂浜、なんか流れ着いてる。瓶かな? 知らない国のだったりして」


 そのまま、波打ち際に走っていく。途端に、笑い混じりのナウリの声が聞こえた。



「カナちゃん、何でも自分の話に持ってっちゃうクセは治ってないね~」

「ああ。自分自分、な感じが強くなってるよな」


 おっとここでアーネックとナウリのオシャレグループによる口撃だぞ。これはさすがにオーミも黙ってない——


「まあ聞いてあげてれば不機嫌にならないから、楽といえば楽だけどね」

 ええええええっ! オーミも同調しちゃうんだ!


 そうか……誰かいないときはその子の話になりがちなんだった……こういうときはグループが違うとか関係ないんだな……。


「ねえねえ、面白いもの見つけたよ!」

「え~、カナちゃん見せて~!」

「何拾ったんだ? アタシにも見せろ見せろ」


 さっきまでのテンションに戻してからカナザに接するナウリとアーネック。女子の人間関係ってスゴいな……。


 隣に来たこの世界のコンダクターであるオーミが俺の横に来る。そして切れ長の目を閉じて、ゆっくりと頷いて見せた。


「アナタの思ってる通りよ。そうなの、自分のことばっかり話すっていうのは、誰かと繋がりたい欲求や依存心が強い証拠。まず彼女から落とすといいわ」

「ちっとも思ってない!」

 そんな冷静に作り込んでいくハーレムは何かイヤだ!





「同じ景色が続くな」


 風に飛ばされないよう、ストローハットを押さえるアーネック。馬車から降りてしばらく歩いているが、泡を吐きながら打ち寄せる波と水平線が続くばかり。ジャリジャリと沈んで歩きにくかった濡れた砂浜にもすっかり慣れた。


「でも暑すぎなくて良いね~、ワタシこのくらいの気候好きだよ~」

 ふにふにの頬を陽光に照らして、ナウリが眩しそうに空を眺める。


 胸でむにゅりと膨らむ、薄ベージュとオレンジの縦ストライプの開襟ブラウスは、袖口が細くなっているのが可愛い。下は丈の長いベージュのスカートで、海にピッタリなオトナな恰好の巨乳女子!


「オーミのそのスカート、変わってるな。前と後ろで長さが違う」

「そうよ、後ろの方が丈が長いの。フィッシュテールスカートっていうのよ」


 風にたなびくネイビーのスカートは、前側が短く、太ももが露わになってドキリとする。あのゴミ箱の杉本がクラスで「こういうスカート、エロいだろ!」って絶叫してたな。


「…………あ」

「どうした、オーミ」

「風の匂いが変わったわ。そろそろモンスターの生息地かも」

「お前どういう能力者なんだよ」


 俺が厨二病真っ盛りのときに言ってたヤツじゃん。「……嵐か」って言ってたヤツじゃん。



「おお!」

 カナザが小さく叫んだ。


「オーミちゃんすごい! 本当にいたよ!」

「いたの!」

 俺も欲しい、その力! カッコいい!

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