第25話 【番外編 宮廷魔術師の視点】(1)






「──王女様が……死ぬ?」




この青ざめた顔をして動揺している中年男性……わたくしはダヴィッドといいます。


私に苗字はありません。シャルム王国では苗字は王族様や貴族様特有の物になります。


シャルム王国の辺境の田舎街から魔法の才を買われて上京してきて結婚もせずに我武者羅に働くこと早40年、国有数の魔法使いが所属する第3騎士団の団長を引退して4年が経過し、今年で56歳という人生の折り返し地点に来ています。



……そして今現在、私が青ざめている原因としては、魔法の教師として関わらせて頂いて、口に出すことは許されませんが娘のように大切に思っているこの国の王女様、アンジェリカ様に命の危機が迫っていたからです。



「王女様はとても衰弱している状態で、上級の治癒魔法をかけて一時的に回復しても直ぐに体調を崩されています。このままでは時間の問題かと……」


王妃様が事故で亡くなられて、王女様は気力をなくし食事を取らなくなってしまい、日に日に王女様の病状が悪化しているのは医療者でない私でも理解出来てしまうほどでした。認めたくはないですが、マーシュ殿程の医者が言うので間違いは無いでしょう。



「伝説と言われている治癒魔法……。“奇跡“でも使える聖女様でも存在すればいいのですが……」



“奇跡“と呼ばれるその治癒魔法は、おとぎ話や伝承でやんわり聞いたことがある程度で詳しくは知らなかったですし、知っている事と言えば、聖女“と呼ばれる異世界から召喚される人間が使うことが出来るかもしれない……という噂話程度でした。



「その、マーシュ殿。聖女様とやらを……召喚することは出来るのでしょうか?」

「……私も耳長族エルフとして長い時を生きていますが、出会ったことはありません。しかしいつの時代かに異世界より召喚されたという噂なら聞いたことがあります。確証はありませんが、王宮内の古い文献を漁れば出てくる可能性あるかもしれませんね。私も古い知り合いを当たってみましょう」



その言葉を聞いてから毎日私は王宮内の図書館に籠り、聖女様に関係する文献を漁り続けました。


「………これだ!!!!」


探し始めて2日が経過したところで、案外簡単に文献は見つかりました。

その本は聖女様のおとぎ話に関する本でしたが、読んでいくと聖女様の召喚方法について事細かく記載してあり、自身の知識と経験からこの本で聖女様は召喚できると確信しました。


「……しかしこの文章、読み解くのがとても難しいですね。ノア様ならこの魔法陣の展開をどうお考えになりますか?」


私が声をかけたのは現第3騎士団団長、ノア=アルジェルド様です。


私は彼が18歳の時に団長の座を譲り、現在は22歳のうら若き青年です。うら若き……とは本来女性に対して使われる言葉ではありますが、ノア様は女性と見間違われるほどの美貌の持ち主で氷の騎士と呼ばれる兄上のレイ様と同じ淡いライトブルーの瞳と少しだけ青みがかった夜空のような黒髪がとても艶やかで美しいのです。



「──……僕が思うに、この魔法式はただ重なっているだけではなくて計算された一定の形を保ってると思うんだ、だから──」



正直何年も第3騎士団の団長として魔法の研究を続けてきましたがノア様の言っていることはさっぱり理解できません。


……そう、彼は天才なのです。

100年に1人の逸材と言われるほどの。

膨大な魔力量だけではなく、天才的な発想でシャルム王国の魔法技術を数十年は早めたと言われています。


彼は透明でない物を透明にする魔法、濡れた髪を一瞬で乾かす温かい風がでる魔法、布団からダニを一瞬で除去する魔法、花を砂糖菓子にする魔法……などなど数え切れないほどに開発してきました。



「──で、ここを組み方を記載通りではなくこうやって組み替えて、聖属性の円陣を付け加えれば聖女とやらを異世界から召喚できる……かもね?」

「……は、はあ。さすがノア様でございます。私には少しばかり難しかったですが、この通りにやれば聖女様とやらを召喚できるということでしょうか」

「たぶん……だけど。一回やってみてダメならまた教えて、考えるから」

「ノア様、手伝っていただきありがとうございます。早速ですがやってみます」



ノア様に渡された魔法陣の書式を手に早速王宮内へ聖女様とやらを召喚してみることにしました。



『─────────』



──詠唱すると床に描かれた魔法陣から青白い光が即座に溢れ出し、一瞬強くフラッシュの様に激しく輝いたと思った瞬間、目を開けると目の前には美しいブロンドの髪を持つ女性がそこには座っていたのです。



「──ったぁ。なんなの?ここ」



その女性はシャルム王国民に近い顔立ちではありましたが、服装がその国のそれとは全く違うものでした。


「……はっ、初めまして聖女様!!!私はダヴィッドと申します!」


自分で召喚しておきながら、人間を召喚するという初めての事にとても混乱してしまっていたのはよく覚えています。


「しゃ、シャルム王国王宮魔術師のダヴィッドと申します。突然の事で驚かれるとは思いますが、貴女様は聖女召喚の義で本国シャルム王国へと召喚されました」

「……宮廷魔術師?召喚? あと聖女って何?」


聖女様はふてぶてしい態度をとっています。


「貴女はつまり……聖女として異世界より召喚されました。貴女様の使えるであろう奇跡の治癒魔術で病の王女様を救っていただきたいのです」

「……新手のドッキリ? え、マネージャーいる? ちょっとこう言うのは無しにしてってこの前言ったばかりだよね?」

「……ド、ドッキリとはなんでしょうか?」

「……はぁ。しらばっくれても無駄よ。この前に扉を開けたらファンタジーの世界に来ちゃいました〜!ってやられたばかりよ?また引っかかるわけないじゃない」


……もしかしたら聖女様はこの世界に召喚されたことに気がついていないのかもしれません。


「とりあえずさ、お腹すいたからご飯出してよ!ご・は・ん!!」

「は、はぁ。分かりました。直ちに料理人に食事を作るようにお願いしてきます」



信じていないのであれば、少しだけ時間をかけて説明し説得するのみだと思いました。とりあえず、王女様云々の前に聖女様の胃袋を満たすべきだと判断し聖女様を王宮内の食堂へ連れていきました。



「──まって、何このご飯!!美味しすぎるんだけど!!!ナイフとフォークが止まらない!!お代わりしてもいい!?」

「えっ、ええ。勿論でございます」


余程お腹を空かせていらっしゃったのか、物凄い勢いで食事を食べていく聖女様。その見事な食べっぷりはこちらも見ていて気持ちのいいものでした。王女様もこれぐらい食べれれば良かったのですが……。



「──ふぅ、満足満足。とても美味しかったわ!ダヴィッドさんだっけ?ありがとね!!」

「いえいえ。満足して頂けたのであれば何よりでございます」


空腹を満たした聖女様の態度は先程とは別人のように変わりました。


「……で改めて聞くけどこのドッキリは何?」

「聖女様、ドッキリ……とやらの言葉の意味が私には理解できませんが、先程も申し上げましたように貴女様はこの世界に聖女として召喚されました。聖女のみが使えるという奇跡の魔法によって病の王女様を救っていただきたいのです」

「……魔法? 今、魔法っていった?」

「ええ。治癒魔法を使っていただきたく……」

「魔法ってハリー〇ッターの魔法のこと??」

「はて……。失礼ですが聖女様、ハリー〇ッターとはなんのことやら……」

「……私、魔法使えないよ。フィクションでしょ?魔法なんて」



ハリー〇ッター……とはなんの事か分かりませんが、なんと聖女様がいらっしゃった異世界には魔法は存在しないようでした。


「聖女様のいらっしゃった世界には魔法は存在しなかった……ということでしょうか?」

「当たり前じゃない!子供向けの童話やゲームや映画の世界の話でしょ?」

「げ、ゲームやエイガという存在は分かりかねますが我が国シャルム王国では魔法はとても発展しています。前の世界に存在しなかったのであれば、試しにお見せしましょう──」



異世界へ転移したという事を実感出来ない聖女様にわたくしの得意な魔法の1つを実際に見ていただくことにしました。



『……揺らめく熱き炎よ、暗き闇を照らし我に光を灯したまえ──炎の灯火ファイアライト


右手に小さな炎を出して聖女様に見せてみます。


「こちらが、魔法でございま──」

「──っえ!?!? 凄くない!?!? これどうやってるの!!? 偽物フェイクじゃなくて!?」


両手で肩を掴み、大きく揺さぶる聖女様に頭がクラクラしました。


「偽物ではございませんよ。そして、魔法を扱えるのは私だけではございません。聖女様ならば聖属性魔法の適応があると思われます」

「私にも魔法が使えるってこと?」

「左様でございます。試しに一緒に詠唱してみますか?」



とりあえず初級魔術の本を開き聖女様に見せてみました。渡した後になって異世界の人物はこの世界の文字を読めるのか……?と不安になりましたが、聖女様によると文字を目にすると勝手に翻訳されるそうで読むことは出来るようです。



「では聖女様、いきましょうか。胸に手を当てて、手に魔力を集めるようにしてみてくだはい」

「……ええ。よく分からないけどやってみる」


試しに2人で一緒に詠唱してみます。


『──聖なる光よ、傷つき者に

清き癒しを与えたまえ。……光の治癒ヒーラ


『……せ、聖なる光よ、傷つき者に

清き癒しを与えたまえ。光の治癒ヒー“ル“


聖女様の手元から私の治癒魔法とは比べ物にならない程の激しい光が溢れだしました。


通常の初級の治癒魔法であれば、ほんわりと優しく発光するのみなので聖女様の聖属性魔法への適正の高さが伺えます。



「全身が一気に熱くなったのがわかった……。これが魔法なの? しかも体が凄く嬉軽い!」

「さすが聖女様です。成功していますよ。そして聖属性魔法の才がありますね。詠唱は少し違ったのですが詠唱は成功していますし、初級の治癒魔法ヒーラとしては中々秀でた物だったように感じました」


魔法は詠唱が多少違う程度なら発動しますが威力は落ちてしまうものです。しかし、詠唱が違って初めての詠唱でここまでの治癒魔法ヒーラを使えるのであれば、この方ならば王女様を救うことが出来るかもしれないと思いました。


「では早速で申し訳ないのですが、聖女様。王女様をその力で癒して頂けますでしょうか?」

「……まだ今の状況を理解出来てないけど、いいよ。王女様の元へ連れて行って」




聖女様を王女様の寝室へお連れすると、早速聖女様は私の用意した上級魔法の本を読みながら詠唱を始めました。



『──聖なる光よ、深く傷つき命の灯火が消えそうな者に清き癒しを与え、再び生命の炎を灯したまえ。光神の治癒 ヒーリングスト


聖女が王女様へ向けた手からは、先程は比べ物にならない程の激しい白い光が溢れだしています。


その眩しく目を開けられないぐらいの光は、瞬く間に王女様を包み込み、吸い込まれていくように見えました。


そしてその瞬間、ガクッと膝を着く聖女様。


「なんか……体の奥からゴッソリと持ってかれた気分……。ごめん、少し休ませて」

「勿論です、そちらにかけていてください」


聖女は魔力を消費しすぎたのか疲弊している様子が見られます。


聖女様を寝室のソファーに座っていただき、早速王女様の様子を確認しに行きました。



「王女様、ご気分は如何ですか?」

「……まーしゅせんせいに、まほうかけてもったときよりは、いきがしやすいの。でもそんなにへんかは……ないの」

「……上級治癒魔法ヒーリングストの効果によって肺の炎症は落ち着いているようですが、完全に回復はしていないと思われます。数日様子をみてみましょう」


その場に同席していたマーシュ殿によると、状況は以前と変わりないとのことでした。


そして、その後3日間は様子を見ましたが王女様は再度発熱し咳をするようになり聖女様による治癒魔法でも癒すことが出来なかったことが証明されてしまいました。

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