第35話 魔法の先生(2)



***






「──巫女様、初めまして。僕はノア=アルジェルドです」



使いの騎士へ連れられ、王宮内にある第3騎士団の団長室へと案内され扉を開けると、そこにはとてもとても美しい人物が座っていた。そして、彼か彼女か分からないその人は私を見るや否や立ち上がりシャルム王国の貴族式である華麗なお辞儀をしてみせた。


ノアと名乗ったその人は、澄んだ夜空の様な少し青みがかったサラサラの黒髪を持ち、髪型は少し長めのショートヘアで背丈は170センチ位か。声でやっと性別は男性だと判断ができるぐらいの麗しい容姿をしていた。


「…はっ、初めまして。スミレと申します」

「兄さんがいつもお世話になってます。これから貴女の魔法の訓練と魔力調査を兼ねて関わらせてもらうので、よろしくお願いします」

「よっ、よろしくお願いします」



彼の麗しい見た目から少し戸惑ったが、レイから話は聞いていた。


ノア=アルジェルド、22歳。

麗しい容姿から第3騎士団の団長は麗しい女性で貴族令嬢だとの噂が経つほどの美貌。100年に1度現れるか現れないかの魔法の天才で、膨大な魔力量は勿論、全属性の適性を持ち、魔法の研究にも努力を惜しまずシャルム王国の魔法技術力を数十年は早めた……らしい。


一見、レイの弟と言われるまでは分からないが、長い前髪の隙間からチラリと見える特徴的な淡いライトブルーの瞳は彼と良く似ていた。


それにしても魔法の先生がダヴィッドさんだと思っていたのだが、まさかの第3騎士団団長のノア様がしてくれるとは。どちらに教わるにせよ、この国の最高の魔法使いに教わる事が出来るのはとても有難い。



「……ノア様、本日はどんな事をするのでしょう」

「あ、巫女様。始める前に一つだけ。僕も貴族ではありますが、兄さんと同じで身分に囚われたくないんです。おおやけの場でない限りは、ノアと呼んでください。僕も気さくに話したいので敬語は辞めます。……それに、今後深い付き合いになっていく兄さんの婚約者に気を使わせる訳にもいかないしね」

「わかりました……──っえ!?」


ノアも自分の事を気軽に名前で呼んで欲しいと言ってくれるが、それよりも私がレイの“婚約者“って……?


仮にレイが弟のノアへその様に話してくれるのはとても嬉しい事だけれど、私にはまだその覚悟はないし、レイやノアが良くても一般人(ましてや異世界から召喚された巫女)が婚約者だなんて彼らのご両親はどう思うだろう。


「……ノア! ま、待ってください私は婚約者ではなくまだ恋人です」

「あれ……? 恋人っていうからてっきり婚約した物だと思っていたけれど、してなかったんだ」


やはりこの国では貴族の恋人=婚約者とほぼ同等の事なのだろう。それなのにレイが“婚約者“と言う言葉は使わずに私に恋人になって欲しいとだけ伝えたのは、恋愛への価値観が違う異世界出身の私への配慮なのだろうか。


「……まあ、その話は置いておいて。今日は早速、僕に対してまず治癒魔法を使って貰うよ。今現在使える魔法を教えて?」

「ええっと…今使えるのは初級と中級の治癒魔法です」

「分かった。じゃあ早速僕に対して初級の治癒魔法を使ってみて」

「えっと、対象は全身でいいですか? それともピンポイントに?」

「…………えっと……じゃあ、全身で」


何か今若干の間があったけど、私は変な事を言ってしまったのかな。いつも患者さんを治癒する時は、ピンポイントに絞ってやらないと魔力のコスパが悪いからソフィアさんの教え通り使い分けるようにしているのだけれど。


「……では始めます」


気を取り直してノアへ向けて、初級治癒魔法を詠唱する。

魔力を込めすぎて失敗するから魔力は小さく、少なく、最小限に。



『──聖なる光よ、傷つき者に清き癒しを与えたまえ光の治癒ヒーラ



ノアへかざした両手からは、1cmくらいの極小の光の球体が放出され、彼の身体を包み込んでいく。



「……これは」


ノアはとても不思議そうな表情をして、自身の全身をくるくると回るように見ている。

もしかして、魔力を込めなすぎて効力が弱すぎたのか? 全く魔法をかけられた感じがなくて困惑しているのだろうか。



「……如何でしょう?」

「──スミレ!!! 君は凄いよ!! 最初君が出した光の治癒ヒーラの出力が小さすぎて本当にこんな少量の魔力で効力が出るのか疑問だったんだけど、君の魔力が体に触れた途端に身体が軽い! あの魔力量で初級治癒魔法を適切に扱えている。通常はどんなに洗礼された治癒魔術師でもこぶしひとつ分程度の大きさで初級は扱うんだ。あんな少ない魔力量で通常ぐらいの効力ということは、もっと魔力を込めたらどうなるんだろう!? 是非やってみせてほしい!!」

「の、ノア。落ち着いて…ください! 今やりますから……」


落ち着いた様子から一変して、私の魔法を見てかなり興奮しているノア。やはり私の魔力は巫女としての特異性があるのだろうか。





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